『世界史』(マクニール)で読む歴史

概要
文明どうしが接触し、借り、競い合うことで歴史が動く。世界を一つの物語として書いた最初の教科書。
この物語について
世界の歴史を、ばらばらの国や地域の歴史の寄せ集めではなく、一つの物語として書くことはできるのか。『世界史』(ウィリアム・H・マクニール、1967年、日本語版1971年)は、それを一冊でやってみせた本である。もとはアメリカの大学で使うための教科書として書かれ、何度か改訂されながら、世界中で読まれてきた。日本では文庫になってから改めて広く読まれるようになった。
著者は1917年にカナダで生まれ、シカゴ大学で長く教えた歴史家である。2016年に98歳で亡くなるまで、世界史という分野そのものを育てた一人とされる。その数年前に出した大著『西洋の勃興』で、文明どうしの接触から世界史を描いて評判になっていた。『世界史』はその見方を、もっと短く、読みやすい形にまとめたものと言える。著者はのちに、病原体の側から歴史を見直した『疫病と世界史』も書いた。

本の見方は一つで、歴史を動かすのは文明と文明の接触だ、というものである。どの文明も、自分の力だけで育ったのではない。近くの文明から技術や思想や制度を借り、それを自分の形に作り変え、ときには対抗するために変わった。新しいものを最も多く生み出した場所は、多くの文明が出会う交差点だった。
本は世界の歴史を、四つの部に分ける。第I部は、紀元前500年ごろまでの、ユーラシアの大文明の誕生である。最初の舞台は中東になる。農耕の始まりは中東で起き、それが周りへ広がっていった。メソポタミアではウルク。都市というものの始まりのような都市が生まれ、税と神殿の記録を残すために文字が作られた。楔形文字の成立である。同じころ、インダス川の流域にはインダス文明が、黄河の流域には殷の王朝が現れ、エーゲ海にはクノッソスの宮殿が建った。本は、これらの文明が互いに無関係に生まれたのではなく、中東で生まれた農耕や都市の考え方が、さまざまな経路で伝わり、それぞれの土地で別の形に育ったと見る。
技術は文明の境を越えて借りられる。その例として本は、鉄と文字を挙げる。紀元前1000年ごろから鉄が広まると、それまで青銅の武器を持つ一握りの戦士と王が独占していた力が、もっと多くの人の手に渡った。東地中海で生まれた文字がアルファベットの成立へと整えられると、文字は神官と書記の秘密ではなくなり、商人も使えるものになった。第I部の終わり、紀元前500年前後には、中国、インド、中東、ギリシアで、ほぼ同時に大きな思想が現れる。孔子、仏陀、ペルシアやイスラエルの預言者、ギリシアの哲学者たちである。釈迦の悟りは、その一つになる。
第II部は、紀元前500年から紀元1500年までの「諸文明の均衡」になる。中国、インド、中東、地中海の四つの大文明が、互いに接触し、借り合いながら、どれも他を圧倒できない状態が二千年続いた。本はこの時代を、それぞれの文明が自分の形を固めた時代として書く。アケメネス朝ペルシアは、多くの民族を一つの帝国にまとめる形を作った。アレクサンドロスの東方遠征で、ギリシアの文化がインドの入口まで運ばれた。中国では秦の中国統一のあと前漢が続き、西ではローマが地中海をまとめた。紀元前2世紀、漢の武帝が派遣した張騫の旅が、中国と西方をつなぐ道を開いた。インドではグプタ朝のもとで古典の文化が花開いた。
7世紀、四つの文明の真ん中に、五つ目が生まれる。アラビア半島から出たイスラムの大征服は、わずか百年ほどで、スペインから中央アジアまでを一つの信仰と言葉のもとにまとめた。アッバース朝をはじめとするイスラムの王朝は、ギリシアの学問とペルシアの行政とインドの数学を受け継ぎ、それを東西に伝える役目を果たした。本は、紀元1000年ごろの世界で最も豊かで技術の進んだ文明は宋の中国だったと書く。活字、羅針盤、火薬が宋の時代に実用になった。13世紀には、モンゴル帝国が草原からユーラシアの大半をまとめ、東と西がかつてないほど近くなった。その道を通って、黒死病も東から西へ運ばれた。第II部は、15世紀の初めの鄭和の大航海で終わる。中国は艦隊をアフリカの東岸まで送りながら、自分からそれをやめた。
第III部は、1500年から1850年までの「西欧の優勢」になる。本の考えでは、世界の均衡を崩したのは、海に出たヨーロッパだった。コロンブスの到達と、喜望峰を回るインドへの航路によって、ヨーロッパは世界中の海とつながった。それと並んで、ヨーロッパの内側では、『天球の回転について』から『プリンキピア』に至る科学の革命が起きた。18世紀の後半には、イギリスで産業革命が始まり、フランスではフランス革命が、王と身分の古い秩序を壊した。本は、ヨーロッパの成功を、ヨーロッパ人が生まれつき優れていたからとは書かない。辺境にあったヨーロッパが、他の文明から多くを借り、それを自分のものに作り変えることに、たまたま最もうまく成功した側だった、と書く。
第IV部は、1850年から後の「地球規模の世界主義の始まり」である。西欧の力は、アヘン戦争で清を破り、アジアとアフリカの多くを植民地にした。その圧力に、各地の文明は自分なりの仕方で応えた。日本は、その中で借りるのが最もうまかった例として出てくる。明治の日本は、西洋の制度と技術を急いで学び、1889年には大日本帝国憲法の発布に至り、半世紀足らずで列強の一つになった。そのあと世界は、第一次世界大戦、ロシア革命、第二次世界大戦を経て、冷戦と、アジアとアフリカの国々の独立の時代に入る。本の終わりのほうには、アポロ11号の月面着陸の時代、つまり科学と技術が世界を一つにしていく時代が描かれている。

