アコースティック・キティ計画
概要
CIAが猫に盗聴器を埋め込み、ソ連大使館のそばで会話を拾わせようとした計画。猫を思いどおりに動かせず、1967年に打ち切られた。
場所
38.91°N -77.04°E · アメリカ合衆国
本文
物語「冷戦」のさなか、アメリカとソ連は相手の首都で互いの話を盗み聞きしようと競い合っていた。1957年のスプートニク1号、1961年のベルリンの壁の建設、1962年のキューバ危機と緊張が続くなかで、アメリカの中央情報局(CIA)は、盗聴器をどこへ、どうやって近づけるかに知恵を絞った。人が近づけば怪しまれる。そこで目を付けられたのが、どこにいても誰も気に留めない猫だった。CIAの科学技術本部が1960年代に進めたこの計画は、のちにアコースティック・キティの名で知られるようになる。狙いは、クレムリンやソ連の大使館のそばで交わされる会話を、猫の体に仕込んだ機械で拾うことだった。
明らかにされた記録や関係者の証言によれば、獣医が1時間ほどの手術で、猫の耳の穴にマイクを、頭の付け根に小さな無線の送信機を埋め込み、毛の中に細い線を通してアンテナにした。外から見ればただの猫で、歩き回るだけで周りの音を拾って送ることができるはずだった。ところが猫は人の思うとおりには動かない。腹が減れば獲物や食べ物の方へ行ってしまう。空腹に気を取られないようにするため、さらに手術を重ねたとも伝えられる。元CIA職員のヴィクター・マーケッティは、計画にかかった費用はおよそ2000万ドルだったと語っている。
最初の任務は、ワシントンのソ連大使館の外の公園で話す二人の男の会話を聞き取ることだったとされる。マーケッティの話では、近くで放された猫は、ほとんどすぐにタクシーにはねられて死んだ。この話は広く知られるようになったが、異論もある。CIAの技術部門の長を務めたロバート・ウォレスは2013年に、計画は猫を思いどおりに動かす訓練が難しかったためにやめたのであり、機械は取り出され、猫は縫い直されて、その後長く幸せに暮らしたと述べた。その後の試験もうまくいかず、計画は失敗と見なされた。どちらの話が正しいのか、決め手になる記録は公開されていない。
計画は1967年に打ち切られた。締めくくりの覚え書きは、猫に短い距離を動くよう教えることはできると考えつつも、実際の外国の現場では環境や警備の条件から見て、情報収集の目的には実用的でないと結論づけている。覚え書きの文面は、猫の扱いに苦労したことをうかがわせながらも、研究そのものの手際はほめている。
計画の存在が公に確かめられたのは、2001年にCIAの文書の一部が機密を解かれたときだった。情報機関の歴史を調べていた著述家ジェフリー・リチェルソンの働きかけが大きかったとされる。それまでは、元職員の回想や噂として語られるだけだった。機密の解除で、黒く塗りつぶされた部分の多い覚え書きが表に出たことで、話は本当にあったこととして知られるようになった。
動物を情報や戦いに使おうとする試みは、これが初めてではない。19世紀にはロイターの伝書鳩のように鳩が知らせを運び、戦争のたびに軍は動物の力を借りてきた。アコースティック・キティの打ち切りのあとも、その発想は消えなかった。2006年にはアメリカ国防総省の研究機関が、偵察に使える機械仕掛けの昆虫の開発を呼びかけ、2009年にはカリフォルニア大学バークレー校の研究者が、電極で飛び方を操れる甲虫を発表している。
猫に盗聴器を埋め込むという発想は、いまでは冷戦期の情報戦の行き過ぎを示す話として、しばしば笑いとともに語られる。しかし手術を受けた猫がいたことは確かで、生き物を道具として扱うことの是非も問われてきた。相手の秘密を知るためなら何でも試すという当時の空気を、一匹の猫の話がよく映している。