『暴力と不平等の人類史』で読む格差
概要
格差を大きく縮めたのは、改革ではなく破局だった。戦争、革命、国家の崩壊、疫病の四つしかない、という本。
この物語について
金持ちと貧しい人の差は、どうすれば縮まるのか。歴史の上で、格差が本当に大きく縮んだのは、いつ、何が起きたときだったのか。
『暴力と不平等の人類史』(ウォルター・シャイデル、2017年、日本語版2019年)は、石器時代から現在までの不平等を数字で追う。著者はオーストリア生まれの歴史家で、アメリカのスタンフォード大学で古代ローマの経済と人口を研究してきた。遺言状や税の台帳、墓の副葬品、家の大きさ、人の骨の背丈。数字の残りにくい時代については、そうした手がかりから富の偏りを推し量り、近代については所得と資産の統計を使う。
格差を測る物差しとして、本はおもにジニ係数と、上位の一握りが全体の富や所得の何割を持っているかを使う。ジニ係数は、全員がまったく同じなら0、一人がすべてを持てば1になる数で、その上がり下がりで数千年の流れをたどる。
結論は暗い。格差は、放っておけば広がる。それが大きく縮んだ例は歴史上いくつもあるが、原因はいつも同じ四つのどれかになる。大勢の人を動員する総力戦、社会を根こそぎ作り替える革命、国家そのものの崩壊、そして大量死をもたらす疫病。著者はそれを、聖書の黙示録になぞらえて「四騎士」と呼ぶ。
始まりは農耕の始まりである。狩りと採集で暮らす人びとの間では、蓄えられる富が少なく、差は小さかった。畑と家畜と蓄えを持つようになると、それを子に継がせることができ、差は代を重ねて広がった。ウルクのような最初の都市と国家が生まれると、王と神殿と役人が、多くの人の働きの上に立った。前18世紀のハンムラビ法典の時代のメソポタミアでは、王がときどき借金を帳消しにする布告を出している。借金で土地と自由を失う人が増えすぎると、国そのものが立ち行かなくなったからである。それでも、格差の大きな流れが逆向きになることは、めったになかった。
国家の崩壊は、四騎士の一つになる。5世紀に西ローマ帝国の滅亡が起きると、地中海全域に広がっていたローマの大土地所有者たちの富は、消えてしまった。数百の領地を持っていた元老院の家々は、帝国という仕組みがあってこそ富を集められた。帝国の末期には、最も豊かな元老院の家の年収は、金で数千ポンドに達したと伝えられる。崩壊のあとのブリタニアでは、家は小さくなり、貨幣は使われなくなり、焼き物は粗末になった。差は縮んだが、それはみなが貧しくなったからだった。9世紀ごろのマヤ低地の崩壊でも、王と貴族の暮らしが消え、残った人びとの差は小さくなったと考えられている。
疫病も四騎士の一つになる。1347年からの黒死病で、ヨーロッパの人口が大きく減ると、働き手が足りなくなった。土地は余り、人は足りない。イングランドでは、農業労働者の実質の賃金が上がり、領主は賃金を疫病の前に戻そうと法律を作ったが、うまくいかなかった。人頭税への怒りから起きた1381年のワット・タイラーの乱は鎮圧されたが、領主に縛られた農奴の身分は、その後しだいに崩れていった。だが人口が戻ると、16世紀からふたたび賃金は下がり、格差は広がりはじめる。

国家の崩壊の例は、中国にもある。9世紀の終わり、唐の末期の大反乱と王朝の崩壊のなかで、何百年も高い家柄を誇ってきた名門の一族の多くが姿を消した。宋の時代に科挙で選ばれた官僚が国を治めるようになる背景には、この古い貴族の消滅があった、と本は見る。
平和な時代には、格差は静かに広がる。黒死病のあとのイタリアの都市に残った財産の台帳を見ると、人口が戻るにつれて、上位の家々の持つ富の割合は16世紀から18世紀まで上がり続けた。
革命は、三つ目の騎士になる。1789年のフランス革命は、貴族と教会の特権と土地を奪ったが、本の見立てでは、格差を縮めた度合いは思われているほど大きくなかった。大きく縮めたのは、20世紀の共産主義の革命だった。1917年のロシア革命のあと、ソ連は土地と工場を国のものにし、農民を集団農場に押し込めた。その過程で、1930年代はじめのカザフの飢饉では、遊牧の暮らしを奪われたカザフ人が、約150万人とされるほど死んだ。中国の革命でも、地主の土地を分ける過程で多くの人が殺された。格差はたしかに縮んだ。だがその代価は、何百万という命だった。

総力戦が平等化をもたらすことは、古代にも例がある。古代ギリシアのアテナイでは、重装歩兵や軍船の漕ぎ手として多くの市民が戦争にかり出され、その市民たちが政治の権利を手にした。本は、民主政と比較的小さな格差を、この大量の動員と結びつけて読む。
最も大きな平等化は、総力戦がもたらした。第一次世界大戦と第二次世界大戦で、国家は国民のほとんどを兵と働き手として動員し、その費用をまかなうために、金持ちに重い税をかけた。アメリカでは、最も高い所得への税率が1944年に94パーセントに達した。戦争は工場と資産を破壊し、インフレが貯えを溶かし、政府は賃金と家賃と配当を統制した。著者が強調する例の一つが日本で、戦前、所得の上位1パーセントが全体の2割近くを得ていたが、敗戦の頃には1割を大きく下回った。財閥の解体と農地改革が、それに続いた。

