概要
高校の先生「ムンディ先生」が、世界史と日本史を200講ずつで通した授業の動画。ここに並ぶ項目には、その講の動画が付いている。
この物語について
ムンディ先生は、福岡県の公立高校で世界史を教えてきた山﨑圭一のことで、チャンネルの名は Historia Mundi(ラテン語で「世界の歴史」)という。2014年ごろから、自分の授業をそのまま撮って公開しはじめた。世界史は「世界史20話プロジェクト」として、人類の出現から現代のアジア・アフリカまでを200の講に分け、日本史は「日本史ストーリーノート」として同じく200講で通している。1講はおよそ20分から40分になる。
のちに、年号を使わずに流れで世界史を語る『一度読んだら絶対に忘れない世界史の教科書』を書き、広く読まれた。講義もその考え方の通り、ある出来事がなぜ起き、次に何を招いたかをつなげて語っていく。
この物語は、その講義の各講を、このデータベースの側の項目に付け直したものになる。ハンムラビ法典、ペロポネソス戦争、安史の乱、カノッサの屈辱、ウィーン会議、大化の改新、承久の乱、地租改正のように、講の主題がそのまま一つのできごとに当たるものを選んだ。ポエニ戦争やカエサルの時代のように、このデータベースに同じ主題の物語があるときは、そちらに付けてある。人物を一人ずつ語る「世界人物史」の回は、その人物のページにある。
受験のための授業なので、教科書が書くことを漏れなく押さえるのが目的になっている。コテンラジオや中田敦彦のYouTube大学と比べると、一つの話を掘り下げるより、全体の地図を描くのに向く。
この物語が起きた場所
筋(180)
年代順に並べてあります。役どころが書いてあるものは、なぜこの物語に含まれるかを添えました。
- ホモ・サピエンスの出現できごと約30万年前(ジェベル・イルード)〜20万年前(オモ・キビシュ)世界史 第1講「人類の出現」2017年、モロッコの骨が30万年前と分かり、種の年齢は10万年伸びた。どこか一か所で生まれたのではなく、アフリカのあちこちで並行して形になった、という見方に変わりつつある。ジェベル・イルード
- 縄文土器できごと紀元前140世紀日本史 第2講「縄文文化の成立」世界最古級の土器。農耕を始めていない狩猟採集の集団が作っており、土器=農耕という順序は成り立たない。縄文の日本列島(位置は特定されていない)
- インダス文明できごとBC2600年世界史 第22講「インド文明の形成」碁盤の目の街路と下水を備えた都市が並んだ。文字は未解読で、王の墓も神殿も見つかっていない。モヘンジョダロ
- ギザの大ピラミッド建設できごとBC2560年頃世界史 第5講「エジプト文明」古王国のクフ王が築いた。3800年にわたり世界で最も高い建造物であり続けた。ギザ
- ハンムラビ法典できごとBC1754年頃世界史 第4講「古バビロニア・インドヨーロッパ系民族」282条を石碑に刻んで公開した。刑罰は身分によって差があり、目には目をの原則で知られる。バビロン
- 殷の成立できごとBC1600年頃世界史 第29講「中国文明の発生」湯王が夏の桀を倒したと伝わる。考古学で確かめられる中国最古の王朝で、青銅器と甲骨文字と人身供犠を残した。殷墟
- ツタンカーメン人物BC1341年頃 – BC1323年頃世界人物史「ツタンカーメン」9歳で即位し19歳で没した少年王。ほぼ未盗掘の墓が1922年に見つかり、世界的に知られた。
- 牧野の戦い(殷周革命)できごとBC1046年(年代に諸説あり)世界史 第30講「周王朝の時代」周が殷を破り、天命は徳ある者に移るという理屈が生まれた。以後の王朝交代はこの型で語られる。牧野(位置は特定されていない)
- 春秋の争覇と鉄製農具できごとBC8〜BC5世紀世界史 第31講「諸子百家」周王の権威が名ばかりになり、諸侯が覇を競った。鉄の農具と牛耕で収穫が増え、それを支えに新しい人材が身分によらず登用されていく。諸子百家の土壌になる。洛陽
- ソロンの改革できごとBC594年世界史 第10講「アテネとスパルタ」借金による奴隷化を禁じ、市民を財産で四つに分けた。民主政へ向かう最初の一歩とされる。アテナイ
- ダレイオス1世人物BC550年 – BC486年世界史 第7講「オリエントの統一」帝国を州に分けて統治の形を整え、王の道を敷いた。ギリシア遠征はマラトンで挫折する。
- 釈迦の悟りできごとBC528年頃(年代に諸説あり)世界史 第23講「小国分立の時代」菩提樹の下で苦の原因と、そこから離れる道に到った。年代は南伝と北伝で1世紀近く違う。ブッダガヤ
- 十二表法できごとBC451年世界史 第14講「ローマ建国・身分闘争の時代」慣習法を成文にして公開した。ローマ法の出発点になる。ローマ
- ペロポネソス戦争できごとBC431年世界史 第11講「ペルシア戦争・ペロポネソス戦争」アテナイとスパルタが27年戦い、ギリシアの都市国家は疲弊した。トゥキュディデスが同時代史として書き残す。アテナイ
- アレクサンドロス3世人物BC356年7月20日(21日説あり) – BC323年6月10日(11日説あり)世界人物史「アレクサンドロス」11年でギリシアからインダス川まで到達し、ペルシア帝国を滅ぼした。32歳でバビロンに没し、帝国は将軍たちに分裂する。
- マウリヤ朝の成立できごとBC322年世界史 第24講「マウリヤ朝・クシャーナ朝」チャンドラグプタがナンダ朝を倒し、インド亜大陸初の広域帝国が生まれた。アレクサンドロスの死の翌年にあたる。パータリプトラ
- 劉邦人物BC256年頃(BC247年説あり) – BC195年世界史 第33講「前漢の成立」一介の亭長から身を起こし、秦の崩壊後の争いを制して漢を開いた。
- クレオパトラ7世人物BC69年 – BC30年8月12日(10日説あり)世界人物史「クレオパトラ」プトレマイオス朝最後の女王。アクティウムの敗北の翌年に自死した。
- 元首政の始まり(アウグストゥスの称号)できごとBC27年1月16日世界史 第17講「元首政の開始・五賢帝時代・軍人皇帝時代」オクタウィアヌスが元老院で「すべての権限を返す」と言い、元老院が「受け取ってほしい」と頼み、属州の半分と軍を10年預けた。3日後、「アウグストゥス」。「尊厳ある者」。共和政の形を残して、一人が治める。「プリンケプス」、第一の市民。皇帝という語はまだない。ローマ
- 光武帝人物BC5年 – AD57年世界史 第34講「後漢の成立・漢の社会と文化」劉氏の血を引く一豪族から、乱世を収めて漢を再興した。都を洛陽に置く。
- 三国の鼎立できごとAD220年世界史 第35講「後漢の滅亡・三国・西晋」魏が漢の禅譲を受け(220)、蜀が漢を継ぐと称し(221)、呉が帝を名乗った(229)。中国が三つに割れる。
- ササン朝の成立できごとAD224年世界史 第8講「パルティアとササン朝」アルダシール1世がパルティアを倒し、ゾロアスター教を国の宗教として立てた。以後400年、ローマ/ビザンツと東地中海をめぐって争いつづける相手になる。クテシフォン
- 卑弥呼の遣使できごとAD239年日本史 第6講「邪馬台国」魏に使いを送り、「親魏倭王」の称号と銅鏡を得た。日本の側に同時代の記録が無く、国の位置も墓も決着していない。邪馬台国(位置は特定されていない)
- ディオクレティアヌス人物AD244年頃 – 311年世界史 第18講「専制君主政」帝国を四人で分けて統治し、三世紀の危機を収めた。自ら退位した数少ない皇帝。
- マヤ古典期できごとAD250年世界史 第101講「古アメリカ文明」独立した都市国家が競い合った。ゼロを含む数の体系と、南北アメリカで唯一の完全な文字を持つ。ティカル
- 箸墓古墳できごとAD250年頃日本史 第8講「古墳の出現とヤマト政権」奈良盆地の南東、纒向。全長280メートル、最初の巨大前方後円墳。『日本書紀』は倭迹迹日百襲姫の墓と言い、「昼は人が作り、夜は神が作った」。2009年の年代測定で3世紀中頃。卑弥呼の死んだ頃。卑弥呼の墓と言う人と、違うと言う人。宮内庁が管理し、掘れない。箸墓古墳

