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Event / できごと

傷の重い順に診る

Larrey's flying ambulances
AD1792年
重要度 4
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このできごとには、まだ自由に使える図版が見つかっていません。 代わりに、このデータベースが持っているAD1792年の版図を描いています(32勢力)

概要

フランス革命軍のライン方面軍に配属された若い軍医ドミニク=ジャン・ラレーは、シュパイアーの戦いのあと、負傷兵が戦場に一昼夜以上置き去りにされ、救護が来る前に死んでいくのを見た。救護の車は戦闘が終わってから、軍の後ろからやって来る。彼は騎馬砲兵の軽い車台を借りて、戦闘のさなかに前線まで入る「飛ぶ救急車」を作った。そして運び込まれた者を、階級の順でも、着いた順でもなく、傷の重さと急ぎの度合いの順に診ると決めた。敵兵も同じ列に並べた。待たせる順番を、身分ではなく容体で決めるという考えが、のちにトリアージと呼ばれる。

場所

シュパイアー
49.32°N 8.44°E · ドイツ

本文

**置き去り**。

(——**十八世紀の軍の救護は、**後ろにあった**。

〈**(1)**野戦の救護所は、**戦線から、何キロも後ろ**に置かれる**。

**(2)**そして、**救護の車は、**戦闘が終わってから、**動き出す**。

**(3)さらに、**重い**。

**〈——荷車に近い。**

**——軍の荷駄の列に、**混ざって、進む**。〉〉**

**——**その間、**負傷兵は、**倒れたところに、いる**。

〈**——**一昼夜**。

**——**ときには、**それ以上**。

**——**出血と、**寒さと、**渇きで、**救護が来る前に、死ぬ**。〉)

**ラレー**。

(——**ドミニク=ジャン・ラレー**(1766〜1842年)。

〈**(1)**ピレネーの麓の、**村の生まれ**。

**(2)**そして、**トゥールーズで、**外科医だった叔父のもとで、学んだ**。

**(3)さらに、**パリへ出て、**海軍の軍医**として、**北米の沖**まで行っている**。〉

**——**1792年、**革命戦争が、始まる**。

〈**——**ライン方面軍**に、配属された**。

**——**ストラスブールへ**。〉)

**シュパイアー**。

(——**1792年、**フランス軍が、**シュパイアーを、取った**。

〈**——**勝った戦い**である**。

**——**それでも、**負傷兵は、**置き去りにされた**。

**〈——後に彼が書いたところでは、**救護が着くまで、**二十四時間、**ときに三十六時間**かかった。〉〉**

**——**彼は、**別のものを、見ていた**。

〈**——**騎馬砲兵**(artillerie volante、「飛ぶ砲兵」)。

**——**軽い車台に砲を載せ、**馬で引いて、**戦場を、素早く、動き回る**。

**——**砲が、**戦闘のさなかに、**前へ出られる**のなら、

**——**救護も、**出られるはずである**。〉)

**飛ぶ救急車**。

(——**車台を、**借りた**。

〈**(1)**砲の車台を、**人を運ぶ形**に、作り替えた**。

**〈——ばねを付けて、**揺れを、抑える**。**

**——横たえた負傷兵を、**出し入れしやすく**する。〉**

**(2)**そして、**車だけではなく、**組**にした**。

**〈——外科医。**

**——助手。**

**——担架の兵。**

**——包帯と、器具を積んだ馬。〉**

**(3)さらに、**前衛のすぐ後ろ**に、付けた**。〉

**——**指揮官の**キュスティーヌ将軍**が、**これを、認めた**。

〈**——**革命の軍は、**徴兵された市民**の軍である**。

**——**兵を、**大事にしている**と、**見せる必要が、あった**。〉

**——**1793年、**ライン方面軍で、使われ始めた**。〉)

**順番**。

(——**運び込んだあと、**誰から、診るか**。

〈**——**それまでの、**当たり前**。

**〈——将校から。**

**——身分の高い者から。**

**——あるいは、**着いた順**に。〉〉**

**——**ラレーは、**別の順を、取った**。

〈**(1)**傷の、重さ**。

**(2)**そして、**手当ての、急ぎの度合い**。

**(3)さらに、**それだけ**。

**〈——階級は、見ない。**

**——味方か敵かも、見ない。**

**——捕虜の負傷兵も、**同じ列**に、並べた。〉〉**

**——**つまり**。

〈**——**待たせる順番**を、**決め直した**。

**——**待っても死なない者**を、**待たせる**。

**——**待てば死ぬ者**を、**先にする**。〉

**——**ただし、**単純な「重い順」ではない**。

〈**——**助からない傷**に、**限られた外科医の手を、**どこまで割くか**。

**——**この問いは、**後の時代まで、**残り続ける**。〉)

**ナポレオンのもとで**。

(——**ラレーは、**ナポレオンの遠征に、**ほとんど、ついていった**。

〈**——**エジプト**(1798〜1801年)。

**〈——砂漠では、**車ではなく、**ラクダ**に、担架を振り分けて載せた。〉**

**——**アウステルリッツ**。

**——**アイラウ**。

**——**ボロディノ**と、**モスクワからの退却**。

**——**そして、**ワーテルロー**。〉

**——**ナポレオンは、**遺言で、**彼に遺贈し、**知るかぎりもっとも徳の高い男**と、書き添えたと、伝わる**。〉)

**名前**。

(——**「トリアージ」**(triage)。

〈**——**フランス語の、**trier**(選り分ける)から**。

**——**もとは、**羊毛や、コーヒー豆**のような、**商品を、等級ごとに、選り分ける**ことにも、使われた語である**。〉

**——**ラレー自身が、**この語で、呼んだわけではない**。

〈**——**仕組みに、**あとから、名が付いた**。〉

**——**その後**。

〈**(1)**クリミア戦争**では、**ロシアの外科医ピロゴフ**が、**負傷兵を、容体ごとに、組分けした**ことで、知られる**。

**(2)**そして、**第一次世界大戦**。

**〈——ベルギーの外科医**アントワーヌ・ドパージュ**が、**段階ごとに、後方へ送る**仕組みを、整えた。〉**

**(3)さらに、**戦場から、**街へ**。

**〈——1983年、**カリフォルニアのニューポートビーチ**で、**多数の負傷者が出たときに、**救急隊が、**一人に一分とかけずに、**色分けする手順**(START)が、作られた。〉〉**

**——**いま、**病院の救急外来**で、**着いた順に呼ばれない**のは、**これである**。)

**残ること**。

(——**列は、**ふつう、**着いた順**である**。

〈**——**[[paris-bread-queue]]**のように、**それが、**公平**と、感じられる**。〉

**——**だが、**救護の列**では、**着いた順が、**人を、殺す**。

〈**——**だから、**順番を、**別の物差しで、決める**。

**——**そして、**その物差しを、**身分から、容体へ**、**取り替えた**。〉

**——**待たされる側から、**見れば**。

〈**——**後から来た者に、**抜かれる**。

**——**それを、**受け入れさせる**のは、**「あちらのほうが、重い」**という、**誰の目にも分かる理由**である**。

**——**理由の見えない追い越しは、**どの列でも、**怒りを、生む**。〉)

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