非株式会社いつかやるで聞く歴史

概要
YouTubeチャンネル「非株式会社いつかやる」が解説した戦い・人物・病の歴史。ここに並ぶ項目には、その回の動画が付いている。
この物語について
「非株式会社いつかやる」は、日本史と世界史を、戦いの戦術や人物の強さの理由から語る歴史解説のYouTubeチャンネルになる。2026年10月の時点で、公開されている通常の動画は504本ある。再生リストの名前を並べると、番組の関心のありかが見える。「世界の戦術・奇策・戦い」「ハンニバル戦記」「アレキサンダー大王戦記」「ペルシア戦争シリーズ」「十字軍シリーズ」「百年戦争シリーズ」「モンゴル軍シリーズ」「ナポレオン戦争」「源平合戦シリーズ」「戦国時代」。その一方で「剣豪武人猛将シリーズ」「剣術・流派解説」「刀・剣術・武術」のような武の話、「感染症シリーズ」、偉人の好物を作って食べる「偉人飯」もある。
この物語は、それらの回のうち、このデータベースに主題の項目があるものを、データベースの側から並べ直したものになる。一つの戦いを扱う回はその戦いのページに付けた。ペルシア戦争ならマラトンの戦い、テルモピュライの戦い、サラミスの海戦、プラタイアの戦いの4回がそろう。ハンニバル戦記はトレビアの戦い、トラシメヌス湖の戦い、ファビウスの持久戦、カンナエの戦いと続き、アレキサンダー大王戦記はグラニコス川の戦い、イッソスの戦い、ティルス攻囲、ガウガメラの戦い、ヒュダスペス川の戦いを追う。源平合戦は倶利伽羅峠の戦い、一ノ谷の戦い、屋島の戦い、壇ノ浦の戦い、戦国は川中島の戦い、三方ヶ原の戦い、長篠の戦いなど。

このデータベースに個別の項目が無い戦いの回は、それを含むもっと大きな項目に付けた。ナポレオンのイタリア遠征の諸戦(ロディ、カスティリオーネ、アルコレ、リヴォリ)は人物ナポレオン・ボナパルトに、百年戦争のパテーやフォルミニー、カスティヨンの回は百年戦争に、モンゴル軍のワールシュタットやカルカ河畔の回はモンゴル帝国の拡大にある。人物を一人取り上げる回(偉人伝説・偉人飯・剣豪のシリーズ)は、その人物のページに付けた。感染症シリーズは、黒死病やスペイン風邪、天然痘の根絶宣言のように、病にまつわるできごとの項目に付けてある。
付けていない回も多い。三つの話を並べる「三選」の回、対談や企画の回、現代の武器や地政学の回のほか、このデータベースにまだ項目の無い剣豪や武将(沖田総司、立花宗茂、千葉周作など)の回がそれにあたる。戦術の説明は図と語りで進むので、本文で流れを読んだあとに見ると、陣形や地形の意味がつかみやすい。番組の語り口は娯楽寄りで、伝承や異説も交えて話が進む。気になった数字や逸話は、各項目の本文と史料で確かめてほしい。
この物語が起きた場所
筋(121)
年代順に並べてあります。役どころが書いてあるものは、なぜこの物語に含まれるかを添えました。
- ローマの建国できごと紀元前8世紀(伝承ではBC753年4月21日)偉人飯でローマ建国者ロムルスの料理を扱う回伝承ではロムルスがBC753年に建国したとされるが、考古学的には紀元前8世紀の集落の統合としか言えない。ローマ
- マラトンの戦いできごとBC490年ペルシア戦争シリーズ『マラトンの戦い』の回アテナイ重装歩兵がペルシア軍を撃退した。第一次ペルシア戦争の帰趨を決める。マラトン

- テルモピュライの戦いできごとBC480年8月ペルシア戦争シリーズ『テルモピュライの戦い』の回レオニダス率いる寡兵が隘路でペルシアの大軍を数日食い止め、全滅した。テルモピュライ

- サラミスの海戦できごとBC480年9月ペルシア戦争シリーズ『サラミスの海戦』の回狭い海峡に誘い込んでペルシア艦隊を破った。ギリシアの独立が守られる。サラミス

- プラタイアの戦いできごとBC479年ペルシア戦争シリーズ『プラタイアの戦い』の回陸戦でもペルシアを破り、ギリシア本土からペルシア軍が退いた。プラタイア

- レウクトラの戦いできごとBC371年世界の戦術戦略『レウクトラの戦い』の回斜線陣でスパルタの重装歩兵を破り、その無敵の評判が終わった。レウクトラ

- アレクサンドロス3世人物BC356年7月20日(21日説あり) – BC323年6月10日(11日説あり)偉人飯シリーズ『アレキサンダー大王』の回11年でギリシアからインダス川まで到達し、ペルシア帝国を滅ぼした。32歳でバビロンに没し、帝国は将軍たちに分裂する。
- カイロネイアの戦いできごとBC338年8月2日アレキサンダー大王戦記『カイロネイアの戦い』の回フィリッポス2世がアテナイ・テーバイ連合軍を破り、ギリシアの都市国家の時代が終わった。18歳のアレクサンドロスが左翼を指揮した。カイロネイア

- グラニコス川の戦いできごとBC334年5月アレキサンダー大王戦記『グラニコス川の戦い』の回アジアに渡って最初の会戦。渡河しながらの突撃でペルシアの太守軍を破った。グラニコス川(位置は特定されていない)

- アレクサンドロスの東方遠征できごとBC334年アレキサンダー大王戦記でヤクサルテス川の戦いを扱う回11年でギリシアからインダス川まで到達し、アケメネス朝ペルシアを滅ぼした。
- イッソスの戦いできごとBC333年11月アレキサンダー大王戦記『イッソスの戦い』の回狭い海岸平野でダレイオス3世の大軍を破った。王は戦場を捨てて逃げ、母と妻子が捕らえられる。イッソス(位置は特定されていない)

- ティルス攻囲できごとBC332年アレキサンダー大王戦記『ティルス攻囲』の回島の要塞を7か月かけて攻略。海に土手を築いて陸続きにした。ティルス
- ガウガメラの戦いできごとBC331年10月1日アレキサンダー大王戦記『ガウガメラの戦い』の回ペルシアの主力を平原で破り、アケメネス朝の命運が決した。戦場の正確な位置は特定されていない。ガウガメラ(位置は特定されていない)

- ヒュダスペス川の戦いできごとBC326年5月アレキサンダー大王戦記でヒュダスペス河畔の戦いを扱う回象部隊を擁するポロス王を破った。遠征の最東端で、ここから兵は帰還を求めて動かなくなる。ヒュダスペス川(位置は特定されていない)

- トレビアの戦いできごとBC218年12月ハンニバル戦記『トレビアの戦い』の回イタリア侵入後の最初の大勝。渡河で冷えたローマ軍を伏兵で包囲した。トレビア川(位置は特定されていない)