- ミラノ勅令できごとAD313年世界史 第20講「キリスト教の成立」キリスト教を含むすべての信仰を認めた。300年続いた迫害が終わる。メディオラヌム

- グプタ朝の黄金時代できごとAD320年世界史 第25講「グプタ朝・ヴァルダナ朝」ゼロを含む十進法の記数法がここで整い、アラビアを経てヨーロッパへ渡る。いま世界が使う数字の出所。ウッジャイン
- 西ローマ帝国の滅亡できごとAD476年世界史 第76講「ゲルマン人の大移動」最後の皇帝が退位させられた。古代の終わりの目印として使われるが、当時そう感じた人はいなかった。ラヴェンナ
- クローヴィスの改宗できごとAD496年頃(508年説もある)世界史 第77講「フランク王国」フランク王がカトリックを選んだ。ほかのゲルマン諸王が異端とされる宗派を採った中で、これが後々効いてくる。ランス
- 磐井の乱できごとAD527年日本史 第15講「継体天皇・欽明天皇の時代」筑紫の首長磐井が、新羅と結んで、ヤマトの半島派遣軍を止めた。一年半戦って敗れる。列島の政権が九州を直接押さえた最初で、磐井の墓とされる岩戸山古墳には石人石馬が並ぶ。八女(岩戸山古墳)
- ユスティニアヌスの再征服できごと533年世界史 第85講「ビザンツ帝国の繁栄」北アフリカとイタリアを取り戻した。ただし戦費と疫病で国は疲れ、この領土は次の世代で失われる。ラヴェンナ(総督府)
- 隋の中国再統一できごとAD589年世界史 第38講「隋の統一と唐の成立」南北朝の分裂が約300年ぶりに終わった。大運河を掘り、南北を物流でつなぐ。長安
- 冠位十二階できごとAD603年(推古11年)日本史 第16講「崇峻天皇・推古天皇の時代」徳・仁・礼・信・義・智を大小に分けて12。紫、青、赤、黄、白、黒の冠。氏でなく個人に、世襲でなく功績で。隋と百済と高句麗の制度を見て作った。小野妹子は最初「大礼」で、帰って「大徳」になった。官僚の始まり。飛鳥

- 大運河の完成できごとAD609年世界人物史「煬帝」煬帝が、洛陽を中心に、南は杭州、北は涿郡(北京)まで、2500キロを掘らせた。延べ数百万人。堤に柳を植え、40の離宮を置いた。江南の米が北の都と軍を養えるようになり、中国の南北が経済で一つになった。同時に、この工事と3度の高句麗遠征が隋を潰した。運河は残り、その後1300年、中国の背骨だった。揚州
- ヒジュラ(聖遷)できごとAD622年世界史 第61講「イスラームの誕生」ムハンマドがメッカからメディナへ移り、信仰の共同体を築いた。イスラム暦の元年になる。メディナ
- 大化の改新できごとAD645年日本史 第18講「舒明・皇極・孝徳天皇の時代」蘇我氏を倒し、唐にならった中央集権を目指した。土地と人民を国のものとする方針を打ち出す。飛鳥
- ウマイヤ朝の成立できごとAD661年世界史 第62講「正統カリフ時代・ウマイヤ朝」第四代カリフのアリーが暗殺され、シリア総督ムアーウィヤがダマスクスでカリフを名乗った。選ばれるカリフから、世襲のカリフへ。アリーの側はこれを認めず、シーア派になる。ダマスクス
- 白村江の戦いできごとAD663年日本史 第19講「斉明天皇・天智天皇の時代」倭が百済を助けて唐・新羅に大敗した。以後、日本は防衛を固めつつ唐の制度を学ぶ側に回る。白村江(位置は特定されていない)
- 壬申の乱できごとAD672年日本史 第20講「天武天皇・持統天皇の時代」天皇の弟と子が争い、弟が勝った。勝った側が権力を集め、律令と歴史書の編纂を進める。「天皇」の語が使われはじめるのもこの前後になる。平城京

- 大宝律令できごとAD701年(大宝元年)日本史 第22講「文武天皇の時代・大宝律令①」刑部親王と藤原不比等が唐の律令を手本に、律6巻、令11巻。二官八省、班田収授、租庸調、戸籍。年号「大宝」。日本が「日本」と名乗り、天皇が「天皇」と書かれ、法で国が動くようになった最初の年。律令そのものは残らず、養老令の注釈から復元されている。藤原京
- 平城京遷都できごとAD710年日本史 第24講「元明天皇の時代」長安を手本にした碁盤の目の都。律令国家の形が整う。平城京
- アッバース革命できごとAD750年世界史 第63講「アッバース朝(8世紀)」ホラーサーンで黒旗を掲げた軍がウマイヤ朝を倒した。預言者の叔父の子孫が新しいカリフになり、ウマイヤ家を宴に招いて皆殺しにした。アラブの帝国が、ペルシア人と改宗者を含む帝国に変わる。クーファ

- 大仏開眼できごとAD752年日本史 第26講「聖武天皇の時代」国分寺の総本山として、都の東大寺に巨大な盧舎那仏を造ることになった。聖武天皇は、一枝の草、一握りの土を持ち寄ってでも力を貸したい人は加わってよい、と呼びかける。朝廷に弾圧されていた僧の行基が、民衆を率いて協力した。銅四百トン以上を使い、延べで二百六十万人が関わったとされる。752年、インドから来た僧が筆で仏の目を描き入れる開眼の儀式を行い、一万人の僧が集まった。国の財政は大きく傾いた。平城京
- 安史の乱できごと755年世界史 第41講「唐の衰退と滅亡」唐の絶頂を折った大反乱。以後、中央の力は落ち、地方の節度使が実権を握る。長安
- 平安京遷都できごとAD794年日本史 第30講「桓武天皇の時代」この都が1000年以上続く。やがて遣唐使も止まり、独自の文化が育つ。京都
- カール大帝の戴冠できごとAD800年12月25日世界史 第78講「カール大帝」教皇が西の皇帝として冠を授けた。西ヨーロッパが独自の帝国を名乗りはじめる。アーヘン

- 最澄と空海の入唐できごとAD804年日本史 第33講「平安仏教の成立」同じ船団で渡り、別のものを持ち帰った。最澄は天台、空海は密教。以後の日本の仏教は、ほとんどこの二人の系統から分かれる。長安
- ファーティマ朝の成立できごとAD909年世界史 第64講「イスラームの分裂(10世紀のイスラーム)」ムハンマドの娘ファーティマの子孫を名乗るイスマーイール派の指導者が、ベルベルのクターマ族を得てアグラブ朝を倒し、チュニジアでカリフを名乗った。アッバースと並ぶ第二のカリフ。60年後にエジプトを取り、カイロを建て、200年、シーア派の帝国だった。ラッカーダ
- ノルマンディー公国の成立できごとAD911年世界史 第79講「ノルマン人の移動」襲撃者に土地を与えて定住させた。155年後、その子孫がイングランドを征服する。ルーアン
- 趙匡胤(宋の太祖)人物AD927年 – AD976年世界史 第44講「北宋と遼」後周の禁軍の将軍が、遠征の途中で部下に黄袍を着せられて皇帝になった。酒の席で将軍たちに兵権を手放させ、以後、文官が武官の上に立つ。「士大夫を殺すな」という誓いを石に刻んで残した。弟に殺されたという噂がある。
- 平将門の乱できごとAD939年日本史 第41講「武士の成長」関東の国衙を次々に落とし、「新皇」を名乗って役人を任命した。二か月で討たれた。朝廷が武士の力で武士を鎮めた最初で、その勝った側の武士が、次の時代の主になる。猿島(石井)

- 宋の科挙と士大夫できごとAD1000年頃世界史 第46講「宋の社会と経済」唐の科挙の合格者は年に数十人で、貴族の家の子が多かった。宋は合格者を年数百人に増やし、皇帝自身が最終試験(殿試)を行った。合格者は皇帝の門下生になる。武人の力を削ぎ、文人の官僚が国を運営する体制ができた。受験のための出版が栄え、印刷術が広まった。「万般皆下品、惟有読書高」。同時に、受験は一族の投資になった。一人を合格させるために、村や一族が学費を出し、合格すれば免税と地位が一族に及んだ。長安
- 摂関政治の頂点できごとAD1016年日本史 第36講「摂関政治の展開」藤原氏が天皇の外戚として権を握った。この頃『源氏物語』が書かれる。京都
- 東西教会の分裂できごとAD1054年世界史 第81講「キリスト教会の分裂」ローマとコンスタンティノープルが互いを破門した。ヨーロッパが二つの信仰圏に分かれる。コンスタンティノープル
- カノッサの屈辱できごとAD1077年世界史 第84講「教会の権威」皇帝が雪のなか三日間立ち、教皇に赦しを乞うた。世俗の権力と教会の力関係を示す場面として残る。カノッサ

- 院政の開始できごとAD1086年日本史 第44講「院政の開始」天皇を退いた上皇が実権を握る。摂関家の力が落ち、やがて武士が政治の表に出てくる下地になる。京都
- 第1回十字軍のエルサレム占領できごとAD1099年7月15日世界史 第87講「十字軍」住民が大量に殺された。この記憶が、以後900年にわたって双方の側で引かれることになる。エルサレム

