『大分岐』で読む歴史

概要
1800年まで、長江下流とイングランドは同じくらい豊かだった。分かれたのは石炭と植民地のせいだ、という本。
この物語について
ヨーロッパは、いつから世界の他の地域より豊かになったのか。そして、それはなぜだったのか。長いあいだ、答えは決まっているように見えた。ヨーロッパは何百年も前から、科学や市場や財産の制度で先を行っていて、産業革命はその当然の結果だった、と。『大分岐』(ケネス・ポメランツ、2000年、日本語版2015年)は、この前提を疑うところから始まる。
著者はアメリカの歴史家で、中国の近世の経済と社会を研究してきた。本の方法は、比べる単位を変えることにある。ヨーロッパ全体と中国全体を比べるのではなく、それぞれの最も進んだ地域どうし、つまりイングランドと、長江の下流域(江南)を比べる。どちらも人口が多く、商業が盛んで、農業の生産性が高く、手工業が発達した地域だった。
18世紀の半ばまでの両者を、本は一つずつ並べていく。人の寿命、一人あたりの食べ物や砂糖や布の消費、土地と労働の市場がどれだけ自由に動いていたか、農業と手工業の技術。そのどれを取っても、イングランドがはっきり上だとは言えない、と本は言う。清の康熙帝から乾隆帝の時代、とくに乾隆帝の治世の中国は、人口が大きく増え、国内の市場は広く、宮廷の財政も豊かだった。ヨーロッパの側でアダム・スミスは、中国は長く豊かだが止まっている、と書いた。本が疑うのは、そうしたヨーロッパの側からの見方である。

本は、両方の地域が18世紀に同じ壁に突き当たっていたと見る。人が増え、暮らしが豊かになるにつれて、土地が足りなくなる。食べ物を作る畑、衣服の繊維を作る畑、家を建て火を焚くための森。そのすべてが、限られた土地を取り合う。江南では森が減り、燃料と肥料が足りなくなり、人びとはより多くの労働を少しずつの土地に注ぎこむことで乗り切ろうとしていた。イングランドも、木材の不足に悩まされていた。
江南の農家では、男が田を耕し、女が家で綿を紡ぎ、布を織って市場に売った。18世紀の中国の人口は、およそ1億数千万から3億前後へと大きく増えたとされ、増えた人の手を養うために、一つの家族がより長く、より細かく働くようになっていった。本はこうした働き方を、遅れのしるしではなく、土地の限られた社会がとりうる合理的な道として描く。同じような労働の積み増しは、同じころのヨーロッパの農村でも起きていた。違いは、その先に、労働の代わりに大量の燃料を使う道が開けたかどうかにあった。

分かれたのは19世紀になる。本は、イングランドがこの壁を越えられた理由を二つ挙げる。一つは石炭である。イングランドの炭田は、たまたま人口と工業の中心のすぐ近くにあった。炭鉱に水がたまると、それを汲み出すための機械が要る。1712年のニューコメンの蒸気機関は、まさにその用途で生まれ、燃料の石炭は足もとにいくらでもあった。それを改良したジェームズ・ワットの機関が、やがて工場と鉄道を動かす。江南の側では、主な炭田は遠い北西の内陸にあり、運ぶ手段も、それを使う需要も、近くには無かった。
もう一つは、アメリカ大陸である。ヨーロッパは新大陸を手に入れたことで、自分の土地では賄いきれないものを、海の向こうの土地に作らせることができた。カリブ海の砂糖は、カロリーを安く運んでくる。アメリカ南部の綿花は、羊を飼うために要ったはずの膨大な牧草地の代わりになる。北アメリカの森の材木もあった。その土地で働かされたのは、大西洋奴隷貿易でアフリカから連れてこられた人びとだった。本は、こうして海外から得た作物を、もしイングランドの中で作ったらどれだけの土地が要ったかを見積もり、それを国内には存在しない、目に見えない耕地として数えた。

新大陸の銀も、別の形でこの話に入る。ポトシ銀山の開発で掘り出された銀は、ヨーロッパを経由して、あるいは太平洋を渡って、最後は中国へ流れこんだ。税を銀で納めるようになっていた明と清の中国が、世界で最も銀を欲しがっていたからである。ヨーロッパの商人は、中国の茶や絹や陶磁器を、アメリカの銀で買っていた。
こうして、石炭とアメリカ大陸という二つの「棚ぼた」を得たイングランドで産業革命が起き、江南はそれを得られずに土地の壁の内側に留まった。つまり分岐は、ヨーロッパの文化や制度が優れていた結果ではなく、地理と偶然、そして植民地と奴隷制という強制の産物だった、と本は言う。本はこの比較の途中でオランダも取り上げる。17世紀のオランダの黄金時代には、オランダは泥炭を燃やして工業を動かし、海運と金融で栄えたが、泥炭には限りがあり、イングランドのような飛躍にはつながらなかった。燃料と土地の制約は、ヨーロッパの中でも決定的だった、という補強になる。

