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Event / できごと

マラトンの戦い

Battle of Marathon
BC490年
重要度 5

概要

アテナイ重装歩兵がペルシア軍を撃退した。第一次ペルシア戦争の帰趨を決める。

場所

マラトン
38.15°N 23.96°E · ギリシア・アッティカ

関わった人(1)

ダレイオス1世BC550年–BC486年 · ペルシア側 · 派兵

本文

アテナイの重装歩兵が、ペルシア軍を撃退した。

密集した歩兵が、走って距離を詰めた。 弓の射程を早く抜けるためとされる。

損害の差が大きい。 ヘロドトスは、ペルシア側6400、アテナイ側192と書く。 数字は疑われているが、 重装歩兵の密集が有効だったことは動かない。

勝報を伝えるために走った兵が、 伝え終えて絶命した——という話が、 マラソン競技の由来として語られる。

出典はずっと後の時代のもので、 ヘロドトスにはこの話が無い。 彼が書いているのは、 スパルタへ援軍を求めて走った別の走者になる。

192人の墓が、いまも戦場跡に残っている。

出典(1)

ヘロドトス 歴史第6巻 102–117

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