- 平清盛人物AD1118年 – AD1181年日本史 第46講「平氏政権」武士として初めて政権を握った。日宋貿易を進め、瀬戸内の海運を整える。
- 靖康の変できごとAD1127年世界史 第45講「南宋と金」金が宋の都を落とし、皇帝父子を北へ連れ去った。宋は南へ逃げ、以後は中国の南半分の王朝になる。開封

- アンコールの隆盛できごとAD1150年頃世界史 第28講「東南アジアの諸王朝」クメール王朝の都。同時代の世界で最大級の都市で、精緻な水利で支えられていた。アンコール
- 保元・平治の乱できごと1156年日本史 第45講「保元の乱・平治の乱」貴族の争いが武士の力で決着した。武士なしでは政治が動かないことが誰の目にも明らかになる。京都
- サラディンのエルサレム奪還できごとAD1187年世界史 第66講「アイユーブ朝の時代(12世紀のイスラーム)」88年ぶりに奪い返した。虐殺を行わなかったことが、敵側の記録にも残る。エルサレム
- 朱子学の成立できごとAD1190年世界史 第47講「宋の文化」朱熹が四書(『大学』『中庸』『論語』『孟子』)を選び、注をつけて、五経より先に読む基本の書とした。理(世界の筋道)と気(材料)。「格物致知」——物に至って理を窮める。「性即理」。仏教と道教に対抗して、儒教に形而上学を与えた。生前は「偽学」として禁じられ、死後に正統になり、1313年から科挙の答案の基準になった。日本の江戸、朝鮮、ベトナムの官学。杭州(臨安)
- 鎌倉幕府の成立できごとAD1192年日本史 第49講「鎌倉幕府」朝廷から離れた場所に武士の政権が置かれた。以後700年近く、実権は武士が握る。鎌倉
- モンゴル帝国の拡大できごと1206年世界史 第49講「モンゴル帝国の形成」史上最大の陸上帝国。ユーラシアが一つの交通圏になり、人も物も疫病も東西を往復する。カラコルム
- マグナ・カルタできごとAD1215年6月15日世界史 第92講「中世のイギリス」王も法に従うと文書で認めさせた。立憲政治の遠い出発点とされる。ラニーミード

- 承久の乱できごとAD1221年日本史 第52講「承久の乱」上皇が幕府を倒そうとして敗れた。朝廷が武家に屈したことが、はっきり形になる。京都
- 御成敗式目できごとAD1232年(貞永元年)日本史 第53講「執権政治のさかえ」北条泰時が51か条の法を定めた。「道理」。武士の慣習を文字にした。女の相続、20年の占有、悪口の禁止。「京の人は笑うだろうが、これは文字を知らない者のための法」。それから600年、武家の法はここから始めた。鎌倉
- ハンザ同盟できごとAD1241年世界史 第88講「商業の復活」都市どうしが国を介さずに結んだ商業の連合。艦隊を持ち、王と条約を結び、200年北海とバルト海を握った。リューベック
- 大元の国号できごとAD1271年世界史 第50講「元とハン国の成立」モンゴル帝国の五代目の大ハーンとなったフビライは、草原の都カラコルムを離れ、中国の北に新しい都・大都を築かせた。いまの北京のもとになる町である。1271年、易経の言葉から取った大元という国号を定め、中国の王朝の形をとった。1279年に南宋を滅ぼし、中国の全土を一人の支配者のもとに置く。モンゴル人を上に置く身分の区別を残しつつ、中国の役所の仕組みを使って治めた。遊牧の帝国が、中国の王朝の顔を持った。北京
- 文永の役できごとAD1274年11月19日(文永11年10月20日)日本史 第55講「蒙古襲来」元と高麗の900隻、3万が対馬と壱岐を襲い、博多に上陸した。てつはう、集団戦、毒矢。武士は一騎討ちの名乗りをして囲まれた。一日戦って、元軍は船に戻り、翌朝いなかった。嵐で帰ったのか、最初から威力偵察だったのか、いまも議論がある。博多
- 永仁の徳政令できごとAD1297年(永仁5年)日本史 第56講「蒙古襲来後の政治」元寇を退けても、鎌倉幕府は御家人に与える土地を持たなかった。戦費は自腹で、恩賞は乏しい。御家人は所領を質に入れ、売り払い、困窮していく。1297年、幕府は徳政令を出した。御家人が売った土地を、代金を返さずに取り戻してよいと定める。借りた側を救う一方で、貸す側は誰も貸さなくなった。翌年には一部が撤回される。以後も徳政の要求は繰り返され、室町期には土倉を襲う土一揆が起きた。借金を帳消しにすると、次からの借金ができなくなる。この矛盾は、どの時代でも同じ形で現れる。鎌倉
- アナーニ事件できごとAD1303年9月7日世界史 第91講「教皇権の衰退」フランス王の使者が教皇を故郷の館で捕え、三日拘束した。頬を打ったと伝わる。教皇は解放されて一か月で死んだ。教皇が王の上に立つ時代は、ここで終わる。6年後、教皇庁はアヴィニョンへ移る。アナーニ
- 朱元璋(洪武帝)人物AD1328年10月21日 – AD1398年6月24日世界史 第52講「明の成立」飢饉で家族を失い、乞食僧になり、紅巾軍に入って皇帝になった。中国史で最も低い所から出た皇帝。宰相を廃し、胡惟庸と藍玉の獄で数万人を殺し、農民を里甲に縛り、海を閉じた。顔が醜いと言った者を殺し、肖像画は二種類残る。
- 建武の新政できごとAD1333年日本史 第62講「建武の新政」鎌倉幕府が滅び、後醍醐天皇が自ら政治を執った。「朕の新儀は未来の先例」。恩賞は公家に偏り、武士は離れ、「此頃都ニハヤル物、夜討強盗謀綸旨」と落書に書かれた。二年半で尊氏が背いた。京都
- 百年戦争できごと1337年世界史 第94講「百年戦争とバラ戦争」116年に及ぶ英仏の争い。この過程で両国に「国民」という意識が育つ。アジャンクール
- 黒死病できごと1347年世界史 第90講「封建社会の衰退」ヨーロッパの人口の3分の1が死んだ。働き手が減って農奴の立場が上がり、封建の仕組みが緩む。
- ティムール帝国の拡大できごと1370年世界史 第68講「ティムール・サファヴィー朝(14~16世紀のイスラーム)」中央アジアから西アジア・インドまで席巻した。サマルカンドには各地から職人と学者が集められる。サマルカンド
- 朝鮮王朝の成立できごとAD1392年世界史 第178講「李氏朝鮮王朝」仏教から儒教へ国の柱を移した。この王朝が500年続く。漢陽
- 鄭和の南海遠征できごと1405年世界史 第53講「明の最盛期と衰退」七度の航海で数百隻の船団がアフリカ東岸まで達した。植民も征服もせず、朝貢の関係を結んで帰る。だが事業は打ち切られ、記録の多くも失われた。海は他者に委ねられる。南京
- イタリア・ルネサンスの盛期できごと1450年世界史 第102講「イタリアルネサンス」古典の再発見と商人の富が結びついた。人間を測るのは神ではなく人間自身、という見方が育つ。フィレンツェ

- コロンブス人物AD1451年頃 – AD1506年世界史 第99講「アメリカ大陸への到達」アジアを目指して西へ渡り、別の大陸に着いた。本人は最後までインドだと信じていた。
- コンスタンティノープル陥落できごとAD1453年5月29日世界史 第69講「オスマン帝国の成立と発展(14~16世紀のイスラーム)」オスマン帝国が1100年続いた東ローマを滅ぼした。中世の終わりの目印として使われる。コンスタンティノープル