- トラシメヌス湖の戦いできごとBC217年6月21日ハンニバル戦記『トラシメヌス湖畔の戦い』の回湖畔の隘路に誘い込んで行軍中のローマ軍を殲滅した。史上最大級の待ち伏せ。トラシメヌス湖

- ファビウスの持久戦できごとBC217年ハンニバル戦記『ファビウスの持久戦』の回トラシメヌスのあと、独裁官ファビウスはハンニバルと戦わず、影のように追って、補給を断った。「クンクタトル(ぐずぐず屋)」と罵られ、任期が終わるとローマは会戦に出て、カンナエで負けた。あとで「ぐずぐず」が国を救ったと言われる。ローマ

- カンナエの戦いできごとBC216年8月2日世界の戦術戦略『カンナエの戦い』の回中央をあえて後退させる両翼包囲でローマ軍を殲滅。ローマ史上最悪の敗北とされ、以後ローマは会戦を避ける持久戦略へ転じた。カンナエ

- クレオパトラ7世人物BC69年 – BC30年8月12日(10日説あり)偉人飯シリーズ『クレオパトラ』の回プトレマイオス朝最後の女王。アクティウムの敗北の翌年に自死した。
- トイトブルク森の戦いできごとAD9年ローマ・ゲルマニア戦争シリーズ『トイトブルクの森』の回3個軍団が全滅し、ローマはライン川より東への拡大を諦めた。ヨーロッパの東西を分ける線がここで決まる。トイトブルク森(位置は特定されていない)
- 聖徳太子人物AD574年 – AD622年偉人飯シリーズ『聖徳太子』の回冠位十二階と十七条憲法を定め、隋へ使者を送った。仏教を国づくりの柱に据える。
- 第1回十字軍のエルサレム占領できごとAD1099年7月15日十字軍シリーズ『エルサレムの戦い』の回住民が大量に殺された。この記憶が、以後900年にわたって双方の側で引かれることになる。エルサレム

- エルサレム王国国AD1099年(エルサレム占領) – AD1291年(アッコン陥落)偉人伝説シリーズ『ボードゥアン4世』の回第一回十字軍が建てた。ヨーロッパの封建制をそのまま持ち込み、200年海の向こうにあった。ヒッティーンのあとは沿岸の帯だけになり、アッコンの陥落で消える。
- 保元・平治の乱できごと1156年剣豪武人猛将シリーズ『源為朝』の回貴族の争いが武士の力で決着した。武士なしでは政治が動かないことが誰の目にも明らかになる。京都
- リチャード1世(獅子心王)人物AD1157年9月8日 – AD1199年4月6日偉人伝説シリーズ『獅子心王リチャード1世』の回10年の在位のうちイングランドにいたのは半年。フランス語で話し、十字軍でサラディンと戦い、帰りに捕えられて身代金で戻った。城攻めの最中に弩の矢を受けて死んだ。射た少年を赦した、と伝わる。
- 源義経人物AD1159年 – AD1189年6月15日(文治5年閏4月30日)現地解説シリーズ『源義経』の回義朝の九男。母は常盤。鞍馬で育ち、奥州の藤原秀衡のもとへ。兄の挙兵に駆けつけ、一ノ谷、屋島、壇ノ浦で平家を滅ぼした。兄に疎まれ、後白河から官位を受けたことで追われ、吉野、平泉。衣川で妻子と自害した。31歳。「判官びいき」。牛若丸。
- チンギス・ハン人物AD1162年頃 – AD1227年偉人飯シリーズ『チンギス・ハーン』の回草原の諸部族をまとめ、史上最大の陸上帝国の土台を築いた。生年も墓所も分かっていない。
- 富士川の戦いできごとAD1180年(治承4年)10月源平合戦シリーズ2『富士川の戦い』の回石橋山で負けた頼朝が房総で兵を集め、鎌倉に入り、富士川で平維盛の追討軍と向かい合った。夜、水鳥が一斉に飛び立った音を夜襲と思って平家が逃げた、と『平家物語』。頼朝は追わずに鎌倉へ帰った。東国を固めることを選んだ。富士川

- 倶利伽羅峠の戦いできごとAD1183年(寿永2年)5月源平合戦シリーズ3『倶利伽羅峠の戦い』の回木曽義仲が北陸で平維盛の10万を峠で夜襲し、谷に追い落とした。牛の角に松明をつけて放ったという「火牛の計」は後の話。平家は北陸を失い、2か月後に都を捨てて西へ。義仲が京に入り、都の人は「田舎者」と嫌った。倶利伽羅峠

- 一ノ谷の戦いできごとAD1184年(寿永3年)2月源平合戦シリーズ5『一ノ谷の戦い』の回福原に戻った平家を、範頼が正面から、義経が裏の崖から。「鵯越の逆落とし」。平家は船で海へ逃げ、平敦盛が熊谷直実に討たれた。17歳。『平家物語』の最も有名な場面。義経の名が上がり、頼朝の疑いが始まった。一ノ谷

- 屋島の戦いできごとAD1185年(元暦2年)2月源平合戦シリーズ6『屋島の戦い』の回讃岐の屋島に本陣を置いた平家を、義経が嵐の中を船で渡って背後から襲った。平家は海へ。那須与一が扇の的を射た。義経が弓を落として拾った「弓流し」。1か月後、壇ノ浦。屋島

- 壇ノ浦の戦いできごとAD1185年4月25日源平合戦シリーズ7『壇ノ浦の戦い』の回平氏が海に沈み、幼い安徳天皇も亡くなった。三種の神器のうち剣は失われたと伝わる。壇ノ浦

- ヒッティーンの戦いできごとAD1187年7月4日十字軍シリーズ『ヒッティーンの戦い』の回水の無い丘に十字軍の主力を誘い込み、一日で壊滅させた。3か月後、エルサレムが開城する。ヒッティーン

- 第三回十字軍のアッコン攻囲できごとAD1191年7月12日十字軍シリーズ『アッコンの戦い』前編エルサレムを失って四年、イングランドとフランスの王が海から来て、二年囲まれていたアッコンを落とした。獅子心王は捕虜2700人を殺し、サラディンと戦って勝ち、エルサレムには入らずに帰った。アッコン
- モンゴル帝国の拡大できごと1206年モンゴル軍シリーズ『インダス河の戦い』の回史上最大の陸上帝国。ユーラシアが一つの交通圏になり、人も物も疫病も東西を往復する。カラコルム
- モヒの戦いできごとAD1241年4月11日モンゴル軍シリーズ『モヒの戦い』の回バトゥの軍がハンガリー王の軍を橋の上で破った。人口の15〜25%が失われたとされる(かつては半分とも言われた)。王はアドリア海の島まで逃げ、モンゴルが去ってから石の城を各地に建てた。モヒ(シャヨー川畔)(位置は特定されていない)
- アイン・ジャールートの戦いできごとAD1260年9月3日モンゴル軍シリーズでアイン・ジャールートの戦いを扱う回モンゴル軍が野戦で初めて決定的に敗れた。大ハーンの死で主力が引き上げていた隙を、マムルークが突いた。アイン・ジャールート

