『近代世界システム』で読む歴史

概要
国ごとの発展を比べるのをやめる。16世紀からずっと、世界は一つの分業の仕組みとして動いてきた、という本。
この物語について
なぜある国は豊かで、ほかの国は貧しいのか。遅れた国は、先に進んだ国のあとを追えば追いつけるのか。
『近代世界システム』(イマニュエル・ウォーラーステイン、第I巻1974年、日本語版1981年〜)は、この問いの立て方そのものを変えた。イマニュエル・ウォーラーステインはニューヨークに生まれ、もとはアフリカの研究者だった。1950年代から60年代、ガーナやコートジヴォワールの独立を追いながら、独立した国がなぜ思うように豊かにならないのかを考えた。一国の中をいくら調べても、答えが出ない。単位が間違っているのではないか。そこから彼は、16世紀のヨーロッパへさかのぼった。
国を単位に比べるから、遅れた国は追いつけばよい、という話になる。そうではない、と本は言う。16世紀に生まれた一つの「世界経済」があり、その中に中核と半周辺と周辺という役割がある。中核は工業と商業と高い賃金を持ち、周辺は原料と食料を、強制された労働で作る。そのあいだの半周辺が、両方の性格を持つ。周辺が貧しいのは遅れているからではなく、中核が豊かであるための条件になっている、という筋になる。本はこの見方を、フランスのブローデルの仕事と、ラテンアメリカの経済学者たちの従属論から受け継いでいる。
始まりは「長い16世紀」である。著者はおよそ1450年から1640年までを、そう呼んだ。コロンブスの到達のあと、大西洋をはさんで分業が広がる。アンデスのポトシ銀山の開発では、先住民が交代で鉱山に送られる強制労働で銀が掘られた。カリブとブラジルの砂糖畑には、大西洋奴隷貿易がアフリカから人を運んだ。同じ頃、東ヨーロッパでは、西へ輸出する穀物のために、農民がふたたび領主の土地に縛られていった。周辺の労働が自由でないことは、遅れの名残ではなく、この時代の新しい仕組みだった、と本は言う。
この世界経済が一つの帝国に呑み込まれなかったことも、本は重く見る。スペイン帝国のカール5世とフェリペ2世は、ヨーロッパの大半を支配しかけたが、戦費に追われ、フェリペ2世の時代には国庫が何度も支払いを止めた。本は二つの形を分ける。一つの政治の中心が広い地域を治め、貢ぎ物と税で富を集めるのが「世界帝国」で、ローマや中国の歴代王朝がそれにあたる。政治の中心が一つではなく、交易と分業だけで広い地域がつながっているのが「世界経済」である。歴史上の多くの世界経済は、やがて一つの帝国にまとめられた。ヨーロッパのものは、国がいくつにも分かれたまま、市場だけが国境を越えて一つになった。それが資本主義の世界経済の特徴になる、という見立てである。
半周辺は、全体が中核と周辺に二つに割れて対立するのを和らげる緩衝の役も持つ、と著者は見た。周辺から抜け出そうとする国は、多くの場合、まず半周辺の位置で、国家が力ずくで工業を育てる道を取る。19世紀の終わりのロシアや日本が、その例として挙げられる。
第II巻は17世紀を扱う。中核の中で一つの国が、生産でも、商業でも、金融でも他を圧倒する時期がある。著者はそれを「ヘゲモニー」と呼んだ。最初のヘゲモニー国家はネーデルラント連邦共和国で、オランダの黄金時代のアムステルダムは、バルト海の穀物と木材、アジアの香辛料、世界の為替を集めた。三十年戦争がドイツを荒らすあいだ、オランダは船と商いで富を積んだ。だがその地位は長く続かない。1688年の名誉革命と権利章典で、オランダ総督のウィレムがイングランドの王になり、二つの国の力は一つの王のもとで結ばれた。ここから、ヘゲモニーはしだいにイギリスへ移っていく。