- 応仁の乱できごと1467年日本史 第68講「応仁の乱」京都が11年焼かれ、幕府の権威が失われた。ここから100年の戦国時代に入る。京都

- マゼラン人物AD1480年頃 – AD1521年4月27日世界人物史「マゼラン」世界一周の航海を率いたが、本人はフィリピンで戦死した。船は西へ回り続けて帰り着く。
- マルティン・ルター人物AD1483年11月10日 – AD1546年2月18日世界史 第104講「ドイツの宗教改革」免罪符を問うた一修道士の文書が、印刷術に乗って西方教会を割った。聖書をドイツ語に訳す。
- スレイマン1世人物AD1494年 – AD1566年世界史 第70講「オスマン帝国の最盛期(14~16世紀のイスラーム)」オスマンの最盛期の君主。ウィーンを囲み、地中海を制し、法を整えた。
- ヴァスコ・ダ・ガマのインド航路できごとAD1498年世界史 第98講「大航海時代のはじまり」アフリカを回ってインドに着いた。地中海を通らない交易路が開き、富の流れが変わる。リスボン
- ムガル帝国の成立できごとAD1526年世界史 第26講「インドのイスラーム化、ムガル帝国の建国」バーブルが北インドを制した。以後300年、南アジアの中心となる。デリー
- エリザベス1世人物AD1533年9月7日 – AD1603年世界人物史「エリザベス1世」無敵艦隊を退け、海洋国家への道を開いた。生涯独身を通し、王朝はここで絶える。
- フランシス・ドレーク人物AD1540年頃 – AD1596年1月28日世界人物史「ドレーク」デヴォンの農家の子で、奴隷貿易から始めた。スペインの財宝船を襲い、世界を回り、カディスで「スペイン王の髭を焦がし」、アルマダで副司令官。スペインでは「エル・ドラケ」、竜。パナマ沖で赤痢で死に、鉛の棺で海に沈められた。
- カルヴァンのジュネーヴできごとAD1541年世界史 第105講「宗教改革のひろがり」長老会が市民の生活を監督する町を作った。救われる者は初めから決まっている、だから与えられた仕事に励む。その考えが商人と職人に広がる。ジュネーヴ(宗教改革期)
- ヌルハチ人物AD1559年 – AD1626年世界史 第56講「清の成立」女真の諸部をまとめ、八旗という軍と社会の単位を作り、明に七つの恨みを宣して挙兵した。その国が清になる。
- アルマダの海戦できごとAD1588年世界史 第109講「イギリスの興隆と混乱」スペインの無敵艦隊が敗れた。イングランドが海洋国家へ向かう転機になる。ティルベリー

- ナントの勅令できごとAD1598年4月13日世界史 第112講「ユグノー戦争」プロテスタントからカトリックに改宗した王が、プロテスタントに信仰と礼拝と武装した都市を認めた。36年の宗教戦争を止めた。「パリはミサに値する」。87年後、孫がこれを取り消して、20万人が国を出る。ナント

- 江戸幕府の成立できごとAD1603年日本史 第89講「江戸幕府の成立」260年続く体制が始まった。参勤交代と身分制で、戦の無い時代を長く保つ。江戸
- 三十年戦争できごと1618年世界史 第114講「三十年戦争」宗教戦争として始まり、国家どうしの戦争として終わった。ドイツでは地域によって人口が3分の1減ったとされる。プラハ

- ルイ14世人物AD1638年9月5日 – AD1715年9月1日世界人物史「ルイ14世」72年在位した。貴族をヴェルサイユに集めて宮廷に縛り、絶対王政の手本と呼ばれる形を作る。
- 鎖国の完成できごとAD1639年日本史 第98講「鎖国政策・長崎貿易」窓口を長崎の出島などに絞った。外を完全に閉じたのではなく、幕府が交易を独占した状態に近い。出島
- 清教徒革命と国王処刑できごと1642年世界史 第110講「ピューリタン革命」議会が王を裁き、公開で処刑した。王が法の上にいるという考えが、ヨーロッパの目の前で否定される。ロンドン

- 康熙帝人物AD1654年 – AD1722年世界史 第57講「清の最盛期」61年在位し、清の版図と繁栄を固めた。同じ頃ヨーロッパでは絶対王政が全盛を迎える。
- アウラングゼーブの治世できごと1658年世界史 第27講「ムガル帝国の衰退」版図は最大になり、財政と宗教政策で各地が離れた。最大に広がった時が、崩れはじめる時でもある。デリー
- ピョートル1世人物AD1672年6月9日 – AD1725年2月8日世界史 第116講「ロシアの動き」自ら西欧で造船を学び、国を強引に作り替えた。沼地に新しい首都を建てる。
- ヴェルサイユ宮殿への移座できごとAD1682年世界史 第113講「ルイ14世」貴族を宮廷に集めて日課で縛った。反乱を起こす暇を与えない仕掛けとして、絶対王政の手本になる。ヴェルサイユ
- 生類憐みの令できごとAD1687年(貞享4年)日本史 第101講「元禄時代」綱吉が、犬、鳥、魚、虫を殺すな、と何十回も出した。捨て子と病人と牛馬の遺棄の禁止から始まって、犬の殺傷は死罪、中野に犬小屋16万坪、犬10万匹。江戸の人は「犬公方」と言った。綱吉が死んだ10日後に廃止。近年は、戦国の殺す文化を変えた、と評価する人もいる。江戸
- 名誉革命と権利章典できごと1688年世界史 第111講「名誉革命」王を替え、王でも議会の同意なしには税を取れないと文書にした。立憲君主制の出発点とされる。ロンドン

- 正徳の治できごとAD1709年(宝永6年)日本史 第102講「正徳の治」6代家宣と7代家継の6年、儒者の新井白石が側用人間部詮房と政治をした。生類憐みの令の廃止、金の含有量を戻した正徳金銀、長崎貿易の制限(金銀の流出を止める)、朝鮮通信使の待遇の簡素化。8代吉宗が来て、白石は追われた。『折たく柴の記』『読史余論』『西洋紀聞』。江戸
- 享保の改革できごと1716年日本史 第111講「享保の改革」財政の立て直しを図り、洋書の輸入制限も緩めた。これが後の蘭学につながる。江戸
- 七年戦争できごと1756年世界史 第115講「プロイセンとオーストリア」ヨーロッパから北米・インドまで戦場になった。最初の世界規模の戦争と呼ばれ、英仏の勝敗が両大陸を決める。
- ワットの蒸気機関できごとAD1769年世界史 第119講「産業革命」復水器を分けて燃料を大幅に減らした。既にあった蒸気機関が、ここで工場に置ける道具になる。ロンドン
- 田沼時代できごとAD1772年(安永元年)日本史 第112講「田沼時代」足軽の子から老中になった田沼意次が、商人の株仲間を認めて運上金を取り、銅と俵物(干し鮑、ふかひれ)を専売し、印旛沼を干拓し、蝦夷地を調べさせ、南鐐二朱銀で貨幣を金本位に寄せた。賄賂と言われた。天明の飢饉、浅間山の噴火、息子意知の殿中での刺殺。1786年、失脚。松平定信が全部戻した。江戸

- レキシントン・コンコードの戦いできごとAD1775年4月19日世界史 第121講「アメリカ独立戦争」課税をめぐってイギリス本国と植民地の対立が深まるなか、1775年4月19日の夜明け、イギリス軍はボストン近郊のコンコードにある植民地側の武器を押さえに向かった。途中のレキシントンの広場で、民兵と撃ち合いになる。どちらが先に撃ったかは分かっていない。帰り道のイギリス軍は、垣根や木陰から撃つ農民たちに追われて大きな損害を出した。のちに詩人が、世界じゅうに響いた一発と詠んだ。アメリカ独立戦争は、この朝に始まった。レキシントン
- アメリカ合衆国憲法の制定できごとAD1787年9月17日世界史 第122講「合衆国憲法の制定」独立したアメリカの13の邦は、ゆるい連合を組んでいたが、中央の政府には税を取る力も軍を持つ力も無く、借金も邦どうしの争いも収められなかった。1787年夏、各邦の代表55人がフィラデルフィアに集まり、扉を閉ざして4か月話し合い、まったく新しい憲法を書いた。法を作る議会、法を行う大統領、法を裁く裁判所に力を分け、互いに抑え合わせる。下院は人口に応じて、上院は各州2人ずつ選ぶ。奴隷を人口の5分の3と数える妥協も入った。9月17日に署名され、9州の批准を経て1789年に動き出した。いまも使われている成文の憲法としては、世界で最も古い。フィラデルフィア
- 寛政の改革できごとAD1787年(天明7年)日本史 第117講「寛政の改革」白河藩主松平定信が老中首座になって、田沼の政策を戻した。棄捐令で旗本の借金を帳消し、囲米、旧里帰農令、寛政異学の禁(朱子学以外を昌平坂で教えない)、山東京伝と蔦屋重三郎の処罰、石川島の人足寄場。「白河の清きに魚のすみかねて、もとの濁りの田沼こひしき」。6年で辞めた。江戸

- フランス革命できごと1789年世界史 第124講「フランス革命②国民議会」身分制を壊し、国民が主権を持つという考えを現実にした。恐怖政治も同じ革命が生んだ。パリ

- ルイジアナ買収できごとAD1803年世界史 第141講「アメリカの拡大」1500万ドルで214万平方キロ。1エーカー3セント。アメリカの国土が一夜で倍になった。ニューオーリンズ
- ウィーン会議できごと1814年世界史 第129講「ウィーン会議」ナポレオン後の秩序を大国で決めた。この枠組みが約100年、ヨーロッパの大戦争を抑える。ウィーン
- ビスマルク人物AD1815年4月1日 – AD1898年世界人物史「ビスマルク」三つの戦争を計算ずくで使い、ドイツを統一した。統一後は一転して平和の維持に腐心する。
- ヴィクトリア女王人物AD1819年5月24日 – AD1901年1月22日世界史 第135講「19世紀イギリス後半ヴィクトリア時代」63年在位し、その名が時代の呼び名になった。この間に英国は世界の4分の1を版図に収める。
- 七月革命できごとAD1830年7月27日世界史 第131講「七月革命」シャルル10世が議会を解散し、出版を禁じ、選挙権を狭める勅令を出した。パリは3日で立った。「栄光の三日間」。バリケード。ドラクロワの『民衆を導く自由の女神』。シャルルはイギリスへ。オルレアン家のルイ・フィリップが「フランス人の王」。ブルジョワの王政。革命は、王を替えただけだった。ベルギーがオランダから独立し、ポーランドが立って潰された。パリ

