概要
モンゴル軍が野戦で初めて決定的に敗れた。大ハーンの死で主力が引き上げていた隙を、マムルークが突いた。
場所
アイン・ジャールート
32.55°N 35.35°E · イスラエル・北部地区(ジェズレル谷)
32.55°N 35.35°E · イスラエル・北部地区(ジェズレル谷)
関わった人(1)
バイバルスAD1223年頃–AD1277年 · 前衛の指揮本文
その前年、モンゴル軍はバグダードを落とし、 ダマスクスまで来ていた。
エジプトに降伏を求める使者が届く。
マムルークのスルタン・クトゥズは、 使者を斬ってその首を城門に掛けた。
引き返せなくなる。
だがこのとき、モンゴル側に事情があった。
大ハーンのモンケが死んだ。
フレグは後継を決める会議のために、 主力を率いて東へ戻っていた。
シリアに残ったのは、一部の部隊になる。
マムルークはガリラヤに出て、 バイバルスが偽装退却で誘い込み、 本隊が包囲した。
モンゴル軍が野戦で決定的に敗れた、最初の例になる。
その後もモンゴルは何度もシリアへ来るが、 エジプトには入れなかった。
ユーフラテスが、二つの世界の境になる。
クトゥズは、帰路にバイバルスに殺された。