『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』で読む歴史

概要
資本主義を生んだのは強欲ではなく、救われているか分からない不安だった、という100年前の論文。
この物語について
資本主義は、人がお金を欲しがる気持ちから生まれたのか。金儲けへの欲なら、どの時代のどの社会にもあった。それなのに、利益を使わずにまた事業に注ぎ込み、休まず働き続けることを当然とする独特の生き方は、なぜ近世の西ヨーロッパで、それも特定の信仰を持つ人びとのあいだで広まったのか。『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』(マックス・ウェーバー、1904〜05年)は、この問いに、強欲ではなく、救われているかどうか分からないという不安から答えようとした論文である。
著者のマックス・ウェーバーは、1864年にドイツのエルフルトで生まれた。父は国の政治にも関わった法律家、母は信仰の篤いプロテスタントだった。法学と経済学を学び、若くしてハイデルベルク大学の教授になったが、30代の半ばに心の病で倒れ、教壇を離れた。数年の療養のあと、彼が最初に取り組んだ大きな仕事がこの論文だった。1904年にはアメリカを旅して、信仰の団体が商売の信用と結びついている社会を目で見ている。論文は、彼が編集に関わった学術雑誌に二回に分けて載り、のちに大きく手を入れられて、1920年に宗教社会学の論文集の最初に収められた。

論文は、統計の観察から始まる。ドイツの、宗教が入り混じった地域で、資本を持つ者、企業の経営者、高度な技能を持つ労働者に、プロテスタントの割合が目立って高い。上の学校で商工業向けの教育を選ぶ若者にも、プロテスタントが多い。財産の差だけでは説明がつかない。なぜか。
ウェーバーは、手がかりを一つの言葉に見つける。ドイツ語の「ベルーフ」は、職業であると同時に、神から与えられた使命、つまり天職を意味する。この意味の重なりは、マルティン・ルターが聖書をドイツ語に訳したときに生まれた、と論文は言う。1517年の95か条の論題に始まる宗教改革のなかで、ルターは、修道院にこもって祈ることだけが神に仕える道ではなく、世の中でそれぞれの職業を果たすことも神の意にかなう、と説いた。ただ、ルター自身の考えでは、人は与えられた身分と職業に満足して留まるべきもので、そこから資本主義の精神が直接出てくるわけではない。
決定的だったのは、もう一人の改革者ジャン・カルヴァンの教えのほうだった、と論文は言う。カルヴァンは1541年からジュネーヴで、教会と町の暮らしを厳しい規律のもとに置いた。カルヴァンのジュネーヴである。その教えの中心にあるのが予定説である。誰が救われ、誰が滅びるかは、世界が始まる前から神によって決められている。人の行いや祈りによって、それを変えることはできない。教会も、儀式も、救ってはくれない。
ウェーバーは、この教えが信徒にもたらしたものを、耐えがたい孤独と不安として描く。自分は選ばれているのか、いないのか。それを知る方法はない。だが人は、知らずにはいられない。そこで、後の時代の牧師たちは、信徒にこう説くようになった、と論文は言う。自分が選ばれていると信じることは義務であり、その確信を得るための最もよい方法は、休まずに職業に励むことだ。職業での成功は、神が祝福しているしるしとして読める。
こうして、禁欲が修道院の外に出てきた。中世の修道士は、世の中から離れて祈りと労働の規律に生きた。ピューリタンたちは、同じ規律を、世の中のただなかで、毎日の仕事に向けた。ウェーバーはこれを「世俗内禁欲」と呼ぶ。彼らは怠けることを罪とし、時間の浪費を罪とし、贅沢を罪とした。働いて得たものを楽しみに使うことは許されない。だが富を得ること自体は、それが職業への勤勉の結果であるかぎり、罪ではない。使わずに貯まった富は、ふたたび事業に注ぎ込まれる。禁欲と蓄積が、同じ一つの行為になった。そこに、資本主義の「精神」が生まれた、というのが論文の筋になる。
論文がその精神の見本として引くのは、宗教家ではなく、18世紀のアメリカの印刷業者で政治家のベンジャミン・フランクリンである。時は金なり、信用は金なり、と若い商人に説いたフランクリンの言葉には、お金を増やすことを一つの義務とする倫理が、すでに宗教の言葉を離れて現れている、とウェーバーは見る。フランクリンの生まれた家もピューリタンだった。
ピューリタンたちは、政治の舞台にも出てきた。イングランドでは清教徒革命と国王処刑が起き、ピューリタンの多い議会の軍が国王を破った。カルヴァン派の信仰が強かったオランダは、17世紀にオランダの黄金時代を迎え、海運と商業と金融で世界の中心の一つになった。この物語では、こうしたできごとを、禁欲と蓄積が同じ行為になった社会の例として並べてある。ただし、論文自体はイングランドやオランダの経済の歴史を細かく分析したものではなく、主に17世紀の牧師たちの説教や手引き書を材料にしている。