- 文永の役できごとAD1274年11月19日(文永11年10月20日)日本の戦いシリーズで元寇・文永の役を扱う回元と高麗の900隻、3万が対馬と壱岐を襲い、博多に上陸した。てつはう、集団戦、毒矢。武士は一騎討ちの名乗りをして囲まれた。一日戦って、元軍は船に戻り、翌朝いなかった。嵐で帰ったのか、最初から威力偵察だったのか、いまも議論がある。博多
- 弘安の役できごとAD1281年7月(弘安4年閏7月)日本の戦いシリーズで元寇・弘安の役を扱う回東路軍4万と、南宋の降兵からなる江南軍10万。博多の石築地で上陸できず、鷹島で船を並べているところに台風が来た。船の多くは急いで造った川船だった。「神風」の語は江戸時代から。フビライは三度目を計画して、やめた。博多
- バノックバーンの戦いできごとAD1314年6月24日中世ヨーロッパ戦術解説『バノックバーンの戦い』の回スコットランド王ロバート・ブルースが、倍のイングランド軍を沼地で破った。前日、王は斧一つで突撃してきた騎士の頭を割った。スコットランドの独立は、これで事実になり、1328年に条約になる。バノックバーン

- エドワード黒太子人物AD1330年6月15日 – AD1376年6月8日百年戦争シリーズでエドワード黒太子のナヘラの戦いを扱う回16歳でクレシー、26歳でポワティエでフランス王を捕えた。騎士道の花と呼ばれ、リモージュで住民3000人を殺した。黒い鎧の名は死後200年のもの。赤痢で父より先に死に、息子リチャード2世が10歳で王になった。
- 百年戦争できごと1337年百年戦争シリーズでポンヴァレンの戦いを扱う回116年に及ぶ英仏の争い。この過程で両国に「国民」という意識が育つ。アジャンクール
- クレシーの戦いできごとAD1346年8月26日百年戦争シリーズでクレシーの戦いを扱う回イングランドの長弓兵が、フランスの騎士とジェノヴァの弩兵を丘の上から射倒した。騎士の時代の終わりの始まり。16歳の黒太子が前線で戦い、父は「息子に拍車を得させよ」と援軍を送らなかった。クレシー

- 黒死病できごと1347年感染症シリーズ『黒死病』の回ヨーロッパの人口の3分の1が死んだ。働き手が減って農奴の立場が上がり、封建の仕組みが緩む。
- ポワティエの戦い(1356年)できごとAD1356年9月19日百年戦争シリーズでポワティエの戦いを扱う回黒太子がフランス王ジャン2世を捕虜にした。王はロンドンに連れて行かれ、身代金は300万エキュ、フランスの二年分の歳入。息子が人質を逃がすと、王は自分で戻って、ロンドンで死んだ。ポワティエ

- ジャンヌ・ダルク人物AD1412年 – AD1431年5月30日偉人飯シリーズ『ジャンヌ・ダルク』の回19歳で火刑になった農民の娘。百年戦争の流れを変え、後にフランスの象徴になる。
- アザンクールの戦いできごとAD1415年10月25日世界の戦術戦略シリーズ『百年戦争5』アザンクールの回ヘンリー5世の6000が、赤痢と雨の泥の中で、フランスの騎士2万を長弓で倒した。フランスの貴族が一日で消えた。捕虜を殺せと命じた。5年後、トロワ条約でフランス王の跡継ぎに。2年後に死んで、ジャンヌが出た。シェイクスピアの「聖クリスピアンの日」。アジャンクール

- ヴラド3世人物AD1431年 – AD1476年剣豪武人猛将シリーズ『ヴラド3世』の回父ヴラド2世は「竜」、ドラクル。息子は「竜の子」、ドラクレア。7年オスマンの人質。父と兄が殺された。三度ワラキア公。貴族を復活祭の宴で串刺しに。オスマンの2万人を串刺しに。ハンガリーに12年幽閉され、戻って2か月で殺された。ルーマニアでは英雄。
- コンスタンティノープル陥落できごとAD1453年5月29日世界の戦術戦略シリーズ『コンスタンティノープル陥落』の回オスマン帝国が1100年続いた東ローマを滅ぼした。中世の終わりの目印として使われる。コンスタンティノープル

- 『魔女に与える鉄槌』できごとAD1487年文化・風習解説シリーズ『魔女狩り』の回ドミニコ会の異端審問官ハインリヒ・クラーマーが、インスブルックで魔女裁判に失敗して司教に追い出され、教皇の勅書を付けて、この本を書いた。魔女は実在する。悪魔と契約し、交わり、天候と作物と男の性器を害する。ほとんどが女である(「女は信仰が弱い(femina=fe minus)」)。訊問と拷問と処刑の手引き。印刷術で30版。魔女狩りは1560年から1630年が頂点で、4万〜6万人が処刑された。シュパイアー

