概要
西郷を担いだ士族の最後の反乱。徴兵された農民の軍が士族に勝ち、武力で政府に抗う道が閉じた。
場所
鹿児島
31.60°N 130.56°E · 日本・鹿児島県(薩摩藩の城下町)
31.60°N 130.56°E · 日本・鹿児島県(薩摩藩の城下町)
関わった人(2)
西郷隆盛1828年–1877年 · 首領山県有朋1838年–1922年 · 政府軍本文
士族の反乱は、この5年で四度目になる。 規模は桁違いだった。
西郷自身が積極的に挙兵したかは議論がある。 私学校の生徒が政府の弾薬庫を襲ったところから始まり、 「ならば自分が引き受ける」という形で担がれた面が強い。
熊本城が持ちこたえたことが分岐点になった。 50日以上落ちず、その間に政府軍が集まった。
田原坂の戦いは17日続いた。 政府側は徴兵された農民が主体で、 薩摩側は士族である。 それでも、数と補給と近代兵器で押し切った。
刀で戦う集団が、銃を持つ徴兵の軍に敗れた。 武力で政府に抗う道が、ここで閉じる。