物語

『反穀物の人類史』で読む歴史

出てくるできごと BC400000ごろ – AD1600
できごと 10国 1
この物語に出てくる図版:Font-de-Gaume
この物語に出てくる火の使用から。Font-de-Gaume Wikimedia Commons Charles Robert Knight · Public domain

概要

人が穀物を育てたのではなく、穀物と国家が人を囲い込んだ。最初の国家は、なぜ壁の内側に人を閉じ込めたのか。

この物語について

人が穀物を育てたのか、それとも穀物と国家が人を囲い込んだのか。最初の国家は、なぜ壁の内側に人を閉じ込めたのか。

『反穀物の人類史』(ジェームズ・C・スコット、2017年、日本語版2019年)は、文明の始まりを、国家の側からではなく、そこから逃げた人の側から見る。著者はイェール大学の政治学者で、東南アジアの農民の研究から出発した。国家が人と土地を数え、見通せる形に作り替えようとする話を1998年の著書に、国家から逃れて山地に住んだ人びとの話を『ゾミア』(2009年)に書いてきた。この本は、その問いを五千年さかのぼらせたものになる。

始まりは火である。火の使用によって、人は食べ物を調理し、野を焼いて獲物の集まる草地を作った。人が環境を作り替えたのは、農耕よりずっと前からだった。そして、栽培は国家の始まりではない。農耕の始まりから、最初の国家ができるまで、4000年ほどの隙間がある。人は農耕を知ったうえで、長いあいだそれだけに頼らなかった。ギョベクリ・テペの巨大な石の柱は、農耕が広まる前の人びとが立てたものとされ、大きな集まりと儀礼が畑より先にあったことを示している。

南メソポタミアは、のちの乾いた土地とは違い、湿地だった。魚と水鳥と葦と根菜があり、季節ごとに違うものが採れる。何かが不作でも、別のもので食べられる。いくつもの食べ物を少しずつ取る暮らしは、一つの穀物に賭ける農耕より、ずっと危険が少なかった。人がわざわざ畑仕事だけの暮らしを選ぶ理由は、あまり無かった、というのが本の見立てになる。実際、初期の農耕民の骨を調べると、狩猟採集民より背が低く、歯が悪く、栄養の偏りと感染症の跡が多いことが知られている。それでも定住した人の数は増えた。子どもを多く産めるようになったからで、暮らしが楽になったからではない。本は、人が麦を飼いならしたのと同じくらい、麦と畑の暮らしが人を飼いならしたのだと言う。

本はもう一つ、気候の変化を挙げる。前4千年紀の後半から、メソポタミアはしだいに乾いていった。湿地が縮むと、人は川と運河のそばに集まるしかなくなる。逃げ場が少なくなったところに、最初の国家が立ち上がった、という順序になる。

では、なぜ国家は穀物の上に立ったのか。麦も米も、地上で一斉に実り、量が測れて、貯めて運べる。徴税人は畑を見て、収穫の時期に来て、取り分を量ればよい。芋は地面の下にあって、いつでも掘れる。数えられないものには税をかけられない。国家が穀物を選んだのではなく、穀物が国家を可能にした、という筋になる。

前4千年紀の後半、ウルク。都市というものの始まりが生まれる。人口が数万に達したとされるこの都市を、のちに厚い城壁が囲んだ。壁は外の敵を防ぐと同時に、内側の人と穀物を出さないためのものでもあった、と本は言う。楔形文字の成立の最も古い粘土板に記されているのは、詩でも神話でもなく、大麦の量、労働者の数、配給、奴隷と家畜だった。国家が最初に書いたのは、穀物と人の帳簿だった。前3千年紀の終わりのウル第三王朝の粘土板には、何千人もの女性の織り手への配給が記されている。その中には、戦争で連れてこられた人びとも含まれていたと考えられている。文学が粘土板に現れるのは、何百年もあとになる。

原題の「アゲインスト・ザ・グレイン」は、木目に逆らって、という意味の慣用句で、穀物(グレイン)に逆らう、という掛け言葉になっている。国家は人を必要とした。畑を耕し、運河を掘り、兵になる人である。戦争で捕らえた人を働かせ、逃げた者を連れ戻す決まりを作った。前18世紀のハンムラビ法典には、逃げた奴隷を町の門から出す手助けをした者や、かくまった者を死罪とする条文がある。逃げる人がいなければ、こういう条文は要らない。のちの古代ギリシアでも、アテナイの住民のかなりの部分は奴隷で、スパルタは自分たちより数の多い隷属民の上に立っていた。推定の数には幅があるが、古代の国家の多くが、自由でない人の働きの上に築かれていたことは確かである。