- ギュルハネ勅令(タンジマート)できごとAD1839年11月3日世界史 第185講「オスマン帝国の改革」トプカプ宮殿の薔薇の園で、外相レシト・パシャが、16歳の新スルタンの名で読んだ。全臣民の生命・名誉・財産の保障、宗教を問わず法の前の平等、公正な徴税と徴兵、裁判なしの処刑の禁止。「再編成」。ヨーロッパの列強に見せるための、ヨーロッパ式の国家。1876年の憲法まで。コンスタンティノープル

- アヘン戦争できごと1840年世界史 第166講「アヘン戦争と南京条約」清が英国に敗れ、香港を割いた。この敗北の報が、日本に開国の危機感をもたらす。南京

- 天保の改革できごとAD1841年日本史 第120講「天保の改革・朝廷と雄藩の浮上」大飢饉と大塩平八郎の乱のあと、老中の水野忠邦は、幕府の立て直しを急いだ。1841年から、贅沢を厳しく禁じ、芝居小屋を町はずれに移し、物価を下げるため商人の同業の組合を解散させる。江戸に流れ込んだ農民を村へ帰らせる法も出した。だが物の流れは乱れ、物価はかえって上がる。1843年、江戸と大坂の周りの土地を幕府の直轄にしようとして、大名や旗本の猛反対に遭い、水野は失脚した。幕府は、自分の足もとの土地さえ思うようにできなくなっていた。江戸
- 1848年革命できごと1848年世界史 第132講「二月革命と第二共和政」ヨーロッパ各地で同時に蜂起が起きた。ほとんどが鎮圧されたが、旧い秩序は元には戻らなかった。パリ

- 太平天国の乱できごと1851年世界史 第168講「太平天国の乱と洋務運動」2000万人以上が死んだとされる内乱。清の衰えを決定づけた。南京

- 黒船来航できごと1853年7月8日(嘉永6年6月3日)日本史 第124講「ペリーの来航」蒸気軍艦4隻が浦賀沖に現れ、開国を迫った。200年余り続いた体制が外から揺さぶられる。浦賀

- クリミア戦争できごとAD1854年9月14日世界史 第136講「東方問題・クリミア戦争」聖地の管理権でロシアとフランスが争い、ロシアがオスマンに攻め、イギリスとフランスがオスマンについた。セヴァストポリ包囲、349日。バラクラヴァの軽騎兵の突撃。電信で新聞が戦争を伝え、写真が撮られた最初の戦争。ナイチンゲールがスクタリの病院で死亡率を42%から2%にした。死者は両方で75万人、ほとんどが病気。ロシアは負けて、農奴解放へ。ウィーン体制が終わった。セヴァストポリ

- インド大反乱できごと1857年世界史 第180講「インドの植民地化」鎮圧の後、ムガル帝国は名実ともに消え、インドは英国の直接統治下に入る。デリー

- 日米修好通商条約できごと1858年7月29日(安政5年6月19日)日本史 第125講「不平等条約の締結」勅許を待たずに調印した。関税自主権が無く領事裁判権を認める内容で、朝廷と諸藩の反発を招く。江戸
- 安政の大獄できごと1858年日本史 第127講「安政の大獄と公武合体」条約と将軍継嗣に反対した公家・大名・志士を百人以上処分した。吉田松陰もここで死ぬ。江戸
- ガリバルディの千人隊できごとAD1860年5月11日世界史 第138講「イタリアの統一」赤シャツの義勇兵1089人がジェノヴァから2隻の船でシチリアへ。マルサラに上陸し、カラタフィーミで両シチリア王国軍を破り、パレルモを取り、海峡を渡ってナポリに入った。5か月で王国を倒し、サルデーニャ王ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世に「イタリアの王」と呼んで献上して、カプレーラ島に帰った。カヴールは彼を恐れ、使い、退けた。パレルモ

- 農奴解放令できごとAD1861年3月3日世界史 第137講「ロシアの改革と露土戦争」ロシアの人口の3分の1、2300万人の農奴が、人身の自由を得た。地主の所有でなくなった。土地は、49年の年賦で買い戻す。土地は村(ミール)が持ち、農民は村から出られなかった。「上から与えなければ、下から起きる」とアレクサンドル2世は貴族に言った。買い戻し金は重く、農民は貧しいままで、1905年と1917年に立った。皇帝は1881年に爆弾で殺された。サンクトペテルブルク
- 南北戦争できごと1861年世界史 第143講「アメリカ南北戦争」奴隷制をめぐって国が二つに割れた。60万人以上が死に、合衆国は一つに戻る。ゲティスバーグ

- 薩長同盟できごと1866年3月7日(慶応2年1月21日)日本史 第129講「長州藩の孤立・薩長同盟」禁門の変で敵同士だった薩摩と長州が、坂本龍馬の仲介で手を結んだ。討幕の軸ができる。京都

- 大政奉還できごと1867年11月9日(慶応3年10月14日)日本史 第130講「大政奉還・幕末の文化」将軍が自ら政権を朝廷へ返した。武力討幕の名分を先に消す一手だったが、流れは止まらなかった。京都
- 鳥羽・伏見の戦いできごと1868年1月27日(慶応4年1月3日)日本史 第131講「戊辰戦争」戊辰戦争の始まり。錦の御旗が翻り、旧幕府軍は朝敵となった。慶喜は大坂から江戸へ退く。鳥羽・伏見(位置は特定されていない)
- スエズ運河の開通できごとAD1869年11月17日世界人物史「レセップス」ヨーロッパとアジアの距離が一気に縮まった。エジプトは建設の負債で英国の支配下に入る。スエズ運河
- パリ・コミューンできごとAD1871年3月18日世界史 第133講「第二帝政と第三共和政」普仏戦争でパリは4か月囲まれて降伏し、国民議会はプロイセンに屈した。3月18日、モンマルトルの大砲を取りに来た政府軍に、パリの国民衛兵が立った。72日。選挙、政教分離、夜のパン職人の労働禁止、女性の参加。ヴェルサイユの政府軍が5月21日に入り、1週間。「血の週間」。2万人が殺され、4万人が裁かれ、ニューカレドニアへ。「労働者の政府の最初の形」とマルクスは書いた。パリ

- ドイツ帝国の成立できごとAD1871年1月18日世界史 第139講「ドイツの統一」プロイセンがフランスを破り、ヴェルサイユ宮殿で帝国の成立を宣言した。ヨーロッパの均衡が崩れる。ヴェルサイユ
- 岩倉使節団できごと1871年日本史 第137講「明治初期の外交」政府の首脳50人が1年10か月かけて欧米12か国を回った。条約改正は果たせなかったが、何を作るべきかを見た。

- 富岡製糸場できごとAD1872年日本史 第135講「殖産興業」生糸は、開国した日本の最大の輸出品だった。だが手作業の糸は質がばらつき、外国の商人に買い叩かれる。政府は、フランスから技師と機械を招き、群馬の富岡に大きな製糸工場を建てた。1872年に動き出す。全国から士族の娘たちが工女として集められ、技術を覚えて故郷に戻り、各地の工場で教えた。赤い煉瓦の建物は、いまも残っている。のちの製糸業の繁栄は、長時間の労働に耐えた無数の女工たちによって支えられた。富岡
- 地租改正できごと1873年日本史 第134講「地租改正」収穫高ではなく地価の3%を現金で納める形にした。国家の収入が安定し、農民の負担は重くなる。
- 民撰議院設立建白書できごと1874年日本史 第138講「新政府への抵抗・自由民権運動の始まり」藩閥の専制を批判し、議会の開設を求めた。自由民権運動の始まり。江戸

- ケマル・アタテュルク人物AD1881年頃 – AD1938年11月10日世界人物史「ムスタファ=ケマル」解体寸前の帝国からトルコ共和国を作った。文字をラテン字に替え、暦も服装も法も入れ替える。
- アフリカ分割できごと1884年世界史 第147講「列強のアフリカ分割」ベルリン会議を機に、ヨーロッパ諸国がアフリカをほぼ全域分け取りした。境界は現在も残る。
- インド国民会議の創立できごとAD1885年世界史 第181講「インドの民族運動の形成」英国人の元官僚が呼びかけて始まった。当初は請願を行う穏健な団体で、独立を掲げていない。それが50年で、帝国を退かせる組織になる。ムンバイ
- 大日本帝国憲法の発布できごと1889年2月11日(明治22年2月11日)日本史 第142講「大日本帝国憲法の制定」アジアで最初の近代的な成文憲法。天皇が定めて国民に与える形をとり、議会には限られた権限が置かれた。江戸

