『チーズとうじ虫』で読む一人の宇宙

概要
16世紀の村の粉挽きが、世界は腐ったチーズから生まれたと語った。裁判の記録から、一人の頭の中を復元する。
この物語について
歴史に名前の残らなかった人は、何を考えていたのか。王や学者ではなく、村の粉挽きの頭の中を、400年後に知ることはできるのか。
『チーズとうじ虫』(カルロ・ギンズブルグ、1976年、日本語版1984年)は、北イタリアの村の粉挽き、メノッキオ一人を追った本になる。著者は1939年、トリノに生まれた。母は作家のナタリア・ギンズブルグ、父は反ファシズムの運動家で、著者が4歳のとき、ナチスに占領されたローマの監獄で死んでいる。最初の本では、16世紀のフリウリ地方で、夜に魂が抜け出して魔女と戦うと語った農民たちを、異端審問の記録から掘り起こした。この本は、同じ地方の、同じ種類の記録から生まれた。
メノッキオ(ドメニコ・スカンデッラ)、本名ドメニコ・スカンデッラは、1532年、ヴェネツィア共和国の北東の端、フリウリの山あいの村モンテレアーレに生まれた。粉挽きを営み、11人の子をもうけ、村の長を務めたこともある。読み書きができ、村の誰とでも話した。粉挽き場は、村人が粉を待つあいだに話し込む場所でもあった。そこで彼は、自分の考えを隠さずに語った。
彼は語った。世界のはじめは混沌で、土も空気も水も火も混ざり合っていた。それは乳からチーズができるように固まり、そこから蛆虫が湧くように天使が現れた。その天使たちの中に神もいた。神は、はじめからいた創造主ではなく、混沌から生まれたものの一つだった。
1583年、村の司祭の訴えで、異端審問が始まった。メノッキオの異端審問である。尋問は何度も行われ、記録係はその言葉を一つ残らず書き取った。彼は逃げも隠れもせず、むしろ話したがった。キリストは人間として生まれた、聖母は処女ではなかった、洗礼も聖餐も聖職者の商売にすぎない、教会がラテン語を使うのは貧しい者に分からせないためだ。そして、自分は教皇や王の前でも同じことを言いたい、とまで述べた。

彼の言葉には、怒りも混じっていた。司祭たちは貧しい者から取り立てるばかりだ、教会の財産は貧しい者に分けられるべきだ。審問の中で彼は、新しい世界と新しい生き方を望んでいる、とも語っている。神学の議論の形を借りながら、そこにあったのは、村で暮らす者の、暮らしを変えたいという願いだった。
なぜ村の粉挽きが、こんなことを考えたのか。審問官は、彼が読んだ本を尋ねた。メノッキオは挙げていく。イタリア語の聖書、聖書の物語をやさしく書き直した本、聖人伝、マンデヴィルの東方旅行記、ボッカッチョの『デカメロン』。どれも特別な禁書ではない。それが読めたのは、1世紀前に始まったグーテンベルクの活版印刷の活版印刷のおかげだった。本は安くなり、村の粉挽きの手にも届いた。そして1517年の95か条の論題から始まった宗教改革の議論は、うわさとして村にまで届いていた。教会の権威を疑ってよい、聖書は自分で読んでよい、という空気である。