本の見方は、清朝の中国の描き方も変える。1793年、イギリスからマカートニー使節団が北京に来て、貿易の拡大を求めた。使節は皇帝の前で額を地につける礼をするかどうかでも清の宮廷と揉め、交渉は実らなかった。乾隆帝は、わが国には何でもあり、外国の品を必要としない、という意味の返書を与えた。この場面は長いあいだ、外の世界を知らない中華帝国の傲慢の例として語られてきた。本はこれを、その時点では必ずしも事実に反しない言い分として読み直し、両国の経済を比べる材料に使う。その半世紀後、アヘン戦争で清がイギリスに敗れたとき、分岐はもう取り返しのつかないところまで開いていた。
本は大きな反響と、それに見合う反論を呼んだ。本と近い立場で中国やアジアの側から世界経済を見直そうとした歴史家たちは、しばしば「カリフォルニア学派」とまとめて呼ばれる。これに対して、多くの経済史家は数字で反論した。賃金と物価の記録から実質賃金を比べる研究は、江南の労働者の暮らしが、18世紀にはすでにイングランドやオランダより低く、分岐は1800年よりずっと前から始まっていたと示した。経済史家ジョエル・モキイアは、分岐の根っこを、知識を公開し、実験で確かめ、それを技術に応用するという、啓蒙の時代のヨーロッパに特有の「知の文化」に求めた。石炭はほかの場所にもあったのに、それを使う技術が生まれたのはイングランドだけだった、という反論である。本の数字の見積もりそのものも、細部では多くの修正を受けている。
それでも、この本が変えたことは大きい。ヨーロッパが最初から特別だったと前提にせず、何と何をどの単位で比べるかを問い直すという方法は、その後の世界史の書き方に広く入りこんだ。分岐がいつ始まったかという問いは、今では経済史の最も熱い論争の一つになっている。
この物語は、本が比べたできごとと国を、このデータベースの側から並べ直したものである。本文は写していない。制度に理由を求める『国家はなぜ衰退するのか』、1万年前の地理に理由を求める『銃・病原菌・鉄』に対して、この本は18世紀の地理と偶然に理由を求める。同じ産業革命が、三冊で三通りに説明されている。二冊は物語物語「『国家はなぜ衰退するのか』で読む歴史」と物語「『銃・病原菌・鉄』で読む歴史」として並べてあり、反論の側の講義もこの物語に付けてある。いま世界の経済の重心がふたたびアジアへ戻りつつあるなかで、二百年前の分岐を一時の出来事と見るか、長く続く構造と見るかは、私たちが今の世界をどう理解するかにも関わっている。
動画(3)
この物語が起きた場所
筋(16)
年代順に並べてあります。役どころが書いてあるものは、なぜこの物語に含まれるかを添えました。
- 大西洋奴隷貿易できごと1526年第6章。土地の制約を海の向こうに出した1200万人以上がアフリカから大西洋を越えて運ばれた。三つの大陸の人口と社会が、この一つの流れで作り替えられる。ベニンシティ

- ポトシ銀山の開発できごとAD1545年第6章。銀は中国へ流れた南米の銀がヨーロッパを経て中国へ流れた。世界で最初の、地球を回るお金の流れ。ポトシ
- ネーデルラント連邦共和国国AD1581年(廃位布告) – AD1795年(フランス軍の侵入による崩壊)第4章王を戴かない共和国が、80年戦ってスペインから独立した。人口200万の国が、17世紀の世界の海運の半分を握る。株式会社と証券取引所と中央銀行が、ここでほぼ同時に生まれた。
- オランダの黄金時代できごと1600年第4章株式会社と証券取引所が生まれ、小国が世界の海運を握った。レンブラントもこの時代の人。アムステルダム

- 大英帝国国AD1607年(ヴァージニアの入植) – AD1997年(香港の返還)分岐の側会社の商館から始まり、七年戦争でフランスを退け、19世紀に世界の陸地の4分の1を占めた。二つの大戦で疲れ、20年ほどでほとんどを手放す。
- 清国AD1644年(北京入城) – AD1912年(宣統帝の退位)第1章。1800年の長江下流は、イングランドと同じくらい豊かだった満洲から入って中国を治め、モンゴル・新疆・チベットを加えた。いまの中国の版図の形はここで決まる。
- 康熙帝人物AD1654年 – AD1722年本が比べる18世紀の清の、前半の皇帝61年在位し、清の版図と繁栄を固めた。同じ頃ヨーロッパでは絶対王政が全盛を迎える。
- 乾隆帝人物AD1711年9月25日 – AD1799年2月7日清の版図を最大にした。祖父を超えないよう60年で自ら退位する。その先に西洋との摩擦が待っていた。
- ニューコメンの蒸気機関できごとAD1712年第5章。石炭が工業地帯の隣にあった炭鉱の水を汲み上げるための機械だった。燃料を食いすぎて炭鉱の脇でしか使えない。それでも、石炭で動く最初の実用の動力になる。ダドリー
- アダム・スミス人物AD1723年(6月5日洗礼) – AD1790年7月17日本が疑う前提を書いた人グラスゴーの道徳哲学の教授。人が自分の利益を追うことが、意図せず社会の富を増やすと論じた。「見えざる手」は本の中で一度しか出てこない。
- 乾隆帝の治世できごと1735年第1章清の版図が最大になった。祖父の在位年数を超えないよう60年で退位する。この先に西洋との摩擦が待っている。北京
- ジェームズ・ワット人物AD1736年 – AD1819年蒸気機関を実用の動力に変えた。人と家畜の力に頼らない生産が始まる。
- 産業革命できごと1760年第6章。分岐そのもの石炭と蒸気で、人と家畜の力に頼らない生産が始まった。人類の暮らしが根本から変わる。マンチェスター

- ワットの蒸気機関できごとAD1769年復水器を分けて燃料を大幅に減らした。既にあった蒸気機関が、ここで工場に置ける道具になる。ロンドン
- マカートニー使節団できごとAD1793年9月第1章。傲慢の例ではなく、比較の材料として読み直すイギリスが通商を求めて送った使節を、乾隆帝は熱河の離宮で会い、「天朝は何も欠いていない」と退けた。傲慢の例として語られてきたが、当時の清はまだ世界最大の経済だった。熱河(承徳)

- アヘン戦争できごと1840年分岐のあと清が英国に敗れ、香港を割いた。この敗北の報が、日本に開国の危機感をもたらす。南京

重なっているストーリー
同じできごとや人物を含む物語です。何件を共有しているかを添えました。
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