できごと

ブルーピーコック計画(核地雷)

Blue Peacock
1954年 – 1958年
期間を持つできごと重要度 2
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このできごとには、まだ自由に使える図版が見つかっていません。 代わりに、このデータベースが持っている1954年の版図を描いています(38勢力)。

概要

ソ連軍の侵攻に備え、西ドイツに核地雷を埋めようとした英国の計画。保温に生きた鶏を使う案まで検討された。

場所

ホールステッド砦
51.31°N 0.15°E · イギリス・ケント州セブンオークス

本文

第二次世界大戦が終わると、ヨーロッパは東西に分かれた。1949年にはNATOの結成によって西側の同盟ができ、1955年にはソ連の側にワルシャワ条約機構が生まれる。西側が恐れたのは、数で勝るソ連の地上軍が北ドイツの平原を一気に西へ押し寄せてくることだった。ふつうの兵力で止めるのが難しいなら、核兵器で止めるしかない。そう考えたイギリスが1950年代に進めたのが、「ブルーピーコック(青い孔雀)」という暗号名の計画である。最初は「ブラウン・バニー」、次に「ブルー・バニー」と呼ばれていた。イギリスは1952年にオーストラリア沖で初の核実験を行い、アメリカ、ソ連に次ぐ三番目の核保有国になったばかりだった。手に入れた核をどう使うかを、陸軍も模索していた。財政の苦しいイギリスは、高くつく大兵力を減らして核に頼る防衛へと傾いており、1957年の国防白書でその方針をはっきり打ち出すことになる。

ブルーピーコックは、地中に埋めておく核地雷だった。威力は約10キロトンで、広島に落とされた原爆(広島・長崎への原爆投下)に近い。ソ連軍が攻めてきたら、ライン川流域から北ドイツにかけて埋めた地雷を爆発させ、大きな穴と広い放射能汚染で、敵が長いあいだ土地を使えないようにする狙いだった。数で劣る守り手が、敵の進む道そのものを使えなくして時間を稼ぐ、という考え方である。起爆は、約5キロ離れた場所からの有線の遠隔操作か、8日間の時限装置で行う。持ち去られないよう、動かされたり、ケースの気圧が下がったり、水が入ったりすると10秒で爆発する仕掛けも付いていた。

広島・長崎への原爆投下に関わる図版:Atomic bombing of Japan
広島・長崎への原爆投下Wikimedia Commons George R. Caron / Charles Levy · Public domain

開発はケント州のホールステッド砦にあった軍の兵器研究所で、1954年に始まった。設計は英国初の実戦用の原爆「ブルー・ダニューブ」を元にしており、プルトニウムの芯を高性能爆薬で囲み、それを巨大な鋼の球形のケースに収めた。重さは7トンを超えた。あまりに大きいので、試験はセブンオークス近くの水没した砂利採掘場の屋外で行われた。

困ったのは寒さだった。地中に埋めた爆弾は、冬にはひどく冷える。数日たつと電子部品が働かなくなり、いざというときに起爆しないおそれがあった。断熱材で包む方法などが検討されたが、そこで出てきたのが、生きた鶏をケースの中に入れておくという案である。餌と水を与えておけば鶏は1週間ほど生き、その体温で部品を動く温度に保てる、という理屈だった。計画が実際にこの方法を採用したかどうかは分かっていないが、少なくとも真面目な検討の記録に残った。

1957年7月、イギリス陸軍は西ドイツに配備するため10発を発注した。表向きの名目は「野戦部隊用の原子力発電装置」だった。しかし1958年2月、国防省は計画を取りやめた。放射性降下物の危険に加え、同盟国の土地に核兵器を埋め、いざとなればその国土を自ら破壊し汚染する準備をしておくことの政治的な危うさが、あまりに大きいと判断されたためである。

関係する文書は長く機密とされたが、2004年4月1日に英国の国立公文書館で公開された。鶏で温める核爆弾という話は、公開日が日付だけにエイプリルフールの冗談だと受け止められ、公文書館の担当者は「冗談のように見えるが、決してそうではない。官庁は冗談を言わない」と答えたと報じられた。核装置を取り除いた試作品が一つだけ残り、英国の核兵器機関の歴史展示に収められている。以来、鶏で温める核爆弾は、冷戦期の奇妙な兵器計画の例としてたびたび引き合いに出されるようになった。

ブルーピーコックは実戦で使われることはなかった。しかし、核で国境を守るという発想が、どこまで突き詰められていたかをよく示している。のちにアメリカは、持ち運べる小型の核爆破資材を西ドイツに配備している。冷戦のヨーロッパで、東西の境目は文字どおり核の上に引かれていた。

動画(1)

常識なんて無視!世界の珍兵器3選【古代の超兵器・にわとり核爆弾・虫と動物武器】歴史ネタ解説非株式会社いつかやる三選の一つとして、鶏で温める英国の核地雷を語る

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