- 梅毒の流行できごとAD1495年感染症シリーズ『梅毒』しつこさに迫る回フランス王シャルル8世がナポリを囲んだ軍の中で新しい病が出た。傭兵がヨーロッパ中に運んだ。フランスは「ナポリ病」、イタリアは「フランス病」と呼んだ。コロンブスの船員がアメリカから持ち帰ったという説と、前からあったという説が、いまも決着していない。ナポリ
- 毛利元就人物AD1497年4月16日 – AD1571年7月6日偉人飯で毛利元就の好んだ団子を扱う回安芸の小領主の次男。10歳で孤児、家臣に城を取られて「乞食若殿」。兄と甥が死んで家を継いだ。次男を吉川、三男を小早川に養子に出して両川を作り、厳島で陶を破り、大内を取り、尼子を10年かけて落とした。中国地方10か国。「三本の矢」は作り話で、「三子教訓状」は本物。75歳。
- 武田信玄人物AD1521年12月1日 – AD1573年5月13日偉人飯シリーズ『武田信玄』の回甲斐守護武田信虎の長男。21歳で父を駿河に追放した。信濃を取り、川中島で謙信と5回、駿河を取り、三方ヶ原で家康を潰し、上洛の途中、信濃で病死した。「死を3年隠せ」。風林火山。信玄堤。甲州法度。「人は城、人は石垣」。息子勝頼が9年で滅んだ。
- 明智光秀人物AD1528年頃 – AD1582年7月2日(天正10年6月13日)偉人飯シリーズ『明智光秀』の回美濃の出と言うが、前半生は分からない。朝倉、足利義昭、そして信長。坂本城、丹波。連歌と茶。1582年6月2日、本能寺。「敵は本能寺にあり」は後の言葉。理由は諸説。怨恨、野望、朝廷、四国。11日後、山崎で負け、小栗栖で竹槍。娘の玉(ガラシャ)が細川忠興の妻。
- エリザベス1世人物AD1533年9月7日 – AD1603年偉人飯シリーズ『エリザベス1世』の回無敵艦隊を退け、海洋国家への道を開いた。生涯独身を通し、王朝はここで絶える。
- 織田信長人物AD1534年 – AD1582年6月21日偉人飯シリーズ『織田信長』の回鉄砲と経済で旧い秩序を壊した。統一を目前にして家臣に討たれる。
- 前田利家人物AD1539年 – AD1599年4月27日偉人飯シリーズ『前田利家』の回尾張荒子。信長の小姓。「槍の又左」。同朋衆を斬って追放され、桶狭間で無断で戦って戻された。柴田の下で北陸、賤ヶ岳で秀吉に寝返って加賀を得た。妻まつ。五大老。秀吉の死後、家康を抑える唯一の人で、秀吉の8か月後に死んだ。加賀100万石。
- 徳川家康人物AD1543年 – AD1616年偉人飯シリーズ『徳川家康』の回関ヶ原に勝ち、260年続く体制を作った。待つことで勝った人。
- 河越夜戦できごとAD1546年(天文15年)現地を歩いて歴史解説『河越夜戦』の回関東管領上杉憲政と扇谷上杉朝定と古河公方が8万で河越城を囲み、北条氏康が8000で夜襲した。朝定が死に、扇谷上杉が滅び、憲政は越後へ逃げて上杉謙信に管領の名を譲った。北条が関東の主になった。数は誇張だが、勝ち方は伝わっている。河越(川越)
- 川中島の戦いできごとAD1561年10月18日(永禄4年9月10日)世界の戦術戦略シリーズ『川中島の戦い』の回信濃の北、千曲川と犀川の間で、武田信玄と上杉謙信が12年に5回戦った。1561年の4回目が最大。信玄は啄木鳥の戦法で別働隊を回し、謙信は霧の中で先に山を下りて本陣を突いた。謙信が単騎で信玄に斬りつけ、信玄が軍配で受けた、と伝える。両軍で数千が死に、どちらも勝たなかった。川中島

- 真田信繁(幸村)人物AD1567年 – AD1615年6月3日(慶長20年5月7日)偉人飯シリーズ『真田幸村』の回真田昌幸の次男。上杉、秀吉の人質。関ヶ原で父と西軍、兄信之は東軍。九度山に14年。大坂に入り、真田丸で徳川を叩き、夏、茶臼山から家康本陣に3度突っ込んで、旗を倒させた。安居神社で首を取られた。「日本一の兵」。幸村の名は江戸時代の講談から。
- 伊達政宗人物AD1567年9月5日 – AD1636年6月27日偉人飯シリーズ『伊達政宗』の回幼いとき疱瘡で右目を失った。独眼竜。18歳で家督、5年で南奥州を取った。摺上原で蘆名を滅ぼした。秀吉の小田原に遅れて、死装束で行った。関ヶ原で東軍。仙台62万石。支倉常長をローマへ送った。料理を作り、能を舞い、詩を書いた。「あと20年早く生まれていたら」と言われる。70歳。
- 姉川の戦いできごとAD1570年7月30日(元亀元年6月28日)日本の戦い・合戦・戦史シリーズ『姉川の戦い』の回妹婿の浅井長政が朝倉との義理で信長に背き、金ヶ崎で信長は背後を突かれて逃げた。2か月後、姉川。信長と家康2万8000、浅井・朝倉1万8000。徳川が朝倉を崩し、浅井は織田の陣を13段のうち11段まで突いたが、崩れた。川が血で赤くなった、と言う。浅井は3年後に滅びた。姉川
- 三方ヶ原の戦いできごとAD1573年1月25日(元亀3年12月22日)日本の戦い・合戦・戦史シリーズ『三方ヶ原の戦い』の回上洛する武田信玄2万7000が浜松城を素通りした。31歳の家康が1万1000で追って出て、三方ヶ原の台地で待っていた信玄に魚鱗の陣で潰された。家康は浜松に逃げ帰り、馬上で脱糞したと伝え、その顔を絵に描かせて戒めにした(しかみ像。ただし近年の研究は疑う)。信玄は4か月後、病死した。浜松

- 長篠の戦いできごとAD1575年6月29日(天正3年5月21日)日本の戦い・合戦・戦史シリーズ『長篠の戦い』の回武田勝頼1万5000が長篠城を囲み、信長・家康3万8000が設楽原に馬防柵を作って待った。鉄砲3000挺(1000とも)。武田の騎馬が柵に突撃を繰り返し、山県昌景、馬場信春、内藤昌豊が死んだ。「三段撃ち」は後の話。武田は7年後に滅んだ。鳥居強右衛門が援軍を告げて磔にされた。長篠

- 山崎の戦いできごとAD1582年7月2日(天正10年6月13日)日本の戦いシリーズで山崎の戦いを扱う回本能寺の11日後。備中高松で毛利と対していた秀吉が、和睦して、200キロを10日で戻った(中国大返し)。天王山の麓で、秀吉4万、光秀1万6000。細川も筒井も光秀に来なかった。光秀は坂本へ逃げる途中、小栗栖で落ち武者狩りの竹槍に刺された。「三日天下」。秀吉が信長の後継の位置に立った。山崎
- 秀吉の天下統一できごとAD1590年現地を歩いて歴史解説『小田原征伐』の回100年続いた戦国が終わった。刀狩と検地で武士と農民を分け、身分を固定する。大坂
- 吉原の公認できごとAD1617年(元和3年)文化・風習シリーズで吉原遊廓の歴史を扱う回江戸に人が集まり、単身の男が町にあふれた。散らばっていた遊女屋を一か所に集めて囲い、そこだけを認める。幕府は、日本橋の近くの湿地に区画を許し、周りを堀と塀で囲わせた。吉原である。出入口は一つ、夜は閉める。客の身元も、遊女の逃亡も、そこで管理できる。遊女は借金を背負わされて外へ出られず、多くは貧しい村から売られてきた娘だった。禁じるのではなく、囲って公認し、税と治安の道具にする。この形は、明暦の大火の年に浅草の奥へ移されて、明治まで二百五十年続いた。東京
- 島原の乱できごと1637年世界の戦術解説シリーズ『島原の乱』の回重税とキリシタン弾圧に対する蜂起。鎮圧の後、幕府は禁教と統制をいっそう強める。島原