- 日清戦争できごと1894年世界史 第169講「日清戦争」朝鮮をめぐって清と戦い、勝った。東アジアの序列が入れ替わり、日本は台湾を得る。

- 米西戦争できごとAD1898年世界史 第149講「アメリカの帝国主義」スペインからの独立を求めるキューバの戦いが続いていた。1898年2月、ハバナの港でアメリカの軍艦メイン号が爆発して沈む。原因ははっきりしなかったが、アメリカの大衆紙はスペインの仕業だと煽り立てた。四月に始まった戦争は、四か月足らずでアメリカが勝つ。スペインはキューバを手放し、プエルトリコとグアムとフィリピンをアメリカに譲った。独立を助けるはずの戦争で、アメリカは海の向こうに植民地を持つ国になった。ハバナ
- 義和団の乱できごとAD1900年世界史 第171講「変法運動と義和団の乱」外国の宣教師と鉄道と商品が入り込み、干ばつが続く華北の農村で、武術の結社・義和団が、清を助け外国を滅ぼせと唱えて広がった。1900年、彼らは北京に入り、清の朝廷もこれに乗って列国に宣戦する。外国の公使館は二か月近く包囲された。日本を含む八か国の連合軍が北京を占領し、翌年の議定書で清は巨額の賠償金を課され、外国軍が北京に駐留することになった。清の権威は地に落ち、十一年後の辛亥革命へ向かっていく。北京
- 日露戦争できごと1904年日本史 第150講「日英同盟と日露戦争」大国ロシアに辛勝した。国力は限界で、賠償金の無い講和に国内は暴動で応えた。

- 血の日曜日事件できごとAD1905年1月22日世界史 第148講「第1次ロシア革命」司祭ガポンが率いる労働者と家族が、皇帝の肖像とイコンを掲げ、賛美歌を歌いながら、冬宮へ請願に行った。8時間労働、憲法制定議会、日本との戦争の終結。皇帝はいなかった。軍が撃った。公式には130人、実際は1000人以上。「皇帝が我々を守る」という信仰が、その日に消えた。1905年の革命、10月詔書、ドゥーマ。12年後の本番の予行。サンクトペテルブルク
- 辛亥革命できごとAD1911年10月10日世界史 第172講「辛亥革命」2000年続いた皇帝の制度が終わった。ただし共和国はすぐに軍閥に割られ、統一までさらに時間がかかる。武昌

- 大正政変できごとAD1913年日本史 第156講「大正政変」明治の元老に推された軍人出身の桂太郎が、三度目の首相になると、藩閥が政治を独り占めしていると非難の声が上がった。憲政を守れ、閥族を倒せ、と唱える運動が起き、1913年2月、数万の民衆が議事堂を取り囲む。新聞社や交番が焼き討ちされた。桂内閣は発足から二か月足らずで総辞職する。民衆の運動が内閣を倒した初めての例で、政党が政治の中心になっていく大正の時代の始まりを告げた。東京
- 第一次世界大戦できごと1914年世界史 第152講「第一次世界大戦」サラエヴォの一発から、同盟の連鎖で世界が巻き込まれた。塹壕と機関銃と毒ガスで1000万人が死ぬ。サラエヴォ

- 二月革命(ロシア)できごとAD1917年3月8日(露暦2月23日)世界史 第153講「ロシア革命」国際女性デーにペトログラードの女工がパンを求めて出た。5日で守備隊が加わった。皇帝は列車の中で退位した。300年のロマノフ朝が1週間で終わった。臨時政府とソヴィエトが並び、戦争は続いた。8か月後、レーニン。サンクトペテルブルク

- 五四運動できごとAD1919年5月4日世界史 第173講「文学革命」パリ講和会議が、ドイツの山東の権益を日本に渡した。北京の学生3000人が天安門に集まり、親日派の曹汝霖の家を焼いた。逮捕、ストライキ、上海の商人の休業、日本製品の不買。政府は調印を拒んだ。新文化運動(『新青年』、陳独秀、胡適、魯迅、白話文)が政治になった。李大釗と陳独秀がマルクスを読み、1921年、共産党。北京

- 国際連盟の発足できごとAD1920年1月10日世界史 第155講「ヴェルサイユ体制と国際連盟の成立」第一次世界大戦のあと、二度と戦争を起こさないために、国々が集まって争いを話し合いで解く常設の組織が作られた。1920年1月10日、ジュネーヴに本部を置いて国際連盟が発足する。提唱したのはアメリカの大統領ウィルソンだったが、アメリカの議会は加盟を認めなかった。日本は常任の理事国となり、新渡戸稲造が事務次長を務めた。難民や衛生や労働の分野では成果を残したが、大国の侵略を止める力は無かった。その反省から国際連合が作られる。ジュネーヴ
- ローマ進軍できごとAD1922年10月28日世界史 第160講「ファシズム」第一次世界大戦のあと、イタリアでは物価が上がり、工場の占拠やストライキが続いた。ムッソリーニの率いる黒シャツ隊は、社会主義者を暴力で襲い、秩序を守る者として地主や経営者の支持を集める。1922年10月28日、彼らはローマへ向けて行進を始めた。軍で鎮めることはできたが、国王は戒厳令への署名を拒み、ムッソリーニを首相に任じる。暴力の威しが、合法の手続きで権力に変わった。ファシズムが国を握った最初の例である。ローマ
- トルコ共和国の成立できごとAD1923年10月29日世界史 第186講「トルコ革命」解体された帝国の跡に共和国が立った。文字をラテン字に替え、暦も法も服装も入れ替える。アンカラ
- 普通選挙法できごとAD1925年(大正14年)日本史 第161講「第二次護憲運動と普通選挙法」日本で最初の選挙に投票できたのは、高額の税を納める男だけで、人口の一パーセントほどだった。財産の条件は少しずつ下げられ、1925年、二十五歳以上のすべての男に選挙権が与えられる。有権者は四倍に増えた。ただし女性は含まれない。そして同じ議会が、同じ年に治安維持法を通している。参加を広げる一方で、体制を変えようとする考えそのものを取り締まる仕組みを用意した。広げることと、締めることが、同時に行われた。女性が投票するのは、敗戦後の1946年になる。東京
- 金融恐慌できごとAD1927年日本史 第164講「金融恐慌」第一次世界大戦のあとの不況と震災で、銀行は返ってこない貸し出しを抱えていた。1927年3月、議会で大蔵大臣が、まだ営業していた銀行を破綻したと口を滑らせる。預金者が銀行に押し寄せて金を引き出す取り付け騒ぎが広がり、多くの銀行が店を閉めた。高橋是清が大蔵大臣に就くと、三週間の支払い猶予を命じ、裏が白いままの紙幣を急いで刷って銀行の店頭に積ませ、騒ぎを鎮めた。中小の銀行が消え、大銀行に預金が集まった。東京
- 世界恐慌できごと1929年世界史 第158講「アメリカの繁栄と世界恐慌」ニューヨークの株価暴落が世界へ波及した。各国がブロック経済に閉じ、対立が深まる。ワシントンD.C.

- 塩の行進できごと1930年世界史 第182講「戦間期のインド・ガンジーの登場」塩の専売に抗い、380kmを24日かけて歩いた。誰でも真似できる不服従が、帝国を揺さぶる。ダンディ

- 昭和恐慌できごとAD1930年日本史 第166講「金解禁と昭和恐慌」1930年1月、政府は金の輸出を解禁し、為替を戦前の相場に戻した。その直後、アメリカから始まった大恐慌が世界に広がる。輸出は激減し、生糸の値が暴落し、翌年には東北を冷害が襲った。農村では、弁当を持って来られない子どもが増え、娘を売る家まで現れた。都市では失業者があふれる。政党と財閥への怒りは、青年将校や右翼の暴力に向かい、五・一五事件へとつながっていった。仙台
- 満洲事変できごとAD1931年9月18日世界史 第175講「満州事変と第二次国共合作」関東軍が自ら鉄道を爆破し、それを口実に満洲を占領した。日本が国際連盟を脱退する契機になる。北京