ハンムラビ法典に関わる図版:P1050763 Louvre code Hammurabi face rwk
ハンムラビ法典Wikimedia Commons Mbzt · CC BY 3.0

人と家畜が密集すると、病が生まれる。はしか、天然痘、インフルエンザのような病の多くは、家畜から人へ移ったと考えられている。初期の国家はしばしば疫病で崩れた。ずっと後の時代になるが、3世紀のローマを襲ったキプリアヌスの疫病のように、密集した帝国ほど病は速く広がる。不作、疫病、重税、戦争。初期の国家は脆く、何度も崩れ、そのたびに人は散った。それを「暗黒時代」と呼ぶのは、記録を残す側の見方にすぎない、と本は言う。王と書記にとっての崩壊は、働かされていた人びとにとっては解放だったかもしれない。たとえば前1200年ごろ、ギリシアのミケーネの宮殿国家が崩れると、線文字Bによる帳簿は使われなくなり、文字そのものが失われた。歴史家はその後の数百年を暗黒時代と呼ぶ。だが、その時代のあとに出てきたのは、ホメロスの叙事詩と、市民が自分たちで治めるポリスだった。

国家の外には、国家が「野蛮人」と呼んだ人びとがいた。本の最後の章は、彼らの側の話になる。牧畜民、狩猟民、山の民は、国家と交易し、ときに襲い、ときに雇われて、国家の穀物と人を相手に豊かに暮らした。国家が欲しがる奴隷を捕らえて売ったのも、しばしば彼らだった。国家の外と内は、敵どうしである以上に、互いを必要としていた。13世紀のモンゴル帝国の拡大は、その「野蛮人」が国家を呑み込んだ最も大きな例になる。東南アジアの山地では、ゾミアの山地民の人びとが、焼畑と移動と、文字を持たないことで、平地の王国の帳簿から逃れ続けた。逃げる側にも作物があった。新大陸から伝わったキャッサバやジャガイモのように、地中で育ち、いつでも掘れて、畑が荒らされても残る作物は、山へ逃れた人びとの暮らしを支えた。著者は『ゾミア』で、それを「逃げるための農業」と呼んでいる。国家が地上のほとんどを覆うようになるのは、本の見立てでは、ここ400年ほどのことにすぎない。

反対の方向から見れば、秦は、人を戸籍に登録し、土地を測り、穀物で税と功績を数える国家の、一つの完成形だった。本は、文明をこうした国家の成長として語る一本道の筋書きに反対している。同じ方向の主張が物語「『万物の黎明』で読む歴史」にもあり、どちらも物語「『サピエンス全史』で読む歴史」の、農耕を人類の大きな転機として語る筋とは違う見方を出している。この年表にはタスマニアの孤立も並べた。技術や暮らし方は、進むだけでなく、捨てられることがある。

批判もある。本は考古学の新しい成果を手際よくまとめているが、その解釈は一方に寄っている、国家が人びとにもたらした安全や交易の利益を軽く見ている、という指摘になる。初期の国家の暮らしがどれほど苦しかったかも、遺跡からはまだよく分からない。

著者は2024年に87歳で死んだ。農村で暮らし、羊を飼い、国家に数えられることに抵抗する人びとの小さな工夫を半世紀にわたって書き続けた人の、最後の大きな本になった。

この物語は、本が使ったできごとを並べ直したものになる。本文は写していない。私たちのほとんどは、生まれたときから国家に登録され、数えられて暮らしている。それが人類の歴史のなかでどれほど新しく、どれほど特殊な暮らし方なのかを、この本は思い出させる。

動画(1)

How Grains Domesticated Us, James C. Scott, SOAS, University of LondonSOAS University of London著者本人が、穀物が人を飼い慣らしたという本の主題を講義する

