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Event / できごと

テルモピュライの戦い

Battle of Thermopylae
BC480年8月
重要度 5

概要

レオニダス率いる寡兵が隘路でペルシアの大軍を数日食い止め、全滅した。

場所

テルモピュライ
38.80°N 22.54°E · ギリシア・フティオティダ

関わった人(2)

レオニダス1世BC540年頃–BC480年 · ギリシア側 · 総指揮クセルクセス1世BC518年頃–BC465年 · ペルシア側 · 総指揮

本文

狭い隘路で、寡兵が大軍を数日食い止めた。

スパルタ兵300が有名だが、 テスピアイなど他のポリスの兵も残って戦っている。 総勢は数千になる。

迂回路を教えた者がいた。 エフィアルテスという名がヘロドトスに出る。 ギリシア語で、いまも裏切り者を意味する。

包囲されると分かった時点で、 大半の軍は退かせ、 スパルタ兵とテスピアイ兵らが残った。

「旅人よ、ラケダイモンに伝えてくれ。 我らここに眠る、彼らの言葉に従って」という 碑が立てられた。

負けた戦いが、これほど語り継がれる例は少ない。

戦術的には失敗でも、 時間を稼いだことが後の勝利につながった、 という評価が同時代からある。

動画(1)

スパルタ人の壮絶な一生!まさにスパルタ教育【COTEN RADIO #05】歴史を面白く学ぶコテンラジオ_COTEN RADIO300人がなぜあの戦い方をしたのか、スパルタの教育と社会の仕組みから説明している

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