- ルイ14世人物AD1638年9月5日 – AD1715年9月1日偉人飯シリーズ『ルイ14世』の回72年在位した。貴族をヴェルサイユに集めて宮廷に縛り、絶対王政の手本と呼ばれる形を作る。
- 赤穂事件できごと1701年偉人飯シリーズ『赤穂事件』の回主君の刃傷で家を取り潰された47人が、1年9か月後に吉良邸を襲い、そろって切腹した。忠義と法のどちらを取るかで幕府は割れ、以後300年、日本人が繰り返し語り直す物語になる。江戸
- ジョージ・ワシントン人物AD1732年2月22日 – AD1799年12月14日偉人飯シリーズ『ワシントン』の回独立軍を率い、初代大統領になった。二期で自ら退いたことが、その後の型を作る。
- マリー・アントワネット人物AD1755年11月2日 – AD1793年10月16日偉人飯シリーズ『マリー・アントワネット』の回マリア・テレジアの娘として14歳でフランスへ嫁いだ。浪費と外国人への憎しみを一身に受け、「パンがなければ」の言葉を言った証拠は無い。夫の9か月後に処刑された。
- ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト人物AD1756年1月27日 – AD1791年12月5日偉人飯シリーズ『モーツァルト』の回5歳から作曲し、35年で600曲を超えた。宮廷に仕えず自分で稼ぐ音楽家という生き方を試み、うまくいかなかった。
- ナポレオン・ボナパルト人物AD1769年8月15日 – AD1821年5月5日偉人飯シリーズ『ナポレオン』の回革命の混乱から皇帝に上り、ヨーロッパの大半を支配した。敗れた後も法典と国民国家の考えが残る。
- ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン人物AD1770年12月(洗礼は16日) – AD1827年3月26日偉人飯シリーズ『ベートーヴェン』の回20代半ばから耳が聞こえなくなり、それでも書き続けた。第九の初演では聴衆の拍手が見えるまで気づかなかったと伝わる。
- マシュー・ペリー人物1794年 – 1858年偉人飯でペリーの好んだ飲み物を扱う回艦隊を率いて浦賀に現れ、200年余り続いた鎖国を外から開かせた。
- エイブラハム・リンカーン人物AD1809年2月12日 – AD1865年4月15日偉人飯シリーズ『リンカーン』の回南北戦争を戦い抜き、奴隷解放を宣言した。終戦の5日後に暗殺される。
- フレデリック・ショパン人物AD1810年3月1日 – AD1849年10月17日偉人飯でショパンの好んだ料理を扱う回ワルシャワ近郊。父はフランス人の家庭教師。7歳で出版、8歳で公開演奏。1830年、20歳でウィーンへ発ち、その3週間後に十一月蜂起が起きて、帰れなくなった。パリで、貴族の生徒に教え、少人数のサロンで弾いた(大ホールの演奏会は生涯30回ほど)。ジョルジュ・サンドと9年。マズルカ、ポロネーズ、ノクターン、バラード、練習曲。ほぼ全部がピアノのため。結核。39歳。心臓は姉が壺に入れてワルシャワへ運んだ。
- ビスマルク人物AD1815年4月1日 – AD1898年偉人飯シリーズ『ビスマルク』の回三つの戦争を計算ずくで使い、ドイツを統一した。統一後は一転して平和の維持に腐心する。
- フローレンス・ナイチンゲール人物AD1820年5月12日 – AD1910年8月13日偉人飯シリーズ『ナイチンゲール』の回フィレンツェ生まれの富裕な家の娘。「神の声を聞いた」。看護は下女の仕事で、家族が反対した。クリミア、スクタリの病院に38人の看護婦と。ランプ。死亡率を42%から2%に。汚水と換気を直した。戦争のあと、統計で議会を動かした。鶏頭図(円グラフの一種)。『看護覚え書』。ナイチンゲール看護学校。90歳。人生の後半はベッドの上で、手紙で世界の病院を変えた。
- 大村益次郎人物AD1824年5月30日 – AD1869年12月7日現地を歩いて歴史解説『大村益次郎』の回周防の村医者が蘭学で兵学を学び、長州の軍を作り直し、第二次長州征伐で幕府軍を破り、上野の彰義隊を一日で潰した。徴兵制と鎮台を設計して、京で襲われて死んだ。靖国神社の銅像は彼。
- 岩倉具視人物1825年 – 1883年偉人飯シリーズ『岩倉具視』の回公家から討幕を画策し、王政復古の大号令を実現させた。
- 近藤勇人物1834年 – 1868年偉人飯シリーズ『近藤勇』の回新選組局長。京都で尊攘派を取り締まったが、幕府の崩壊とともに斬られた。
- 福沢諭吉人物1835年 – 1901年偉人飯シリーズ『福沢諭吉』の回幕府の使節として欧米を見て回り、『学問のすゝめ』で新しい世の考え方を広めた。
- 土方歳三人物AD1835年5月31日 – AD1869年6月20日偉人伝説シリーズ『土方歳三』の回武蔵の農家の子で、薬を売り歩き、道場で近藤勇と会った。新選組副長。局中法度で隊士を切腹させ、鳥羽伏見で負け、宇都宮、会津、箱館。函館の市街戦で馬上で撃たれて死んだ。34歳。
- 天璋院篤姫人物AD1836年2月5日 – AD1883年11月20日偉人飯シリーズ『篤姫』の回薩摩の分家の娘が斉彬の養女になり、13代家定の御台所に入った。夫は2年足らずで死んだ。和宮と大奥で対立し、江戸攻めのとき二人で嘆願した。実家の薩摩が攻めてくる側だった。維新後も徳川家を守って、薩摩に帰らなかった。
- 榎本武揚人物AD1836年10月5日 – AD1908年10月26日幕末人物解説シリーズ『榎本武揚』の回幕臣。オランダに5年留学し、開陽丸で帰り、江戸開城のあと艦隊を率いて箱館へ。五稜郭で降伏し、黒田清隆が助命した。獄から出て北海道開拓、駐露公使で樺太千島交換条約、逓信・文部・外務・農商務大臣。
- 坂本龍馬人物1836年 – 1867年12月10日(慶応3年11月15日)偉人伝説シリーズ『坂本龍馬』の回藩を脱けた浪士でありながら、薩摩と長州を結びつけた。大政奉還の直後に暗殺される。
- 徳川慶喜人物1837年 – 1913年偉人飯シリーズ『徳川慶喜』の回最後の将軍。政権を自ら朝廷へ返し、鳥羽伏見の敗北後は戦わずに退いた。
- 大隈重信人物1838年 – 1922年偉人飯シリーズ『大隈重信』の回早期の国会開設を求めて政府を追われ、政党を作って対抗した。早稲田を創立する。
- 山県有朋人物1838年 – 1922年偉人飯シリーズ『山県有朋』の回徴兵令を敷いて国民皆兵の軍を作った。軍と官僚に長く影響力を保つ。
- 高杉晋作人物1839年 – 1867年偉人伝説シリーズ『高杉晋作』の回身分を問わない奇兵隊を作り、長州を討幕へ転じさせた。倒幕を見ずに27歳で病死。