この物語が起きた場所

ロシア帝国中央アジアの諸ハン国スペイン帝国ポルトガル帝国オスマン帝国明T'atsaot'ine亜寒帯林の狩猟採集民サバンナの狩猟採集民アマゾンの狩猟採集民ムガル帝国カザフ・ハン国チベットサファヴィー朝チャガタイ汗国パンパの諸文化イスラムとヒンドゥーの諸国チュクチポーランド・リトアニア共和国スウェーデンポーランド・リトアニア共和国ヌエバ・エスパーニャ副王領マレーのイスラム諸国デンマーク=ノルウェーヒヴァ・ハン国ウルク(2件) ウルク。都市というものの始まり 楔形文字の成立2ワンダーワーク洞窟(1件) 火の使用ギョベクリ・テペ(1件) ギョベクリ・テペ肥沃な三日月地帯(1件) 農耕の始まりタスマニア(1件) タスマニアの孤立バビロン(1件) ハンムラビ法典カルタゴ(1件) キプリアヌスの疫病カラコルム(1件) モンゴル帝国の拡大ゾミア(東南アジア大陸部の山地)(1件) ゾミアの山地民

できごと10件が起きた9か所。 同じ場所で何度も起きていれば、その数だけ大きくなります。国境はAD1600の版図(この枠に大きく入る25勢力)。 物語は何百年にもまたがるので、最後のできごとの年で描いています。人物・国と、場所の分かっていないできごと1件は出ていません。押すと、この物語だけに絞った地図が開きます。

筋(11)

年代順に並べてあります。役どころが書いてあるものは、なぜこの物語に含まれるかを添えました。

  1. 火の使用できごと約100万〜40万年前(炉が日常のものになるのは40万年前ごろ)人が環境を作り替えた最初100万年前の洞窟に焼けた骨と灰が残る。炉が日常のものになるのは40万年前ごろで、火は食べ物を柔らかくし、夜を長くし、猛獣を遠ざけた。ワンダーワーク洞窟
  2. ギョベクリ・テペできごと紀元前95世紀農耕が始まる前に、狩猟採集の人びとが巨石を立てて何かを建てた。神殿が先で村が後だった可能性が出てくる。ギョベクリ・テペ
  3. 農耕の始まりできごと紀元前90世紀栽培できてから定住するまで、4000年の隙間がある麦を蒔き、羊を囲った。栄養は偏り、身長は縮み、病気は増えた。それでも人口は桁違いに増える。肥沃な三日月地帯(位置は特定されていない)
  4. タスマニアの孤立できごと約1万年前技術は捨てられることがある海面が上がって本土と切れ、数千人が1万年、誰とも会わずに暮らした。骨の釣り針も、そのあいだに使われなくなった。タスマニア(位置は特定されていない)
  5. ウルク。都市というものの始まりできごと紀元前35世紀壁は、外を防ぐと同時に内を逃がさないためでもあった数万人が城壁の中に住んだ。分業も神殿も官僚も、ここで一度に現れている。ウルク
  6. 楔形文字の成立できごと紀元前32世紀国家が最初に書いたのは、穀物と人の数最初に書かれたのは詩でも法でもなく、麦とビールの帳簿だった。文字は数えるために生まれている。ウルク
  7. ハンムラビ法典できごとBC1754年頃282条を石碑に刻んで公開した。刑罰は身分によって差があり、目には目をの原則で知られる。バビロン
  8. 秦国BC221年(統一) – BC206年人を登録し、穀物で測る国家の完成形戦国を制して中国を初めて統一した王朝。度量衡と文字を統一し、長城を築いたが、始皇帝の死後わずか数年で崩れた。
  9. キプリアヌスの疫病できごと249年人と家畜の密集が病を育てる三世紀の危機のさなか、帝国全体で十数年続いた。ローマで一日5000人が死んだと伝わる。病名は分かっていない。カルタゴ
  10. モンゴル帝国の拡大できごと1206年「野蛮人」が最も豊かだった時代史上最大の陸上帝国。ユーラシアが一つの交通圏になり、人も物も疫病も東西を往復する。カラコルム
  11. ゾミアの山地民できごと1600年国家から逃げた人びとの2000年東南アジアの山地に住む人びとは、国家に追いつかれなかったのではなく、国家から逃げてそこにいる。焼畑も、文字を持たないことも、逃げるための技術だった、という見方になる。ゾミア(東南アジア大陸部の山地)(位置は特定されていない)

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