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Event / できごと

ファビウスの持久戦

Fabian strategy
BC217年
重要度 3

概要

トラシメヌスのあと、独裁官ファビウスはハンニバルと戦わず、影のように追って、補給を断った。「クンクタトル(ぐずぐず屋)」と罵られ、任期が終わるとローマは会戦に出て、カンナエで負けた。あとで「ぐずぐず」が国を救ったと言われる。

場所

ローマ
41.89°N 12.49°E · イタリア・ラツィオ州

関わった人(1)

ファビウス・マクシムスBC280年頃–BC203年 · 独裁官

本文

BC217年6月、 トラシメヌス。 執政官フラミニウスと1万5000が死んだ。 ローマ。 「独裁官を」。 クィントゥス・ファビウス・マクシムス。 58歳。 「ウェッルコスス」。 唇のいぼ。 子供の頃、 「羊」と呼ばれた。 のろいから。

ハンニバルと、 戦わない。 丘の上を、 ついて歩く。 補給を、 断つ。 落伍兵を、 殺す。 ハンニバルは、 「あの雲は、 いつか雨になる」。 ローマ兵は、 「ハンニバルの、 従者」と自嘲した。 アプリア、 サムニウム、 カンパニア。 ハンニバルは、 ファビウスの土地だけ、 焼かなかった。 「ファビウスは、 ハンニバルと、 通じている」と、 思わせるために。 ファビウスは、 その土地を売って、 捕虜の身代金にした。

騎兵長官ミヌキウス。 「臆病者」。 「クンクタトル」。 ぐずぐず屋。 民会は、 ミヌキウスに、 独裁官と同じ権限を与えた。 前例がない。 ミヌキウスは、 ハンニバルの罠に、 自分から入った。 ファビウスが、 救った。 ミヌキウスは、 ファビウスの陣に来て、 「父」と呼んだ。

6か月。 任期が終わった。 BC216年、 執政官ウァッロとパウルス。 「戦う」。 8万。 カンナエ。 ファビウスは、 生き残った者を集めて、 ローマの城壁を守り、 「同盟都市に、 使者を送れ」。 「戦わない」。 ハンニバルは、 ローマの城壁に来なかった。 「戦うことを、 ローマが、 やめた」。 それで、 ハンニバルは、 イタリアで、 15年、 勝ち続けて、 負けた。

エンニウス。 「ウヌス・ホモ・ノビス・クンクタンド・レスティトゥイト・レム」。 一人の男が、 ぐずぐずすることで、 我々の国を、 回復した。 「クンクタトル」は、 誇りの名になった。 1884年、 ロンドン。 「フェビアン協会」。 「ファビウスのように、 待つ。 そして、 時が来たら、 打つ」。 社会主義。 バーナード・ショー、 ウェッブ夫妻。 労働党。 「漸進」。 「フェビアン戦略」。 ワシントンが、 イギリス軍に対して。 ロシアが、 ナポレオンに対して。 「戦わずに、 勝つ」。 孫子と、 同じ頃の言葉ではない。 だが、 同じこと。

同じ時代のできごと

『ラーマーヤナ』の成立BC5世紀からAD2世紀にかけて『韓非子』BC233年頃荊軻の秦王暗殺未遂BC227年度量衡と文字の統一BC221年秦の中国統一BC221年サグントゥム攻囲BC219年第二次ポエニ戦争BC218年トレビアの戦いBC218年12月