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Person / 人

柴田勝家

Shibata Katsuie
AD1522年頃 – AD1583年6月14日(享年61・推定)
織田氏重要度 3

概要

信長の弟の側について信長に負け、赦されて筆頭家老。「鬼柴田」「かかれ柴田」。北陸方面軍。越前北ノ庄。清洲会議で秀吉に負け、市を娶り、賤ヶ岳で負け、北ノ庄で市と自害した。市の3人の娘は秀吉に。「瓶割り柴田」。水瓶を割って城を出て勝った、という話。

所属

織田氏

関わったできごと(1)

賤ヶ岳の戦いAD1583年6月11日(天正11年4月21日) · 自害した

本文

尾張の下社村。1522年頃。信長の父信秀に仕え、信秀が死ぬと信長の弟信行(信勝)についた。1556年、稲生で信長と戦って負けた。赦された。信行がもう一度謀反を企てると、勝家が信長に知らせ、信行は殺された。それから信長の家臣。

「鬼柴田」「かかれ柴田」。1570年、近江の長光寺城で六角に囲まれ、水を止められ、残った水瓶を割って城を出て勝った、と伝える(「瓶割り柴田」、作り話)。1573年、朝倉のあと、越前を任された。北ノ庄。1575年、越前一向一揆を潰した。北陸方面軍。前田利家、佐々成政、佐久間盛政。1577年、手取川で謙信に負けた。1582年、上杉の魚津城を落とした日、本能寺。

山崎に間に合わなかった。清洲会議で三法師を認め、市を娶った。信長の妹、45歳。市は柴田を選んだのか、秀吉を避けたのか。

賤ヶ岳。1583年4月24日、北ノ庄の天守で、市と自害した。62歳。「夏の夜の夢路はかなき跡の名を雲居にあげよ山ほととぎす」。市は「さらぬだに打ちぬる程も夏の夜の夢路をさそふほととぎすかな」。城に火をつけて、火薬で天守を吹き飛ばした、と伝える。市の3人の娘は城を出た。

信長の家臣で一番古く、一番強かった人が、一番若かった秀吉に負けた。