第III巻は、18世紀なかばからの「第二の大拡大」になる。産業革命で中核の生産力が飛躍し、それまで外にあった地域が、周辺として組み込まれていく。インド、オスマン帝国、ロシア、西アフリカ。19世紀のなかばには、中国もそこに入る。1840年のアヘン戦争は、自分の側で交易の条件を決めてきた中国が、世界経済の決まりを押しつけられる始まりになった。ベンガルでは、ヨーロッパ人の農園主のもとで農民が輸出用の藍を作らされ、1859年に藍の反乱が起きた。1884年のベルリン会議のあと、アフリカはほぼ全域が分割され、1890年代にはアフリカの牛疫が牧畜民の牛の大半を奪い、植民地の征服をたやすくした。中米ではユナイテッド・フルーツと「バナナ共和国」が、一つの作物と一つの会社に国の経済を預けた国々を作った。周辺で何が起きるかを、この年表のできごとは具体的に示している。
第IV巻は、1789年から1914年を扱う。フランス革命のあと、世界システムを覆う考え方として自由主義が勝ち、保守主義と社会主義はその周りに配置された、と著者は論じた。19世紀の大英帝国は、二度目のヘゲモニー国家だった。だが19世紀の終わりには、アメリカとドイツが追い上げる。第一次世界大戦から第二次世界大戦までを、著者は、イギリスの跡を誰が継ぐかをめぐる一つの長い戦争と見た。勝ったのはアメリカ合衆国で、1945年から1960年代の終わりまでが三度目のヘゲモニーになる。役割は入れ替わる。16世紀に中核にいたイタリアの都市やスペインは、17世紀には半周辺へ落ちた。中核の国は強い国家を持ち、周辺の国家は弱いか、そもそも植民地として国家を持たない。景気には数十年の上がりと下がりの波があり、下がりの時期に役割の入れ替えが起きる、と著者は見た。それでも仕組みそのものは続いている。

著者は1968年の学生と労働者の反乱を、この仕組みそのものに向けた世界規模の革命と呼んだ。そして晩年には、資本主義の世界経済は21世紀のうちに終わりの危機に入り、何がそれに代わるかはまだ決まっていない、と書いた。予言というより、仕組みにも寿命がある、という考え方だった。
続く巻も予定されていたが、著者は第IV巻を2011年に出したあと、2019年に88歳で死んだ。晩年まで、世界の情勢を月に二度論評する短い文章を書き続け、その数は500本に達した。本の構想は大学の外でも広がり、著者は1976年にニューヨーク州立大学ビンガムトン校で、ブローデルの名を冠した研究所を開いて長く率いた。批判は多い。社会学者のスコチポルは、国家どうしの争いが経済の分業に還元されすぎていると論じ、歴史家のブレナーは、豊かさの差を生んだのは交易の位置ではなく、それぞれの土地の地主と農民の関係だと反論した。経済の分業ですべてを説明しすぎて、国家や文化の働きを軽く見ている。世界システムの始まりを16世紀のヨーロッパに置くこと自体が、ヨーロッパ中心だ。それより前に別の世界システムがあったと見る物語「『ヨーロッパ覇権以前』で読む13世紀」、1800年までは世界経済の中心はアジアだったと見る物語「『リオリエント』で読む世界経済」が、その反論の代表になる。
この物語は、本が扱ったできごとを巻ごとに並べ直したものになる。本文は写していない。この年表には、同じ時代を別の理由で説明する本がいくつも入っている。制度と見る物語「『国家はなぜ衰退するのか』で読む歴史」、石炭と地理と見る物語「『大分岐』で読む歴史」。同じできごとを開いて、説明を並べて読める。いま手元にあるスマートフォンの部品が、どの国の、どんな条件の労働で作られたのかを考えると、この本の問いはまだ終わっていない。
動画(2)
この物語が起きた場所
筋(19)
年代順に並べてあります。役どころが書いてあるものは、なぜこの物語に含まれるかを添えました。
- コロンブスの到達できごとAD1492年10月12日長い16世紀の始まり二つの大陸が結ばれた。人・作物・家畜・病原体が行き来し、両側の世界が作り替えられる。サン・サルバドル島(位置は特定されていない)
- スペイン帝国国AD1492年(グラナダ陥落とコロンブスの航海) – AD1898年(米西戦争で最後の海外領土を失う)アメリカ大陸の銀を運び、太平洋を横断する定期航路を持った最初の帝国。その銀は中国まで流れ、世界の物価を動かした。19世紀に大陸の領土をほぼ失う。
- 大西洋奴隷貿易できごと1526年1200万人以上がアフリカから大西洋を越えて運ばれた。三つの大陸の人口と社会が、この一つの流れで作り替えられる。ベニンシティ

