概要
1817年、ドイツのドライスが足で地面を蹴って進む二輪の乗り物を作り、のちに前輪にペダルがつき、速さを求めて前輪が巨大になった。だが高い座席の自転車は転ぶと危なかった。1885年、イギリスのコヴェントリーのジョン・ケンプ・スターレーは、前後同じ大きさの車輪をつけ、ペダルの力を鎖で後輪に伝える「ローヴァー」を売り出した。3年後には空気を入れたゴムのタイヤも現れた。誰でも安全に乗れる自転車は、1890年代に欧米で大流行し、とくに女性に、付き添いなしで自由に出歩く手段を与えた。
場所
52.41°N -1.52°E · イギリス・イングランド
本文
1817年、ドイツのマンハイムで、森林の役人カール・ドライスは、木の枠に前後二つの車輪をつけ、座って足で地面を蹴って進む乗り物を作った。前年にインドネシアのタンボラ火山が噴火して世界の天候が狂い、馬の餌が不足していたことが、馬に代わる乗り物を考えるきっかけだったともいわれる。この「ドライジーネ」は一時流行したが、歩道を走って危ないとして禁じる町もあった。
1860年代、フランスで、前輪に直接ペダルをつけた自転車が作られた。ペダルを一回こぐと前輪が一回まわるので、速く走るには前輪を大きくするしかなかった。1870年代には、前輪の直径が1.5メートルにもなる「オーディナリー」、日本で俗に言うだるま自転車が流行した。高い座席に乗るのは、身軽な若い男の度胸試しのようなもので、つまずけば頭から投げ出された。
1885年、イギリスの自転車の町コヴェントリーで、ジョン・ケンプ・スターレーは「ローヴァー安全型自転車」を売り出した。前後の車輪をほぼ同じ大きさにし、ペダルの力を鎖で後輪に伝える。歯車の比を変えれば、小さな車輪でも速く走れる。座席は低く、足が地面に届いた。1888年には、スコットランドの獣医ジョン・ボイド・ダンロップが、息子の三輪車のために、空気を入れたゴムのタイヤを考案し、乗り心地は大きく良くなった。自転車の基本の形は、このときにほぼ出来上がり、いまも変わっていない。
1890年代、欧米で自転車の大流行が起きた。工場で量産された自転車は、労働者にも手が届くようになり、人々は休日に郊外へ走り出した。とりわけ大きく変わったのは、女性の暮らしだった。女性たちは、付き添いなしに自分の力で遠くへ出かけられるようになり、自転車に乗るために、長いスカートとコルセットを脱ぎ、ゆったりしたブルーマーをはいた。アメリカの女性参政権の運動家スーザン・B・アンソニーは、自転車は世界のほかの何よりも女性を解放したと語った。
自転車の工場と修理店からは、次の時代の乗り物も生まれた。自転車の店を営んでいたライト兄弟は、その技術で飛行機を作った(ライト兄弟)。自転車のために道路の舗装を求める運動は、自動車の時代の道を準備した。日本でも、明治の末から自転車が広まり、戦後は、通勤や買い物、配達の足として、暮らしに欠かせない乗り物になった。