- スペイン内戦できごとAD1936年7月17日世界史 第161講「枢軸の形成・スペイン内戦」1936年、左派の人民戦線が選挙で勝つと、7月17日、モロッコのスペイン軍が反乱を起こし、フランコ将軍が率いる内戦になった。ドイツとイタリアが反乱側に兵器と部隊を送り、ソ連が共和国側を助けた。イギリスとフランスは干渉しないとして手を引く。世界から、ファシズムと戦うために義勇兵が集まった。1939年4月、フランコが勝ち、独裁は彼が死ぬ1975年まで続く。この戦争は、次の大戦の新兵器と戦い方の試し場にもなった。マドリード
- 独ソ戦の始まりできごとAD1941年6月22日世界史 第163講「独ソ戦と太平洋戦争」二年前に互いに攻めないと約束していたドイツが、1941年6月22日の未明、三百万を超える兵でソ連に攻め込んだ。スターリンは警告を信じず、国境の部隊は不意を突かれる。ドイツ軍は数か月でモスクワの手前まで迫ったが、冬と抵抗に阻まれた。この戦争は、スラヴの人びとを滅ぼし、土地を奪うための絶滅の戦争として戦われた。ソ連の死者は兵と市民を合わせて二千数百万人に上るとされ、第二次世界大戦の死者の最も大きな部分を占める。ブレスト・リトフスク
- 国際連合の成立できごとAD1945年10月24日世界史 第188講「戦後の国際秩序」二度の大戦を経て、戦争を防ぐ枠組みが作られた。安保理の拒否権が、その限界も最初から抱え込む。ジュネーヴ
- 「鉄のカーテン」演説できごとAD1946年3月5日世界史 第189講「冷戦の始まり」チャーチルがヨーロッパを分ける線を名づけた。冷戦という言葉が現実になっていく。フルトン

- ベルリン封鎖できごと1948年世界史 第190講「ドイツの東西分裂」ソ連が西ベルリンへの陸路を絶ち、西側は空輸で1年支えた。撃ち合わずに競う戦い方が始まる。ベルリン

- イスラエルの建国できごとAD1948年5月14日世界史 第197講「パレスチナ問題のはじまり」イギリスの委任統治が終わる前日の1948年5月14日、ダヴィド・ベン=グリオンがテルアビブでイスラエルの独立を宣言した。ホロコーストを生き延びたユダヤ人にとって、ようやく持てた自分たちの国である。翌日、周りのアラブの国々が攻め込み、戦争になる。戦いのなかで、七十万人ほどのパレスチナのアラブ人が故郷を逃れ、あるいは追われた。彼らはこれをナクバ、大災厄と呼ぶ。同じ一日が、一方には独立の日、もう一方には追放の日として記憶されている。テルアビブ
- 中華人民共和国の成立できごとAD1949年10月1日世界史 第176講「中華人民共和国」内戦に勝った共産党が建国した。東アジアの構図が塗り替わる。北京
- 朝鮮戦争できごと1950年世界史 第191講「朝鮮戦争」冷戦が実際の戦争になった最初の場。休戦のまま、いまも終わっていない。楽浪郡(位置は特定されていない)

- ベトナム戦争できごと1955年世界史 第194講「ベトナム戦争とプラハの春」大国が撤退に追い込まれた。テレビが戦場を茶の間に届け、世論が戦争を左右するようになる。白藤江(位置は特定されていない)

- バンドン会議できごとAD1955年世界史 第199講「戦後のアジア・アフリカ」アジア・アフリカ29か国が集まり、どちらの陣営にも付かないと宣言した。第三世界という言葉が力を持つ。バンドン

- フルシチョフの秘密報告できごとAD1956年2月25日世界史 第192講「雪どけ」第20回党大会の最終日、深夜、外国の代表を外して4時間。「個人崇拝」。粛清、拷問、追放、戦争の失敗。レーニンの遺言。代表は泣き、気絶した。「秘密」は3か月でCIAが手に入れて新聞に載った。ポーランドとハンガリーが動いた。中国が怒った。モスクワ
- キューバ危機できごとAD1962年世界史 第193講「スプートニク=ショックとキューバ危機」核戦争に最も近づいた13日間。以後、米ソは直通回線を引く。ワシントンD.C.