- 伊藤博文人物1841年 – 1909年偉人伝説シリーズ『伊藤博文』の回松下村塾に学び、憲法を起草して初代内閣総理大臣になった。ハルビンで暗殺される。
- 東郷平八郎人物AD1848年1月27日 – AD1934年5月30日偉人飯シリーズ『東郷平八郎』の回薩英戦争を砲台の側で見て、イギリスに7年留学した。日本海海戦で「敵艦見ゆとの警報に接し」の信号を上げ、丁字戦法で勝った。「東洋のネルソン」。晩年は軍縮に反対して海軍を割った。国葬。
- 明治天皇人物1852年 – 1912年偉人飯シリーズ『明治天皇』の回15歳で即位し、王政復古から近代国家の成立までを名において担った。
- 池田屋事件できごと1864年7月8日(元治元年6月5日)現地解説シリーズ『池田屋事件』の回新選組が尊攘派の会合を襲った。長州の怒りが翌月の禁門の変につながる。京都
- 孫文人物AD1866年11月12日 – AD1925年3月12日偉人飯シリーズ『孫文』の回2000年続いた皇帝の制度を終わらせた革命の中心。統一を見ないまま死んだ。台湾は国父と呼び、中華人民共和国は「革命の先駆者」と呼ぶ。
- 夏目漱石人物AD1867年2月9日 – AD1916年12月9日偉人飯シリーズ『夏目漱石』の回江戸の名主の末子で、養子に出され、戻された。英語教師としてロンドンに2年いて神経衰弱になった。帰って猫の話を書き、朝日新聞に入り、『三四郎』『それから』『こころ』。胃潰瘍で49歳。「則天去私」。
- 野口英世人物AD1876年11月9日 – AD1928年5月21日偉人伝説シリーズ『野口英世』歴史クズ伝説の回会津の農家に生まれ、囲炉裏で左手を焼いた。手術で動くようになった手で医者になり、金を借りて渡米し、ロックフェラー研究所で梅毒スピロヘータを脳から見つけた。黄熱病の病原体を見つけたと言い、それは間違いで、ガーナで黄熱病で死んだ。千円札。
- ヨシフ・スターリン人物AD1878年12月18日 – AD1953年3月5日偉人飯シリーズ『スターリン』の回30年ソ連を握った。工業化を急いだ代償に数百万人が餓死し、粛清でさらに多くが殺された。
- アインシュタイン人物AD1879年3月14日 – AD1955年4月18日偉人飯シリーズ『アインシュタイン』の回時間と空間が絶対でないと示した。核兵器の開発を促す手紙に署名し、後に悔いる。
- パットン人物AD1885年11月11日 – AD1945年12月21日偉人飯でパットンの好んだ料理を扱う回象牙の柄のリボルバー。1912年の五輪で近代五種。シチリアで神経症の兵を殴って解任されかけた。第3軍でフランスを横断し、バルジで3日で向きを変えてバストーニュへ。「私は戦争が好きだ」。戦後、ソ連と戦えと言い、ドイツで交通事故で死んだ。
- 狂犬病のワクチンできごとAD1885年7月6日感染症シリーズ『狂犬病』の回狂犬病は、発症すればほぼ確実に死ぬ。犬に噛まれた者は、数週間の猶予のあとに来るものを待つしかなかった。パスツールは、感染した兎の脊髄を乾かして毒性を弱める方法にたどり着く。1885年7月6日、犬に噛まれた九歳のジョゼフ・マイステルに、弱めたものから順に注射した。少年は生き延びる。医師の資格を持たないパスツールにとって、失敗すれば刑事責任を問われかねない賭けだった。発症してからでは間に合わない病に、噛まれたあとから間に合う手段ができた。パリ
- ヒトラー人物AD1889年4月20日 – AD1945年4月30日偉人飯シリーズ『ヒトラー』の回合法的に権力を得て独裁を敷き、戦争とホロコーストを引き起こした。民主制が自ら独裁を選びうることを示した例として残る。
- ロンメル人物AD1891年11月15日 – AD1944年10月14日偉人飯でロンメルの好んだ料理を扱う回第一次大戦でイタリア戦線の山を取って最高勲章。『歩兵は攻撃する』。フランスで第7装甲師団「幽霊師団」。北アフリカで「砂漠の狐」。エル・アラメインで退き、ノルマンディーの防備を作り、ヒトラー暗殺計画に名が出て、自決を強いられた。「国葬」で葬られた。
- 毛沢東人物AD1893年12月26日 – AD1976年9月9日毛沢東の政策とその結末を解説する回中国共産党を率いて建国した。大躍進と文化大革命で数千万の死を出したとされる。
- 黄熱と蚊できごとAD1900年感染症シリーズ『黄熱病』の回キューバの医師カルロス・フィンレイは、1881年から黄熱は蚊が運ぶと唱えていたが、信じられなかった。米西戦争のあと、アメリカ陸軍の委員会がハバナで確かめる。委員の一人ジェシー・ラジアーは蚊に刺されて死んだ。委員会は志願者を募り、蚊に刺させる実験と、患者の汚れ物の中で眠らせる実験を比べた。志願者には危険を書いた同意書に署名させている。蚊が運ぶことが確かめられると、ハバナの黄熱は翌年ほぼ消え、その方法がパナマへ持ち込まれた。ハバナ
- 太宰治人物AD1909年6月19日 – AD1948年6月13日偉人飯シリーズ『太宰治』の回青森の大地主の家の六男。東京帝大の仏文科に籍を置いたまま作家になり、自殺未遂と心中未遂を何度も重ねた。戦中に『走れメロス』『津軽』、戦後に『斜陽』で流行作家になる。『人間失格』の連載中、玉川上水に身を投げた。38歳。
- ロナルド・レーガン人物AD1911年2月6日 – AD2004年6月5日偉人飯でレーガンの好んだ菓子を扱う回イリノイ。ラジオのアナウンサー、俳優、俳優組合の委員長、GEのスポークスマン、カリフォルニア州知事。69歳で大統領。「悪の帝国」。SDI。軍拡。それからゴルバチョフと4回会って、INF。「ゴルバチョフさん、この壁を壊しなさい」。1994年、アルツハイマーを公表した。
- クリスマス休戦できごとAD1914年12月24日単発解説でクリスマス休戦を扱う回1914年のクリスマス・イヴ、ベルギーのイーペルのまわりなど西部戦線の各地で、ドイツ軍の塹壕の縁に、ろうそくを灯したクリスマス・ツリーが並んだ。「きよしこの夜」の歌声が聞こえ、向かいのイギリス兵も歌で応えた。翌日、両軍の兵士たちは誰の命令もなく塹壕を出て、敵味方の間の無人地帯で握手し、たばこや食べ物、軍服のボタンを交換し、倒れたままの仲間を一緒に葬った。サッカーをしたという話も残る。司令部はこれを嫌い、翌年からは厳しく禁じた。戦争はこのあと4年近く続いた。イーペル
- ジョン・F・ケネディ人物AD1917年5月29日 – AD1963年11月22日偉人飯シリーズ『ケネディ』の回キューバ危機を核戦争の手前で収めた。月へ行くと宣言し、その2年半後に暗殺される。
- スペイン風邪できごと1918年感染症シリーズでスペイン風邪を扱う回世界で5000万人以上が死んだとされる。大戦の死者を上回るのに、長く忘れられていた。