この本の強みは、どの地域も他より重く見すぎずに、全体を一つの流れとして見せたことにある。ただ、「文明」を単位にして世界を区切ること自体が、その後の世界史研究の中で疑われるようになった。文明は、はっきりした境界を持つ別々の単位ではなく、もっと早くから、もっと緩やかに互いにつながった、一つの大きなネットワークの一部だったのではないか、という問いである。著者自身も、『西洋の勃興』の刊行から25年たったころ、自分の本を振り返る文章を書き、文明どうしをあまりに別々の単位として扱いすぎた、もっと早くから人びとの交わりが一つの世界をなしていたと見るべきだった、と認めた。晩年には息子の歴史家との共著で、人と人とのつながりの網の目から世界史を描き直す本も出している。
西欧の優勢という部の立て方にも、のちに批判が出た。1500年以降も、中国やインドやオスマン帝国は長く豊かで強く、ヨーロッパが本当に他を引き離したのは19世紀に入ってからだった、という見方が、とくに『大分岐』などの研究で強くなった。本のこの部分は、そうした研究が出る前の見方として読む必要がある。
この物語は、四つの部がどのできごとを扱っているかを、部の単位で並べたものである。本文は写していない。一冊で人類の全部を扱う本なので、章ごとの細かな対応は付けていない。そういう反省の側の番組も、同じ物語に付けてある。文明は互いに借り合うことで育ってきた、という本の考えは、どこかの国だけが特別だと思いたくなるとき、いまも役に立つ見方である。同じ著者の『疫病と世界史』は物語物語「『疫病と世界史』で読む歴史」として、『大分岐』は物語物語「『大分岐』で読む歴史」として並べてある。
動画(2)
この物語が起きた場所
筋(35)
年代順に並べてあります。役どころが書いてあるものは、なぜこの物語に含まれるかを添えました。
- 農耕の始まりできごと紀元前90世紀第I部。中東で始まり、周りへ広がる麦を蒔き、羊を囲った。栄養は偏り、身長は縮み、病気は増えた。それでも人口は桁違いに増える。肥沃な三日月地帯(位置は特定されていない)
- ウルク。都市というものの始まりできごと紀元前35世紀第I部数万人が城壁の中に住んだ。分業も神殿も官僚も、ここで一度に現れている。ウルク
- 楔形文字の成立できごと紀元前32世紀第I部最初に書かれたのは詩でも法でもなく、麦とビールの帳簿だった。文字は数えるために生まれている。ウルク
- インダス文明できごとBC2600年第I部。四つの大文明の一つ碁盤の目の街路と下水を備えた都市が並んだ。文字は未解読で、王の墓も神殿も見つかっていない。モヘンジョダロ
- クノッソスの宮殿できごと紀元前19世紀第I部城壁を持たない宮殿。海が壁だったと考えられている。文字(線文字A)はいまも読めない。クノッソス
- 殷の成立できごとBC1600年頃第I部。四つの大文明の一つ湯王が夏の桀を倒したと伝わる。考古学で確かめられる中国最古の王朝で、青銅器と甲骨文字と人身供犠を残した。殷墟
- アルファベットの成立できごとBC11世紀頃第I部数百の記号を覚えなければ書けなかったものが、22の子音字で書けるようになった。書くことが書記の専門職から離れる。ギリシア文字もラテン文字もアラビア文字もヘブライ文字も、ここから枝分かれしている。ビブロス
- 鉄が広まるできごとBC12〜BC9世紀第I部。技術は文明の境を越えて借りられる青銅は錫と銅が要り、どちらも遠くから運ぶしかない。鉄鉱石はどこにでもある。武器も農具も、遠距離交易に頼らずに作れるようになった。ヒッタイトが独占していたという通説は、いまは疑われている。ハットゥシャ
- ローマ国紀元前8世紀(伝承ではBC753年) – (続く)第II部ラティウムの一都市から地中海全域を支配する帝国へ。共和政のまま版図を広げ、内戦を経て帝政に移った。
- アケメネス朝ペルシア国BC550年 – BC330年第II部。文明の平衡の一角エジプトからインダスまでを収めた最初の世界帝国。ギリシアへの遠征に失敗し、最後はアレクサンドロスに滅ぼされた。
- 釈迦の悟りできごとBC528年頃(年代に諸説あり)第I部の終わり。BC500年前後に四つの文明で思想が一斉に出た菩提樹の下で苦の原因と、そこから離れる道に到った。年代は南伝と北伝で1世紀近く違う。ブッダガヤ
- アレクサンドロスの東方遠征できごとBC334年第II部。ギリシアとインドが接触した11年でギリシアからインダス川まで到達し、アケメネス朝ペルシアを滅ぼした。
- 秦の中国統一できごとBC221年第II部戦国の争いを制して中国が初めてひとつになった。度量衡・文字・車軌が揃えられる。咸陽
- 前漢国BC202年 – AD9年第II部秦の崩壊後に興り、西域まで版図を広げた。同じころ地中海ではローマが伸びており、絹の道が両者をつないだ。
- 張騫の西域派遣できごとBC138年第II部。文明どうしを結ぶ道が開いた匈奴を挟撃する同盟を探して送られた使者が、中央アジアの情報を持ち帰った。絹の道の始まり。長安
- グプタ朝国AD320年(チャンドラグプタ1世の即位) – AD550年頃第II部サンスクリット文学と数学の古典期。ゼロを含む記数法、カーリダーサの戯曲、アジャンターの壁画がこの時代になる。フン系の侵入で崩れた。
- キリスト教の国教化できごとAD380年第II部テオドシウス帝がニケーア信条を国家の信仰と定めた。他の祭祀は禁じられていく。
- カリフ国(正統・ウマイヤ・アッバース)国AD632年(ムハンマドの死) – (続く)第II部。五つ目の文明ムハンマドの死から一世紀で、イベリアからインダスまで届いた。政体は正統カリフ・ウマイヤ朝・アッバース朝と替わるが、版図としてはひと続きに描いている。
- イスラムの大征服できごと634年第II部。四つの文明の真ん中に五つ目ができた一世紀のうちにイベリアからインダスまで広がった。ササン朝は消え、ビザンツは半分を失う。