ではその間に挟まる1929年からの世界恐慌はどうか。経済の危機は、本の見立てでは、格差を縮める力が弱い。アメリカの1930年代は数少ない例外とされるが、その効果も、のちの戦争に比べればずっと小さかった。
20世紀の半ば、先進国で格差が縮んだ。それは福祉国家と労働組合と累進課税の成果として語られてきたが、本は、二つの大戦による破壊と、そのために可能になった課税が主因だと論じる。福祉国家も累進課税も、多くは戦争の中で、あるいは戦争の直後に生まれた。そして、戦争が終わって数十年たつと、1980年代から格差はまた広がりはじめた。

では、平和なやり方では格差は縮まらないのか。著者は、土地改革、経済危機、民主化、教育の普及といった、暴力によらない道を一つずつ調べ、どれもそれだけでは大きな効果を上げなかった、と結論する。土地改革が成功した例の多くも、戦争や革命の脅威を背景にしていた。そして21世紀には、四騎士はもう来にくい。総力戦は核兵器のせいで起こりにくく、起これば文明が終わる。だから格差を縮めたいと願うときは、何を願っているのかに気をつけよ、と本は結ぶ。
この本の数年前には、経済学者ピケティが、資本の収益が経済成長を上回るかぎり格差は広がる、と論じて世界的に読まれていた。シャイデルの本は、その格差がなぜ20世紀に一度縮んだのかを、もっと長い時間で説明しようとしたものになる。

反論はある。累進課税と教育と組合が効いた例を軽く見すぎている、北欧の国々は戦争の破壊をあまり受けずに平等な社会を作った、という批判になる。古代の不平等を推し量る手がかりが、どこまで信頼できるかという疑問もある。
この物語は、本が例に使ったできごとを並べ直したものになる。本文は写していない。この年表にある物語「『暴力の人類史』で読む歴史」は、暴力が減ったことを進歩として書く。同じ20世紀を、二冊が逆向きに読んでいる。暴力が減った時代に、格差は広がっている。その二つが同じことの表と裏なのかどうかが、この本の投げかける問いになる。
動画(1)
この物語が起きた場所
筋(13)
年代順に並べてあります。役どころが書いてあるものは、なぜこの物語に含まれるかを添えました。
- 農耕の始まりできごと紀元前90世紀不平等はここから始まる麦を蒔き、羊を囲った。栄養は偏り、身長は縮み、病気は増えた。それでも人口は桁違いに増える。肥沃な三日月地帯(位置は特定されていない)
- ウルク。都市というものの始まりできごと紀元前35世紀数万人が城壁の中に住んだ。分業も神殿も官僚も、ここで一度に現れている。ウルク
- ハンムラビ法典できごとBC1754年頃282条を石碑に刻んで公開した。刑罰は身分によって差があり、目には目をの原則で知られる。バビロン
- 西ローマ帝国の滅亡できごとAD476年国家の崩壊という平等化最後の皇帝が退位させられた。古代の終わりの目印として使われるが、当時そう感じた人はいなかった。ラヴェンナ
- マヤ低地の崩壊できごとAD900年頃南部の都市が次々に放棄された。干ばつ、戦争、環境の疲弊が挙げられるが、決着していない。ティカル
- 黒死病できごと1347年疫病という平等化。賃金が上がったヨーロッパの人口の3分の1が死んだ。働き手が減って農奴の立場が上がり、封建の仕組みが緩む。
- ワット・タイラーの乱できごとAD1381年6月黒死病で人手が減り、賃金を抑える法と人頭税に農民が怒った。ロンドンを占拠し、王と会い、指導者は殺された。それでも農奴制は崩れていく。ロンドン

- フランス革命できごと1789年革命という平等化身分制を壊し、国民が主権を持つという考えを現実にした。恐怖政治も同じ革命が生んだ。パリ

- 第一次世界大戦できごと1914年総力戦という平等化サラエヴォの一発から、同盟の連鎖で世界が巻き込まれた。塹壕と機関銃と毒ガスで1000万人が死ぬ。サラエヴォ

- ロシア革命できごとAD1917年世界最初の社会主義国家が生まれた。以後70年、世界は二つの体制に分かれる。ペトログラード

- 世界恐慌できごと1929年ニューヨークの株価暴落が世界へ波及した。各国がブロック経済に閉じ、対立が深まる。ワシントンD.C.

- カザフの飢饉できごと1930年遊牧民を強制的に定住させ、家畜を集団化した結果、150万人前後が死んだ。カザフ人の人口の4割近くにあたる。長く公には語られなかった。アラル海(位置は特定されていない)
- 第二次世界大戦できごと1939年人類史で最大の戦争。軍民あわせて5000万人以上が死に、世界の枠組みが作り替えられた。ベルリン
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