そして皮肉な結末が来る。いったん資本主義の仕組みが動き出すと、宗教はもう要らない。人は、救いのためではなく、そうしなければ市場の競争で生き残れないから、働き続ける。産業革命のあとの社会では、禁欲の精神は抜け殻になり、その殻だけが残って、人を閉じ込める。ウェーバーはこれを、鋼鉄のように堅い殻と書いた。英語に訳されたときに「鉄の檻」という言葉になり、その言い方で広く知られるようになった。論文の最後には、この発展の果てに現れる人間を、精神のない専門人、心情のない享楽人と呼ぶ一節がある。
論文は出た当時から激しい論争を呼び、ウェーバーは批判に答える文章を何度も書いた。反論は大きく分けていくつかある。まず、銀行や複式簿記や大規模な商業は、宗教改革より前の、カトリックの北イタリアやフランドルで、すでに育っていた。資本主義はプロテスタントの発明ではない。次に、因果の向きが逆ではないか、という批判がある。商売で成功した人びとや都市が、自分たちに都合のよい新しい信仰を選んだのかもしれない。イギリスの歴史家トーニーは、宗教と経済が互いに影響し合った過程として、別の筋を描いた。
さらに、ヨーロッパの外にも同じような勤勉の倫理はあった、という批判がある。アメリカの社会学者ロバート・ベラーは、江戸時代の日本の心学などに、勤勉と倹約を宗教的な意味をもつ務めとする倫理があったことを論じた。同じころの中国の商人にも、似た倫理を見いだす研究がある。ウェーバー自身も、のちに儒教や仏教やヒンドゥー教を比べる大きな研究に進み、なぜ近代の資本主義がヨーロッパにだけ生まれたのかを問い続けた。ヨーロッパの特別さを文化や宗教に求めないという点では、この年表にある『大分岐』のような本は、ウェーバーとは反対の側に立っている。
ウェーバーは、第一次世界大戦のあとの混乱のなかで、新しいドイツの憲法づくりにも関わった。1920年、ミュンヘンで肺炎のために56歳で亡くなった。大戦の末期から世界に広がっていたインフルエンザが原因だったとされる。論文は、彼の死の直前にまとめられた形で、その後百年にわたって読まれ続けている。
この物語は、論文が例に使ったできごとと人物を、このデータベースの側から並べ直したものである。本文は写していない。宗教改革を扱った物語物語「宗教改革と科学革命」と、ヨーロッパの文化に理由を求めない立場の物語物語「『大分岐』で読む歴史」も、あわせて読める。私たちが休むことに後ろめたさを感じ、働くことそのものに意味を求めるとき、その感覚の一部は、救われているかどうか分からなかった人びとの不安から来ているのかもしれない。それがウェーバーの残した問いである。
動画(1)
この物語が起きた場所
筋(9)
年代順に並べてあります。役どころが書いてあるものは、なぜこの物語に含まれるかを添えました。
- マルティン・ルター人物AD1483年11月10日 – AD1546年2月18日免罪符を問うた一修道士の文書が、印刷術に乗って西方教会を割った。聖書をドイツ語に訳す。
- ジャン・カルヴァン人物AD1509年7月10日 – AD1564年5月27日救われる者は初めから決まっていると説き、ジュネーヴを教会が律する町にした。勤労と蓄財を肯定した教えが、商人の間に広がる。
- 95か条の論題できごとAD1517年10月31日第1章。ルターの「天職」という訳語から話が始まるルターの問いかけが印刷術に乗って広がり、西方教会が割れた。宗教改革の始まり。ヴィッテンベルク

- カルヴァンのジュネーヴできごとAD1541年第2章。予定説と、その耐えがたさ長老会が市民の生活を監督する町を作った。救われる者は初めから決まっている、だから与えられた仕事に励む。その考えが商人と職人に広がる。ジュネーヴ(宗教改革期)
- オランダの黄金時代できごと1600年禁欲と蓄積が同じ行為になった社会株式会社と証券取引所が生まれ、小国が世界の海運を握った。レンブラントもこの時代の人。アムステルダム

- 清教徒革命と国王処刑できごと1642年ピューリタンが政治の前面に出る議会が王を裁き、公開で処刑した。王が法の上にいるという考えが、ヨーロッパの目の前で否定される。ロンドン

- ベンジャミン・フランクリン人物AD1706年1月17日 – AD1790年4月17日本が「資本主義の精神」の見本として引く人印刷屋から始めて、避雷針と二重焦点眼鏡を作り、独立宣言に署名し、フランスを味方につけた。「時は金なり」を書いた人でもある。
- 産業革命できごと1760年宗教が抜けても、勤勉だけが残る石炭と蒸気で、人と家畜の力に頼らない生産が始まった。人類の暮らしが根本から変わる。マンチェスター

- マックス・ウェーバー人物AD1864年4月21日 – AD1920年6月14日著者資本主義を生んだのは強欲ではなく、来世の不安から来る勤勉だと論じた。社会学という学問の骨格を作り、56歳でスペイン風邪に倒れた。
重なっているストーリー
同じできごとや人物を含む物語です。何件を共有しているかを添えました。
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