屋島の戦い

概要
讃岐の屋島に本陣を置いた平家を、義経が嵐の中を船で渡って背後から襲った。平家は海へ。那須与一が扇の的を射た。義経が弓を落として拾った「弓流し」。1か月後、壇ノ浦。
場所
34.36°N 134.10°E · 香川県高松市
関わった人(1)
源義経AD1159年–AD1189年6月15日(文治5年閏4月30日) · 嵐の中を渡った本文
1184年2月、一ノ谷の戦いで敗れた平家は(一ノ谷の戦い)、海へ逃れた。幼い安徳天皇を奉じ、四国の讃岐の屋島に本拠を置いた。屋島は、いまの香川県高松市の東にある、頂の平らな島である。当時は本土との間に狭い海があり、平家は海に浮かぶ船団と、瀬戸内海の水軍の力で、西国の海を押さえていた。長門の彦島にも拠点を持っていた。
鎌倉の源頼朝は、弟の範頼に大軍を預けて、山陽道を西へ進ませた。だが、平家に海を押さえられたままでは、兵糧の補給がままならない。範頼の軍は、食料と船の不足に苦しみ、なかなか進めなかった。1185年の正月、範頼の軍はようやく九州へ渡ったが、屋島の平家は手つかずのままだった。

そこで、京にいたもう一人の弟、源義経が動いた。2月、義経は摂津の渡辺の津に兵と船を集めた。『平家物語』は、このとき、軍監として加わっていた梶原景時と義経のあいだで起きた口論を伝えている。景時は、船の舳先にも櫓をつけ、いざというときに後ろへも進めるようにしようと言った。義経は、はじめから逃げる用意をして勝てる戦があるかと退けた。逆櫓の論争と呼ばれるこの争いが、のちに景時が頼朝に義経を讒言する種になった、と物語は語る。
出発の日、海は激しい嵐だった。船頭たちは出航を拒んだが、義経は、この風なら敵も油断している、追い風で一気に渡れると言って、従わない者は射殺すとまで脅して船を出させた。従ったのは5艘、150騎ほどだったという。ふつうなら3日かかる海を、船はわずか数時間で渡り、明け方、阿波の勝浦に着いた。『平家物語』と鎌倉幕府の歴史書『吾妻鏡』とで日付や時間は少しずつ違うが、嵐の夜の渡海は、どちらにも記されている。

上陸した義経は、地元の豪族を味方につけ、屋島の平家の兵の多くが伊予へ出払っていることを聞き出した。軍は夜通し山を越えて讃岐に入り、屋島の対岸に迫った。そして、浅瀬を馬で渡って攻めかかるとともに、ふもとの民家に火を放った。立ち上る煙を見た平家は、源氏の大軍が来たと思いこみ、天皇を連れて海の船へ逃げた。実際の源氏の兵は、わずかだった。
戦いは、海と陸に分かれて続いた。平家の猛将平教経は、船から義経を狙って矢を放った。義経の家来の佐藤継信が、主君の前に立ちはだかって矢を受け、命を落とした。義経は深く悲しみ、継信を手厚く弔わせたという。

戦いの合間に、平家物語で最も名高い場面の一つが生まれる。日が暮れかかったころ、平家の陣から一艘の小舟が漕ぎ出してきた。舟には美しく装った女房が乗り、竿の先に、日の丸を描いた紅の扇を立てて手招きした。射てみよ、という挑戦である。義経は、下野の武士那須与一に射させた。与一はまだ20歳ほどだったという。北風が強く、波に揺れる舟の上で、扇は竿の先でひらひらと定まらない。与一は目を閉じ、八幡大菩薩に祈った。射損じたら、弓を折り、自害する覚悟だった。目を開けると、風が少し弱まっていた。放たれた鏑矢は、扇の要のすぐそばを射切り、扇は夕日に輝きながら空に舞って、海に落ちた。平家は船ばたを叩いて感嘆し、源氏は箙を叩いてどよめいた。
物語は、そのあとに続く場面も書きとめている。感に堪えず船の上で舞いはじめた平家の年配の武者を、義経の命令で、与一は射倒した。称えた平家の側は静まりかえった、と物語は語る。また、義経が乱戦の中で弓を海に落とし、危険をかえりみずに拾い上げた話もある。家来がとがめると、義経は、自分の弱い弓が敵の手に渡り、源氏の大将の弓はこの程度かと笑われるのが嫌だったのだと答えたという。「弓流し」と呼ばれる場面である。
翌日以降も、平家は志度の浦で反撃を試みたが、敗れて屋島を捨て、西の彦島へ去った。ようやく梶原景時の率いる本隊が到着したのは、戦いが終わった後だった。屋島の勝利を見て、紀伊の熊野水軍や伊予の河野氏など、瀬戸内の水軍が次々に源氏に味方した。海の力の釣り合いが崩れたのである。それからひと月あまりのちの3月24日、源氏の船団は長門の壇ノ浦で平家を滅ぼした(壇ノ浦の戦い)。

屋島の戦いは、平家を海へ追い出しはしたが、滅ぼしてはいない。『吾妻鏡』の記述も、物語に比べればあっさりしたものである。それでも、嵐の渡海、扇の的、弓流しの場面は、『平家物語』を語る琵琶法師の声を通じて(『平家物語』と琵琶法師)、何百年も語り継がれてきた。屋島はいまでは江戸時代以降の干拓で陸続きになっているが、ふもとには、与一が馬を立てたという駒立岩や、継信の墓など、物語にちなむ場所が残っている。