- 第四次中東戦争できごとAD1973年10月6日世界史 第198講「第3次・第4次中東戦争」1973年10月6日、ユダヤ教の最も神聖な贖罪の日に、エジプトとシリアが同時に攻め込んだ。エジプト軍は放水で砂の堤防を崩してスエズ運河を渡り、イスラエルの防衛線を破る。イスラエルは立て直して押し返したが、不敗の神話は崩れた。アラブの産油国は、イスラエルを支える国への石油の輸出を絞り、値段を四倍に上げる。石油危機が世界を揺らした。戦争で面目を取り戻したエジプトは、数年後にイスラエルと和平を結ぶ。スエズ運河
重なっているストーリー
同じできごとや人物を含む物語です。何件を共有しているかを添えました。
主権はだれのものか35件を共有 / 王が決めるのか、議会が決めるのか、国民が決めるのか。800年かけて答えが動いた。コテンラジオで聞く歴史28件を共有 / ポッドキャスト「コテンラジオ」が取り上げた人物とできごと。ここに並ぶ項目には、その回の動画が付いている。中国の王朝22件を共有 / 殷から清まで3000年。王朝は替わっても、同じ型で替わり続けた。武士の700年20件を共有 / 地方の武装集団が政権を取り、そして自ら身分ごと消えるまで。帝国と独立14件を共有 / 数十年で世界の大半が数か国のものになり、また数十年で戻った。日本の古代14件を共有 / 中国の史書にだけ名が残る王たちから、律令の国家ができるまで。手本は常に大陸にあった。イスラム世界13件を共有 / 一世紀でイベリアからインダスまで。学問を受け継ぎ、育て、そして西へ返した。二つの大戦12件を共有 / 一発の銃声から31年。二つの戦争は別々ではなく、前者の終わらせ方が後者を呼んだ。中田敦彦のYouTube大学で学ぶ歴史12件を共有 / 「中田敦彦のYouTube大学」が講義した世界史・日本史・偉人伝の人物とできごと。ここに並ぶ項目には、その回の動画が付いている。女性の権利10件を共有 / 人口の半分が、参政権を得るまでに文明の歴史のほとんどを要した。『サピエンス全史』で読む歴史10件を共有 / ハラリが人類史を三つの革命で切った本。その筋に沿って、このデータベースの項目を並べ直す。『世界史』(マクニール)で読む歴史10件を共有 / 文明どうしが接触し、借り、競い合うことで歴史が動く。世界を一つの物語として書いた最初の教科書。明治9件を共有 / 藩を消し、身分を消し、40年で列強と戦えるところまで作り替えた。その代償も含めて。冷戦9件を共有 / 撃ち合わずに40年競った。ただし代理の戦場では、実際に人が死に続けた。都市の歴史9件を共有 / 人が密集して住むという異常な選択が、文明のほとんどを生んだ。考えることの歴史9件を共有 / 同じ数百年のあいだに、ギリシアでも中国でもインドでも、人が根本から考え直した。キリスト教のひろがり8件を共有 / 迫害される小集団が、300年で帝国の宗教になり、そこから何度も割れながら世界へ出ていった。『国家はなぜ衰退するのか』で読む歴史8件を共有 / 国境をひとつ挟んで豊かさが違うのは、地理でも文化でもなく制度のせいだ、という本。2024年のノーベル経済学賞の元になった。戦争と平和の歴史8件を共有 / 戦争を無くせなかった人類が、それでも戦争を縛り、減らし、裁こうとしてきた工夫の歴史。法と裁判の歴史8件を共有 / 力の強い者の思いのままだった裁きを、書かれた法と手続きで縛ってきた歴史。幕末7件を共有 / 黒船が来てから15年で、700年近く続いた武家政権が終わった。大航海時代7件を共有 / 海が壁ではなく道になった。二つの大陸が結ばれ、世界がひとつの市場になっていく。文明のはじまり7件を共有 / 農耕も都市も文字も、離れた場所で別々に始まった。そして始まった順序は、思っているのと違う。技術と産業6件を共有 / 道具が人を変え、その人がまた道具を作った。速さが加速していく話。交易路とお金6件を共有 / 運ぶ/両替する/貸す。人と物が動くところには、いつも同じ仕組みが生えてくる。『ローマ人の物語』で読むローマ6件を共有 / 塩野七生が15年かけて15巻で書いた、建国から西の帝国の終わりまで。このデータベースの第一期と同じ範囲になる。『暴力と不平等の人類史』で読む格差6件を共有 / 格差を大きく縮めたのは、改革ではなく破局だった。戦争、革命、国家の崩壊、疫病の四つしかない、という本。ローマ人の物語5件を共有 / ラティウムの一都市が地中海全域を呑み込み、そして西半分が消えるまでの1200年。宗教改革と科学革命5件を共有 / 教会が独占していた「何が正しいか」の答えが、聖書と観測に明け渡されるまで。インドと仏教5件を共有 / 一人の王子が始めた問いが、アショーカ王に拾われ、玄奘に運ばれ、東アジアへ届くまで。草原の帝国5件を共有 / 匈奴からジュンガルまで、2500年のあいだ農耕世界の北にいた人たちの側から歴史を並べる。東ローマ千年5件を共有 / ローマの西半分が消えたあと、東半分は1000年続いた。その中身をローマの続きとして並べる。誰が書き残したか5件を共有 / 残っているものが全部ではない。誰の筆によるかで、同じ出来事が違って見える。『ローマ帝国衰亡史』で読むローマ5件を共有 / ギボンが1776年に出しはじめた、トラヤヌスからコンスタンティノープル陥落までの1300年。「なぜ滅びたか」を問う型はここで作られた。『暴力の人類史』で読む歴史5件を共有 / 人が人を殺す率は、狩猟採集の時代から今まで、長い目で見ればずっと下がってきた、という本。反論も多い。『近代世界システム』で読む歴史5件を共有 / 国ごとの発展を比べるのをやめる。16世紀からずっと、世界は一つの分業の仕組みとして動いてきた、という本。海の歴史5件を共有 / 海は人と物と病と戦争を運び、人はその海を測り、守り、汚してきた。感染症と人類4件を共有 / 人が動くほど病も動いた。文明の広がりと感染の広がりは、同じ地図の上にある。探検と発見4件を共有 / 地平線の向こうに何があるかを、確かめに行った人たちの記録。民族移動の時代4件を共有 / 4〜6世紀、ユーラシアの東西で同時に人が動いた。ローマだけの話ではない。『銃・病原菌・鉄』で読む歴史4件を共有 / なぜ征服したのがスペイン人で、されたのがインカだったのか。ダイアモンドは答えを人ではなく大陸の形に求めた。『繁栄』で読む歴史4件を共有 / 人類が豊かになったのは交換のおかげで、悲観する理由はいつも外れてきた、という本。反論側も付けてある。『想像の共同体』で読む歴史4件を共有 / 国民とは、会ったこともない人を同じ仲間だと思える想像力のことだ、という本。お金の歴史4件を共有 / 金属の塊が、紙になり、数字になった。お金が成り立っているのは、皆が信じているあいだだけになる。古代オリエント3件を共有 / 文字も法も都市も、まずここで生まれた。そして次々に主が入れ替わる2500年。朝鮮半島3件を共有 / 大陸と島国のあいだで、独自の文字と技術を育てた1300年。『大分岐』で読む歴史3件を共有 / 1800年まで、長江下流とイングランドは同じくらい豊かだった。分かれたのは石炭と植民地のせいだ、という本。『オリエンタリズム』で読む歴史3件を共有 / 西洋が「東洋」について語ってきたことは、東洋についての知識ではなく、西洋についての物語だった、という本。『負債論』で読む歴史3件を共有 / お金は物々交換の不便から生まれた、という話は史料に無い。先にあったのは借りのほうだ、という本。『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』で読む歴史3件を共有 / 資本主義を生んだのは強欲ではなく、救われているか分からない不安だった、という100年前の論文。『ヨーロッパ覇権以前』で読む13世紀3件を共有 / 1250年から1350年まで、世界はすでに一つにつながっていた。ただし中心はヨーロッパではなかった。『地中海』で読む歴史3件を共有 / 歴史には三つの速さがある。ほとんど動かない時間、ゆっくり動く時間、そして事件。捕虜収容所で書かれた本。『中世の秋』で読む中世の終わり3件を共有 / ルネサンスの前夜ではなく、中世そのものの終わり方。過剰な儀礼と、死への執着に覆われた14〜15世紀。働くことの歴史3件を共有 / 一日八時間、週に五日。その区切りは、二百年かけて争って手に入れたものになる。中華の統一2件を共有 / 殷を倒した周から、初めて中国をひとつにした秦まで。800年かけて「天下」という考えが育つ。接触前のアメリカ2件を共有 / 旧大陸と行き来のないまま、農耕も都市も国家も別々に生まれた。3000年ぶんの、独立した実験。表現の歴史2件を共有 / 書いた人、描いた人、作った人。政治と戦争のあいだに、ずっと別の営みがあった。ペルシア戦争2件を共有 / 当時最大の帝国に、都市国家の寄り合いが勝った。ギリシアが自分たちを語りはじめる。『疫病と世界史』で読む歴史2件を共有 / 歴史を動かしたのは王でも思想でもなく、目に見えない微生物だった、と最初に言い切った本。『万物の黎明』で読む歴史2件を共有 / 狩猟採集から農耕へ、村から都市へ、そして国家へ。その一本道の筋書きそのものが間違いだ、という本。『日本の歴史をよみなおす』で読む日本2件を共有 / 日本は農業の国で、百姓は農民だった。その前提を、史料の側から崩した本。『反穀物の人類史』で読む歴史2件を共有 / 人が穀物を育てたのではなく、穀物と国家が人を囲い込んだ。最初の国家は、なぜ壁の内側に人を閉じ込めたのか。『アラブが見た十字軍』で読む十字軍2件を共有 / 同じ200年を、襲われた側の年代記だけで書き直した本。彼らはそれを「フランク人の襲来」と呼んだ。『菊と刀』で読む日本2件を共有 / 一度も日本へ行かないまま、戦時中のアメリカで書かれた日本人論。読み継がれ、批判され続けている。『イタリア・ルネサンスの文化』で読むルネサンス2件を共有 / 「ルネサンス」という時代の像そのものを作った本。150年たっても、まだその像の中にいる。『交易の世界史』で読む物の流れ2件を共有 / シュメールの銅から現代のコンテナまで。人が物を遠くへ運ぶために、何をしてきたか。『リオリエント』で読む世界経済2件を共有 / 1800年まで、世界経済の中心はアジアだった。ヨーロッパは、その列に遅れて並んだ客にすぎない。『歴史序説』で読む王朝の寿命2件を共有 / 14世紀の北アフリカで、社会には法則があると考えた人がいた。王朝はなぜ三代で衰えるのか。差別の歴史2件を共有 / 線を引いて内と外を分ける。理屈は、たいてい後から付けられた。支え合いの歴史2件を共有 / 働けなくなった人を、誰が支えるのか。家族か、宗教か、国か。答えは何度も入れ替わってきた。老いと死の歴史2件を共有 / どう老い、どう死に、どう弔うか。いちばん私的に見えることが、いちばん制度に支えられている。近代と宗教2件を共有 / 科学と国家と世俗化の時代に、信仰は消えるどころか、形を変えて燃え上がり続けた。アレクサンドロスの東方遠征1件を共有 / 20歳で王になった男が、11年でギリシアからインダス川まで到達した。そして32歳で死ぬ。共和政の終わり1件を共有 / 500年続いた仕組みが、なぜ一人の男に明け渡されたのか。三国志1件を共有 / 400年続いた漢が壊れ、三つに割れ、そしてまた一つに戻るまでの約100年。ヴァイキング1件を共有 / 襲撃者として現れ、交易者になり、入植者になった。北アメリカにも、ロシアにも、イングランドにも痕跡がある。確かめるという方法1件を共有 / 偉い人がそう言ったから、をやめた話。誰が最初かは、思っているほどはっきりしない。『1491』『1493』で読む新大陸1件を共有 / コロンブス以前のアメリカは人の少ない原野ではなかった。以後の世界は、生き物の大移動でできている。『大転換』で読む歴史1件を共有 / 市場はずっと社会の一部だった。それが逆転して、社会のほうが市場に合わせはじめた19世紀に何が起きたか。『歴史とは何か』で読む歴史の読み方1件を共有 / 事実は自分では語らない。誰がどれを選んだかが、そのまま歴史になる。この年表そのものへの問いかけ。『中国の科学と文明』で読む技術の歴史1件を共有 / 中国には長い科学技術の蓄積があった。では、なぜ近代科学はそこで生まれなかったのか。『モンタイユー』で読む中世の村1件を共有 / ピレネーの村人200人が、異端審問で一人ずつ尋問された。その調書から、村の暮らしが丸ごと出てくる。『応仁の乱』で読む日本の転換点1件を共有 / 主役がいない。勝者もいない。11年戦って何も決まらなかった戦乱を、二人の僧の日記から追う。『昨日までの世界』で読む伝統社会1件を共有 / 国家のない社会は、争いも子育ても老いも、私たちと違うやり方で扱ってきた。何を学べるか。『武士の家計簿』で読む幕末1件を共有 / 加賀藩の会計係の家が、37年つけた家計簿が見つかった。武士は、思われているよりずっと借金に苦しんでいた。『史記』で読む中国1件を共有 / 2000年前に、一人の男が3000年ぶんを書いた。宮刑を受けてなお書き続け、以後の中国の歴史書の型になった。教育の歴史1件を共有 / 子どもが学校へ行くのが当たり前になったのは、ごく最近になる。誰が、誰に、何のために教えてきたか。交通と旅の歴史1件を共有 / 人が速く遠くへ動けるようになるたびに、世界は狭くなり、旅は一部の人の冒険から誰もの楽しみになった。言葉と文字の歴史1件を共有 / 話す言葉を書き留める文字が生まれ、印刷と国家と機械が、言葉を広め、整え、ときに奪ってきた。