- 宋の活字と羅針盤できごとAD1040年頃第II部。1000年ごろの世界の中心は中国だった、と本は書く膠泥活字、羅針盤の航海利用、火薬の兵器化。世界を変える技術がこの時期の中国から出る。開封
- モンゴル帝国の拡大できごと1206年第II部。ユーラシアが一つにつながった史上最大の陸上帝国。ユーラシアが一つの交通圏になり、人も物も疫病も東西を往復する。カラコルム
- モンゴル帝国国AD1206年(クリルタイ) – (続く)第II部1206年にモンゴル高原の諸部が一人の下にまとまり、90年で太平洋から黒海まで届いた。地続きの帝国としては史上最大になる。
- 黒死病できごと1347年第II部ヨーロッパの人口の3分の1が死んだ。働き手が減って農奴の立場が上がり、封建の仕組みが緩む。
- 鄭和の南海遠征できごと1405年第II部の終わり七度の航海で数百隻の船団がアフリカ東岸まで達した。植民も征服もせず、朝貢の関係を結んで帰る。だが事業は打ち切られ、記録の多くも失われた。海は他者に委ねられる。南京
- コロンブスの到達できごとAD1492年10月12日第III部。平衡が崩れる二つの大陸が結ばれた。人・作物・家畜・病原体が行き来し、両側の世界が作り替えられる。サン・サルバドル島(位置は特定されていない)
- 『天球の回転について』できごとAD1543年第III部地球が動くと説いた書が、著者の死の年に世に出た。宇宙の中心から人間が外れはじめる。ニュルンベルク

- 『プリンキピア』できごとAD1687年第III部天体の運行と落ちる林檎を同じ式で説明した。世界が法則で書けると示す。ロンドン

- 産業革命できごと1760年第III部石炭と蒸気で、人と家畜の力に頼らない生産が始まった。人類の暮らしが根本から変わる。マンチェスター

- フランス革命できごと1789年第III部身分制を壊し、国民が主権を持つという考えを現実にした。恐怖政治も同じ革命が生んだ。パリ

- アヘン戦争できごと1840年第IV部。西欧の優勢がアジアに及ぶ清が英国に敗れ、香港を割いた。この敗北の報が、日本に開国の危機感をもたらす。南京

- 大日本帝国憲法の発布できごと1889年2月11日(明治22年2月11日)第IV部。借りるのがうまかった側の例アジアで最初の近代的な成文憲法。天皇が定めて国民に与える形をとり、議会には限られた権限が置かれた。江戸

- 第一次世界大戦できごと1914年第IV部サラエヴォの一発から、同盟の連鎖で世界が巻き込まれた。塹壕と機関銃と毒ガスで1000万人が死ぬ。サラエヴォ

- ロシア革命できごとAD1917年第IV部世界最初の社会主義国家が生まれた。以後70年、世界は二つの体制に分かれる。ペトログラード

- 第二次世界大戦できごと1939年第IV部人類史で最大の戦争。軍民あわせて5000万人以上が死に、世界の枠組みが作り替えられた。ベルリン
- アポロ11号の月面着陸できごとAD1969年7月20日第IV部人類が地球以外の天体に立った。冷戦の競争が、そのまま到達点になった。
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