- イスラエルの建国できごとAD1948年5月14日世界の戦術戦略シリーズ『イスラエル建国』の回イギリスの委任統治が終わる前日の1948年5月14日、ダヴィド・ベン=グリオンがテルアビブでイスラエルの独立を宣言した。ホロコーストを生き延びたユダヤ人にとって、ようやく持てた自分たちの国である。翌日、周りのアラブの国々が攻め込み、戦争になる。戦いのなかで、七十万人ほどのパレスチナのアラブ人が故郷を逃れ、あるいは追われた。彼らはこれをナクバ、大災厄と呼ぶ。同じ一日が、一方には独立の日、もう一方には追放の日として記憶されている。テルアビブ
- 朝鮮戦争できごと1950年世界の戦術戦略シリーズ『朝鮮戦争』の回冷戦が実際の戦争になった最初の場。休戦のまま、いまも終わっていない。楽浪郡(位置は特定されていない)

- ソークのポリオワクチンできごとAD1955年4月12日感染症シリーズ『ポリオ』の回180万人の子供で試験した結果が発表された。「安全で効く」。教会の鐘が鳴った。ソークは特許を取らなかった。「太陽に特許があるか」。アメリカのポリオは年5万人から数百人に。サビンの経口ワクチンが続き、2020年にアフリカから野生株が消えた。ピッツバーグ

- 天然痘の根絶宣言できごとAD1980年5月8日感染症シリーズ『天然痘の根絶』の回人類が病を一つ、地上から消した。最後の自然感染は1977年のソマリア。20世紀だけで3億人を殺した病が、13年の計画で終わった。ジュネーヴ
- エイズの最初の報告できごとAD1981年6月5日感染症シリーズ『エイズ』の回1981年6月5日、アメリカの疾病対策の機関の週報が、ロサンゼルスの若い同性愛の男性五人が、ふつうは健康な人がかからない肺炎になったと報告した。免疫が壊れる新しい病だった。1983年、原因のウイルスが見つかる。患者は偏見にさらされ、政府の対応は遅れた。輸血や血液製剤でも広がり、アフリカでは何百万人もの命を奪う。1996年、複数の薬を組み合わせる治療で、死の病は抑え続けられる病に変わった。それまでに、そして薬の届かない土地では、いまも多くの人が死んでいる。ロサンゼルス
- ベルリンの壁の崩壊できごとAD1989年11月9日「ベルリンの壁の崩壊」を記者の一言から読む回28年間ドイツを分けた壁が一夜で開いた。冷戦の終わりが目に見える形になる。ベルリン
- 湾岸戦争できごとAD1991年1月17日単発解説で湾岸戦争を扱う回1990年8月2日、イラクがクウェートに攻め込み、併合を宣言した。国際連合は撤退を求め、アメリカを中心とする三十か国あまりの多国籍軍が集まる。1991年1月17日、空からの攻撃が始まり、その映像は夜空に光る対空砲火として世界の居間に生中継された。二月の地上戦は百時間で終わる。日本は巨額の資金を出したが、人を出さないと批判され、翌年、自衛隊を国連の平和維持活動に送る法律を作った。クウェート市
- 西アフリカのエボラ流行できごとAD2014年感染症シリーズ『エボラ出血熱』の回ギニアの村の2歳の子から始まり、三か国で2万8000人が感染し、1万1000人が死んだ。医療従事者が500人死んだ。国境なき医師団が「制御不能」と宣言してから、世界が動いた。ゲケドゥ