ギンズブルグが注目したのは、何を読んだかより、どう読んだかだった。マンデヴィルの旅行記に、遠い国の人びとが違う神を拝みながら善く暮らしている話があれば、メノッキオはそこから、どの宗教にも正しさがある、という結論を引き出した。書かれた言葉は、彼の頭の中で、村に古くから口伝えで残ってきた考え方と混ざり合い、別のものになった。著者は、文字に書かれた上の文化と、農民の口伝えの文化とが、互いに流れ込み合っていたと考えた。チーズと蛆虫の宇宙は、その混ざり合いが一人の頭の中で生んだものだった。
宗教の違いについて問われたとき、メノッキオは『デカメロン』にある三つの指輪の話を持ち出した。父が三人の息子に見分けのつかない指輪を一つずつ遺し、誰が本物を持っているかは分からない。ユダヤ教もキリスト教もイスラームも、それと同じだ、というのである。物語の中の寓話が、村の粉挽きの口から、異端審問官の前での信仰告白になった。
著者は、チーズから生き物が生まれるという像に、もっと古い根を探した。乳をかき回して世界ができるという神話は、インドなど遠く離れた土地の古い伝承にもある。ヨーロッパの農民の間に、文字に書かれない、古い唯物論のような宇宙観が受け継がれていたのではないか、と著者は考えた。この推測は大胆すぎるとして、のちに多くの批判を受けている。
最初の審問で、メノッキオは考えを捨てると誓わされ、牢に入れられた。2年ほどで病と悔い改めを理由に出され、悔悛者の衣を着て村に戻った。だが、彼は黙らなかった。15年後、ふたたび訴えられる。1599年、二度目の審問のあと、ローマからの強い指示で処刑された。火刑だったとされる。ほぼ同じ頃、ローマでは哲学者ジョルダーノ・ブルーノが裁かれ、1600年に火あぶりにされている。学者の異端と、村の粉挽きの異端が、同じ制度に裁かれた。宗教改革に対抗して1545年から開かれたトレント公会議のあと、カトリックの教会は教えの線を引き直し、その線の外に出る者に厳しくなっていた。
同じ制度は、やがて天文学者も裁く。1633年のガリレオの異端審問で、ガリレオ・ガリレイは地球が動くという説を捨てると誓わされた。メノッキオもガリレオも、自分で読み、自分で考えたことを口にして裁かれた。違うのは、一人は名を残し、一人は記録の中にだけ残ったことになる。

著者はこの記録を、別の調べものをしていた若い頃に、文書館で偶然見つけたと書いている。いつか戻ってくるつもりで裁判の番号を書き留め、十数年後に本にした。二度の審問の記録は合わせて数百頁になり、そのほかに、メノッキオが獄中で書いた手紙まで残っていた。
この本が新しかったのは、対象より方法になる。普通なら記録に残らない人間が、たまたま裁判にかけられたために、大量の言葉を残した。その言葉から、印刷された本と、村の口伝えの文化が、一人の頭の中でどう混ざったかを読む。小さな対象を顕微鏡のように細かく調べ、そこから大きな社会を照らす方法は、微視の歴史(ミクロストリア)と呼ばれ、この本はその最も知られた例になった。著者はのちに、医者が症状から病を、探偵が小さな手がかりから犯人を推し量るように、歴史家も見落とされた細部から全体を推し量るのだ、と論じている。
この本は多くの言葉に訳され、歴史の専門家でない読者にも広く読まれた。イタリアでは1980年代に、同じ方法の研究を集めた叢書が刊行され、村や家族や一つの事件を細かく追う研究が次々に出た。
批判もある。メノッキオはあまりに特異な人物で、彼から農民の文化一般を語ることはできない、という指摘がある。審問官の問いに答えた言葉は、審問官の枠組みで引き出されたもので、そのまま本人の考えとは言えない、という声もある。著者自身、序文でこうした難しさを認めたうえで、それでも記録の割れ目から、普通なら聞こえない声を聞き取ろうとした。
この物語は、本が扱った時代の条件を並べたものになる。本文は写していない。同じ年表に、王と戦争の項目が数百件ある。その隣に、名前しか残らなかったはずの粉挽きが一人いる。彼を記録に残したのは、彼を裁いた側だった。歴史を誰が書き残したかという問いは、物語物語「誰が書き残したか」にもつながっている。
動画(1)
この物語が起きた場所
筋(6)
年代順に並べてあります。役どころが書いてあるものは、なぜこの物語に含まれるかを添えました。
- グーテンベルクの活版印刷できごとAD1455年頃村の粉挽きが本を読めた、という条件書物が手写しから機械の複製になった。考えが広がる速さが根本から変わる。

- 95か条の論題できごとAD1517年10月31日宗教改革が村まで届いたルターの問いかけが印刷術に乗って広がり、西方教会が割れた。宗教改革の始まり。ヴィッテンベルク

