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Event / できごと

アルビジョア十字軍

Albigensian Crusade
AD1209年7月22日
重要度 5

概要

南フランスのカタリ派に対して、教皇が十字軍を呼んだ。ベジエ。「全員殺せ。神が自分の者を選り分ける」。2万人。北の騎士が南の土地を取った。20年。トゥールーズは王のものになり、オック語の文化は終わり、異端審問が制度になった。

場所

ベジエ
43.34°N 3.22°E · フランス

本文

カタリ派。「清い者」。 「二つの神。善と悪。物質は悪。肉を食べない。結婚しない。完徳者と信者。コンソラメントゥム」。 ラングドック。トゥールーズ伯レーモン6世。 「異端」。 1208年1月、教皇使節ピエール・ド・カステルノーが殺された。 インノケンティウス3世。「十字軍。40日で赦免。土地は取ってよい」。 北フランス。 1209年7月22日、ベジエ。 「カトリックと異端をどう見分けるか」。 アルノー・アモリー。シトー会総長。「全員殺せ。神が御自身の者を選り分ける」。「Caedite eos. Novit enim Dominus qui sunt eius」。 ハイステルバッハのカエサリウスが書いた。本当に言ったかどうか。 「2万人」。アモリーが教皇に。 カルカソンヌ。8月。 シモン・ド・モンフォール。「ベジエとカルカソンヌの主」。 ミネルヴ。140人を焼いた。 ラヴォール。400人。 ブラム。100人の目を潰し、鼻を削いで、一人だけ片目を残して、道案内に。 1213年、ミュレ。アラゴン王ペドロ2世が来た。死んだ。 1215年、ラテラノ公会議。「トゥールーズはシモンに」。 1218年、トゥールーズ。石が頭に。シモンが死んだ。 「石は女が投げた」。 息子アモーリー。 1226年、ルイ8世。 1229年、パリ条約。レーモン7世。娘をルイ9世の弟に。トゥールーズは王のものに。 1229年、トゥールーズ公会議。「異端審問」。 1233年、グレゴリウス9世。ドミニコ会に。 1244年、モンセギュール。「山の砦」。1年。3月16日、200人が降りて、火に。 1321年、最後の完徳者ギヨーム・ベリバストが焼かれた。 1320年、モンタイユー。パミエの司教ジャック・フルニエ。取り調べの記録。 1975年、ル・ロワ・ラデュリ。 オック語。トルバドゥール。 「南は北に併合された」。 「フランス」が、その後の「フランス」に。 「異端審問は、この十字軍の後始末」。 「カタリ派の墓は、モンセギュール」。 「オクシタニア」。 いま、南フランスの土産物は、カタリ派の十字。

同じ時代のできごと

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