重なっているストーリー
同じできごとや人物を含む物語です。何件を共有しているかを添えました。
武士の700年27件を共有 / 地方の武装集団が政権を取り、そして自ら身分ごと消えるまで。ムンディ先生の講義で学ぶ歴史18件を共有 / 高校の先生「ムンディ先生」が、世界史と日本史を200講ずつで通した授業の動画。ここに並ぶ項目には、その講の動画が付いている。コテンラジオで聞く歴史16件を共有 / ポッドキャスト「コテンラジオ」が取り上げた人物とできごと。ここに並ぶ項目には、その回の動画が付いている。幕末12件を共有 / 黒船が来てから15年で、700年近く続いた武家政権が終わった。中田敦彦のYouTube大学で学ぶ歴史12件を共有 / 「中田敦彦のYouTube大学」が講義した世界史・日本史・偉人伝の人物とできごと。ここに並ぶ項目には、その回の動画が付いている。感染症と人類11件を共有 / 人が動くほど病も動いた。文明の広がりと感染の広がりは、同じ地図の上にある。明治10件を共有 / 藩を消し、身分を消し、40年で列強と戦えるところまで作り替えた。その代償も含めて。主権はだれのものか10件を共有 / 王が決めるのか、議会が決めるのか、国民が決めるのか。800年かけて答えが動いた。アレクサンドロスの東方遠征8件を共有 / 20歳で王になった男が、11年でギリシアからインダス川まで到達した。そして32歳で死ぬ。イスラム世界8件を共有 / 一世紀でイベリアからインダスまで。学問を受け継ぎ、育て、そして西へ返した。二つの大戦7件を共有 / 一発の銃声から31年。二つの戦争は別々ではなく、前者の終わらせ方が後者を呼んだ。冷戦7件を共有 / 撃ち合わずに40年競った。ただし代理の戦場では、実際に人が死に続けた。女性の権利7件を共有 / 人口の半分が、参政権を得るまでに文明の歴史のほとんどを要した。草原の帝国6件を共有 / 匈奴からジュンガルまで、2500年のあいだ農耕世界の北にいた人たちの側から歴史を並べる。表現の歴史6件を共有 / 書いた人、描いた人、作った人。政治と戦争のあいだに、ずっと別の営みがあった。キリスト教のひろがり5件を共有 / 迫害される小集団が、300年で帝国の宗教になり、そこから何度も割れながら世界へ出ていった。ペルシア戦争5件を共有 / 当時最大の帝国に、都市国家の寄り合いが勝った。ギリシアが自分たちを語りはじめる。確かめるという方法5件を共有 / 偉い人がそう言ったから、をやめた話。誰が最初かは、思っているほどはっきりしない。ポエニ戦争4件を共有 / 地中海の覇権をめぐる、ローマとカルタゴの120年。三度戦い、三度目でカルタゴは消えた。帝国と独立4件を共有 / 数十年で世界の大半が数か国のものになり、また数十年で戻った。『ローマ人の物語』で読むローマ4件を共有 / 塩野七生が15年かけて15巻で書いた、建国から西の帝国の終わりまで。このデータベースの第一期と同じ範囲になる。『暴力の人類史』で読む歴史4件を共有 / 人が人を殺す率は、狩猟採集の時代から今まで、長い目で見ればずっと下がってきた、という本。反論も多い。ローマ人の物語3件を共有 / ラティウムの一都市が地中海全域を呑み込み、そして西半分が消えるまでの1200年。技術と産業3件を共有 / 道具が人を変え、その人がまた道具を作った。速さが加速していく話。『国家はなぜ衰退するのか』で読む歴史3件を共有 / 国境をひとつ挟んで豊かさが違うのは、地理でも文化でもなく制度のせいだ、という本。2024年のノーベル経済学賞の元になった。『疫病と世界史』で読む歴史3件を共有 / 歴史を動かしたのは王でも思想でもなく、目に見えない微生物だった、と最初に言い切った本。『世界史』(マクニール)で読む歴史3件を共有 / 文明どうしが接触し、借り、競い合うことで歴史が動く。世界を一つの物語として書いた最初の教科書。『アラブが見た十字軍』で読む十字軍3件を共有 / 同じ200年を、襲われた側の年代記だけで書き直した本。彼らはそれを「フランク人の襲来」と呼んだ。『中世の秋』で読む中世の終わり3件を共有 / ルネサンスの前夜ではなく、中世そのものの終わり方。過剰な儀礼と、死への執着に覆われた14〜15世紀。性の歴史3件を共有 / 何が自然で何が異常かは、時代ごとに書き換えられてきた。書き換えてきたのは、法と医学と経済になる。中国の王朝2件を共有 / 殷から清まで3000年。王朝は替わっても、同じ型で替わり続けた。東ローマ千年2件を共有 / ローマの西半分が消えたあと、東半分は1000年続いた。その中身をローマの続きとして並べる。冷戦のあと2件を共有 / 対立の構図が消えたあと、何が残ったのか。1989年からの三十年。日本の古代2件を共有 / 中国の史書にだけ名が残る王たちから、律令の国家ができるまで。手本は常に大陸にあった。『サピエンス全史』で読む歴史2件を共有 / ハラリが人類史を三つの革命で切った本。その筋に沿って、このデータベースの項目を並べ直す。『繁栄』で読む歴史2件を共有 / 人類が豊かになったのは交換のおかげで、悲観する理由はいつも外れてきた、という本。反論側も付けてある。『ヨーロッパ覇権以前』で読む13世紀2件を共有 / 1250年から1350年まで、世界はすでに一つにつながっていた。ただし中心はヨーロッパではなかった。『地中海』で読む歴史2件を共有 / 歴史には三つの速さがある。ほとんど動かない時間、ゆっくり動く時間、そして事件。捕虜収容所で書かれた本。差別の歴史2件を共有 / 線を引いて内と外を分ける。理屈は、たいてい後から付けられた。支え合いの歴史2件を共有 / 働けなくなった人を、誰が支えるのか。家族か、宗教か、国か。答えは何度も入れ替わってきた。老いと死の歴史2件を共有 / どう老い、どう死に、どう弔うか。いちばん私的に見えることが、いちばん制度に支えられている。戦争と平和の歴史2件を共有 / 戦争を無くせなかった人類が、それでも戦争を縛り、減らし、裁こうとしてきた工夫の歴史。大航海時代1件を共有 / 海が壁ではなく道になった。二つの大陸が結ばれ、世界がひとつの市場になっていく。インドと仏教1件を共有 / 一人の王子が始めた問いが、アショーカ王に拾われ、玄奘に運ばれ、東アジアへ届くまで。朝鮮半島1件を共有 / 大陸と島国のあいだで、独自の文字と技術を育てた1300年。探検と発見1件を共有 / 地平線の向こうに何があるかを、確かめに行った人たちの記録。都市の歴史1件を共有 / 人が密集して住むという異常な選択が、文明のほとんどを生んだ。民族移動の時代1件を共有 / 4〜6世紀、ユーラシアの東西で同時に人が動いた。ローマだけの話ではない。『ローマ帝国衰亡史』で読むローマ1件を共有 / ギボンが1776年に出しはじめた、トラヤヌスからコンスタンティノープル陥落までの1300年。「なぜ滅びたか」を問う型はここで作られた。『想像の共同体』で読む歴史1件を共有 / 国民とは、会ったこともない人を同じ仲間だと思える想像力のことだ、という本。『オリエンタリズム』で読む歴史1件を共有 / 西洋が「東洋」について語ってきたことは、東洋についての知識ではなく、西洋についての物語だった、という本。『日本の歴史をよみなおす』で読む日本1件を共有 / 日本は農業の国で、百姓は農民だった。その前提を、史料の側から崩した本。『歴史の終わり』と『文明の衝突』で読む冷戦後1件を共有 / 冷戦が終わったあと、世界はどうなるのか。3年違いで出た二冊が、正反対の答えを出した。『反穀物の人類史』で読む歴史1件を共有 / 人が穀物を育てたのではなく、穀物と国家が人を囲い込んだ。最初の国家は、なぜ壁の内側に人を閉じ込めたのか。『菊と刀』で読む日本1件を共有 / 一度も日本へ行かないまま、戦時中のアメリカで書かれた日本人論。読み継がれ、批判され続けている。『ホモ・デウス』で読む次の歴史1件を共有 / 飢餓と疫病と戦争を抑え込んだ人類が、次に何を目指すか。『サピエンス全史』の続編。『モンタイユー』で読む中世の村1件を共有 / ピレネーの村人200人が、異端審問で一人ずつ尋問された。その調書から、村の暮らしが丸ごと出てくる。『暴力と不平等の人類史』で読む格差1件を共有 / 格差を大きく縮めたのは、改革ではなく破局だった。戦争、革命、国家の崩壊、疫病の四つしかない、という本。『イタリア・ルネサンスの文化』で読むルネサンス1件を共有 / 「ルネサンス」という時代の像そのものを作った本。150年たっても、まだその像の中にいる。『歴史序説』で読む王朝の寿命1件を共有 / 14世紀の北アフリカで、社会には法則があると考えた人がいた。王朝はなぜ三代で衰えるのか。教育の歴史1件を共有 / 子どもが学校へ行くのが当たり前になったのは、ごく最近になる。誰が、誰に、何のために教えてきたか。働くことの歴史1件を共有 / 一日八時間、週に五日。その区切りは、二百年かけて争って手に入れたものになる。海の歴史1件を共有 / 海は人と物と病と戦争を運び、人はその海を測り、守り、汚してきた。近代と宗教1件を共有 / 科学と国家と世俗化の時代に、信仰は消えるどころか、形を変えて燃え上がり続けた。