- メノッキオ(ドメニコ・スカンデッラ)人物AD1532年 – AD1599年粉挽き北イタリアの村の粉挽き。世界は腐ったチーズから生まれ、天使は蛆虫のように湧いたと語り、二度の異端審問のすえ火刑になった。
- ガリレオ・ガリレイ人物AD1564年2月15日 – AD1642年1月8日望遠鏡を空へ向け、観測で世界を確かめる方法を示した。異端審問で説の撤回を強いられる。
- メノッキオの異端審問できごと1584年全篇村の粉挽きが、世界は腐ったチーズから生まれたと語った。本を読み、自分で考え直した男の宇宙論が、審問の記録に残った。二度目の審問のあと火刑になる。フリウリ(モンテレアーレ)
- ガリレオの異端審問できごとAD1633年同じ制度が裁いた、別の裁判観測から出た結論を、教義の名で撤回させられた。それでも地球は動く、と伝えられる。ローマ

重なっているストーリー
同じできごとや人物を含む物語です。何件を共有しているかを添えました。
宗教改革と科学革命4件を共有 / 教会が独占していた「何が正しいか」の答えが、聖書と観測に明け渡されるまで。技術と産業2件を共有 / 道具が人を変え、その人がまた道具を作った。速さが加速していく話。キリスト教のひろがり2件を共有 / 迫害される小集団が、300年で帝国の宗教になり、そこから何度も割れながら世界へ出ていった。誰が書き残したか2件を共有 / 残っているものが全部ではない。誰の筆によるかで、同じ出来事が違って見える。『サピエンス全史』で読む歴史2件を共有 / ハラリが人類史を三つの革命で切った本。その筋に沿って、このデータベースの項目を並べ直す。『想像の共同体』で読む歴史2件を共有 / 国民とは、会ったこともない人を同じ仲間だと思える想像力のことだ、という本。『イタリア・ルネサンスの文化』で読むルネサンス2件を共有 / 「ルネサンス」という時代の像そのものを作った本。150年たっても、まだその像の中にいる。メディアの歴史2件を共有 / 誰が、どれだけ速く、何人に届けられるか。その力を誰が握るかをめぐる歴史になる。表現の歴史1件を共有 / 書いた人、描いた人、作った人。政治と戦争のあいだに、ずっと別の営みがあった。コテンラジオで聞く歴史1件を共有 / ポッドキャスト「コテンラジオ」が取り上げた人物とできごと。ここに並ぶ項目には、その回の動画が付いている。確かめるという方法1件を共有 / 偉い人がそう言ったから、をやめた話。誰が最初かは、思っているほどはっきりしない。『銃・病原菌・鉄』で読む歴史1件を共有 / なぜ征服したのがスペイン人で、されたのがインカだったのか。ダイアモンドは答えを人ではなく大陸の形に求めた。『国家はなぜ衰退するのか』で読む歴史1件を共有 / 国境をひとつ挟んで豊かさが違うのは、地理でも文化でもなく制度のせいだ、という本。2024年のノーベル経済学賞の元になった。『繁栄』で読む歴史1件を共有 / 人類が豊かになったのは交換のおかげで、悲観する理由はいつも外れてきた、という本。反論側も付けてある。『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』で読む歴史1件を共有 / 資本主義を生んだのは強欲ではなく、救われているか分からない不安だった、という100年前の論文。『中世の秋』で読む中世の終わり1件を共有 / ルネサンスの前夜ではなく、中世そのものの終わり方。過剰な儀礼と、死への執着に覆われた14〜15世紀。教育の歴史1件を共有 / 子どもが学校へ行くのが当たり前になったのは、ごく最近になる。誰が、誰に、何のために教えてきたか。差別の歴史1件を共有 / 線を引いて内と外を分ける。理屈は、たいてい後から付けられた。法と裁判の歴史1件を共有 / 力の強い者の思いのままだった裁きを、書かれた法と手続きで縛ってきた歴史。近代と宗教1件を共有 / 科学と国家と世俗化の時代に、信仰は消えるどころか、形を変えて燃え上がり続けた。中田敦彦のYouTube大学で学ぶ歴史1件を共有 / 「中田敦彦のYouTube大学」が講義した世界史・日本史・偉人伝の人物とできごと。ここに並ぶ項目には、その回の動画が付いている。言葉と文字の歴史1件を共有 / 話す言葉を書き留める文字が生まれ、印刷と国家と機械が、言葉を広め、整え、ときに奪ってきた。