概要
薩摩の分家の娘が斉彬の養女になり、13代家定の御台所に入った。夫は1年半で死んだ。和宮と大奥で対立し、江戸攻めのとき二人で嘆願した。実家の薩摩が攻めてくる側だった。維新後も徳川家を守って、薩摩に帰らなかった。
所属
日本本文
於一。 「かつ」。 1836年。 薩摩。 今和泉島津家。 分家。 斉彬の、 養女。 1853年。 「将軍家定の、 御台所に」。 「斉彬の、 政略」。 「家定の、 次を、 一橋慶喜に」。 「大奥から」。 「篤姫」。 1856年、 江戸城。 「近衛家の、 養女に」。 「藤原敬子」。 「御台所」。 家定。 「病弱」。 「言葉が、 不自由」。 「脳性麻痺」。 「そう、 言われる」。 「篤姫は、 慶喜を、 推した」。 「家定は、 慶福を」。 「井伊が、 大老に」。 1858年7月、 家定が、 死んだ。 「1年9か月」。 「篤姫は、 22歳」。 「天璋院」。 「落飾」。 「同じ月、 斉彬も、 死んだ」。 「養父と、 夫を、 同じ、 月に」。 「篤姫は、 薩摩に、 帰らなかった」。 「大奥に、 残った」。 「家茂の、 義母」。 「和宮」。 「京の、 慣習」。 「江戸の、 慣習」。 「二人は、 争った」。 「大奥は、 二つに」。 「家茂が、 死んだ」。 「慶喜」。 「篤姫は、 慶喜を、 嫌った」。 「大奥に、 入らせなかった」。 「慶喜は、 一度も、 大奥に」。 1868年。 「東征軍」。 「薩摩」。 「篤姫の、 実家が」。 「西郷」。 「篤姫は、 西郷に、 手紙を」。 「徳川の、 存続を」。 「『私は、 徳川の、 人。 徳川が、 滅びるなら、 私も』」。 「西郷は、 『天璋院様の、 お手紙』」。 「泣いた」。 「そう、 伝える」。 「江戸開城」。 「篤姫は、 大奥から、 出た」。 「一橋邸」。 「徳川家達」。 「6歳」。 「徳川の、 新しい、 当主」。 「篤姫が、 育てた」。 「千駄ヶ谷」。 「薩摩は、 『帰れ』」。 「帰らなかった」。 「『私は、 徳川の、 人』」。 「薩摩からの、 仕送りを、 断った」。 「徳川の、 金で」。 「貧しかった」。 「女中の、 給料を、 自分の、 着物を、 売って」。 「そう、 伝える」。 1883年11月20日。 「脳溢血」。 「47歳」。 「所持金、 3円」。 「家達が、 イギリスから、 帰った、 年」。 「上野の、 寛永寺」。 「家定の、 隣」。 「篤姫は、 夫と、 2年、 徳川と、 30年」。 「薩摩の、 娘が、 薩摩の、 兵から、 徳川を、 守った」。 「和宮は、 京の、 娘で、 京の、 兵から」。 「二人で」。 「仲が、 悪かった」。 「そう、 書かれている」。 「篤姫の、 側の、 記録は、 少ない」。 「和宮の、 側の、 記録が、 多い」。 「2008年」。 「大河ドラマ」。 「宮崎あおい」。 「篤姫は、 それで、 『強い、 女』に」。 「本当かどうか」。 「本当だった」。 「たぶん」。