- ポトシ銀山の開発できごとAD1545年周辺での強制労働南米の銀がヨーロッパを経て中国へ流れた。世界で最初の、地球を回るお金の流れ。ポトシ
- ネーデルラント連邦共和国国AD1581年(廃位布告) – AD1795年(フランス軍の侵入による崩壊)王を戴かない共和国が、80年戦ってスペインから独立した。人口200万の国が、17世紀の世界の海運の半分を握る。株式会社と証券取引所と中央銀行が、ここでほぼ同時に生まれた。
- オランダの黄金時代できごと1600年最初のヘゲモニー国家株式会社と証券取引所が生まれ、小国が世界の海運を握った。レンブラントもこの時代の人。アムステルダム

- 大英帝国国AD1607年(ヴァージニアの入植) – AD1997年(香港の返還)会社の商館から始まり、七年戦争でフランスを退け、19世紀に世界の陸地の4分の1を占めた。二つの大戦で疲れ、20年ほどでほとんどを手放す。
- 三十年戦争できごと1618年宗教戦争として始まり、国家どうしの戦争として終わった。ドイツでは地域によって人口が3分の1減ったとされる。プラハ

- 名誉革命と権利章典できごと1688年ヘゲモニーがオランダからイギリスへ移る王を替え、王でも議会の同意なしには税を取れないと文書にした。立憲君主制の出発点とされる。ロンドン

- 産業革命できごと1760年石炭と蒸気で、人と家畜の力に頼らない生産が始まった。人類の暮らしが根本から変わる。マンチェスター

- アメリカ合衆国国AD1776年(独立宣言) – (続く)13の植民地から始まり、買収と戦争と条約で100年かけて大陸を横断した。その拡大は、先に住んでいた人びとの土地を取り上げる過程でもあった。
- フランス革命できごと1789年システムの文化としての自由主義身分制を壊し、国民が主権を持つという考えを現実にした。恐怖政治も同じ革命が生んだ。パリ

- アヘン戦争できごと1840年外部だった中国が、周辺として組み込まれる清が英国に敗れ、香港を割いた。この敗北の報が、日本に開国の危機感をもたらす。南京

- 藍の反乱できごとAD1859年ベンガルの農民は、耕地の一部に藍を作ることを強いられた。前貸しの金を受け取ると、抜けられない。買い取り価格は生産費を下回り、借金だけが積み上がる。拒めば、私設の暴力団に打たれ、家を焼かれ、家族を捕らえられた。1859年、ナディア県で作付けの拒否が始まり、ベンガル全域に広がる。裁判が起こされ、新聞が書き、戯曲『ニール・ダルパン』が事態を伝えた。調査委員会が置かれ、強制の作付けは崩れた。植民地の農民の、組織的な抵抗の初期の例である。コルカタ
- ベルリン会議とアフリカ分割できごと1884年11月アフリカの代表を一人も呼ばずに、14か国が大陸の分け方を決めた。実効支配していれば領有を認めるという規則が、その後20年の争奪を加速させる。ベルリン

- アフリカの牛疫できごとAD1890年頃1887年頃、インドかアラビアから連れてこられた牛とともに、牛疫がアフリカの角に入った。免疫の無い大陸を、十年で南端まで駆け抜けた。牛の八割から九割が死んだ地域がある。バッファローとヌーとキリンも死んだ。牧畜で生きる人々が、生活の基盤を一度に失い、飢饉と天然痘が重なった。人口が激減した土地に草が茂り、ツェツェバエが広がった。無人になった草原を、ヨーロッパ人が手つかずの自然として見出し、そこに保護区を設けた。ナイロビ
- ユナイテッド・フルーツと「バナナ共和国」できごと1899年周辺で何が起きるか一つの会社が、中米数か国の鉄道と港と土地を握った。1954年、農地改革を進めたグアテマラ政権が、この会社の働きかけを受けたアメリカの介入で倒される。グアテマラシティ
- 第一次世界大戦できごと1914年イギリスからアメリカへサラエヴォの一発から、同盟の連鎖で世界が巻き込まれた。塹壕と機関銃と毒ガスで1000万人が死ぬ。サラエヴォ

- イマニュエル・ウォーラーステイン人物AD1930年9月28日 – AD2019年8月31日著者アフリカ研究から出発し、国を単位に発展を語ることをやめた。中心と周辺からなる一つの世界経済として、16世紀以降を書き直す。
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