テクサーカナ月光殺人事件
概要
1946年、米国テクサーカナで夜の男女が次々に襲われ5人が死んだ連続殺人。覆面の犯人は捕まらず、映画の題材になった。
場所
33.48°N -94.11°E · アメリカ合衆国・テキサス州とアーカンソー州の州境
本文
1946年の春、アメリカ南部の町テクサーカナで、夜の人けの無い道に車を止めた男女が次々に襲われた。2月から5月までの10週間に8人が襲われ、5人が死んだ。犯人は捕まらず、新聞は「ファントム(幽霊)」と呼んだ。当時の新聞がつけた「月光殺人事件」という呼び名とともに、いまも未解決の連続殺人として知られている。
テクサーカナは、テキサス州とアーカンソー州の州境をまたいで2つの市が並ぶ町である。町の名も2つの州の名を合わせたものだ。第二次世界大戦が終わって半年ほどのこのころ、週末の夜に映画を見たあと、車で郊外の静かな道へ出かける恋人たちは珍しくなかった。
最初の事件は2月22日の深夜に起きた。町外れの道に止めた車に、目の部分をくり抜いた白い布の覆面をかぶった男が近づき、懐中電灯で中を照らした。男は25歳の青年の頭を銃で殴って頭蓋骨を折り、19歳の女性にも暴行を加えた。2人は命をとりとめたが、警察は当初、2人が犯人を知っていてかばっているのではないかと疑った。この事件が後の殺人と結びつけて公表されたのは5月になってからである。
3月24日の朝、国道67号線から少し入った道で、29歳の男性と17歳の女性が車の中で射殺されているのが見つかった。4月14日の未明には、楽団の演奏会のあとで落ち合った16歳の少年と15歳の少女が殺され、2人の遺体は3キロ以上離れた場所で見つかった。どちらの事件でも同じ.32口径の自動拳銃が使われていた。教会に通う10代の2人が殺されたことで、町の人々は連続殺人を確信し、恐怖が広がった。
5月3日の夜には、町の北東16キロほどの農家で、居間で新聞を読んでいた37歳の男性が窓越しに頭を撃たれて死んだ。電話をかけようとした妻も顔を撃たれたが、裸足で近所の家まで逃げて助かった。これまでの3件と違い、狙われたのは車の中の男女ではなく、同じ犯人かどうかは捜査に当たった者のあいだでも意見が分かれた。
町は恐慌に陥った。日が暮れると住民は家に鍵をかけてこもり、店からは銃や弾、錠前が売り切れた。賞金は1万ドルを超え、市や郡の警察、両州の警察、テキサス・レンジャー、連邦捜査局(FBI)までが捜査に加わった。200人を超える人々が取り調べられたが、寄せられた情報の多くは役に立たなかった。レンジャーの隊長マヌエル・ゴンザウラスは捜査の顔として新聞に盛んに登場したが、ほかの警官の働きを自分の手柄のように話す目立ちたがりだという批判も受けた。
最も有力な容疑者とされたのは、自動車泥棒と偽札作りの前歴を持つ29歳の男だった。7月、盗難車の捜査から逮捕され、その妻が夫こそ犯人だと細かく供述した。供述の一部は裏付けも取れたが、妻は後に供述を翻し、法律上も夫に不利な証言を強いることはできなかった。男は殺人では起訴されず、常習犯として自動車窃盗の罪で長い刑を受けた。捜査の中心にいた警官のうち2人は最後まで彼を犯人と信じていたが、真相は確かめられないまま終わった。
ほかにも疑われた者はいた。1948年11月、18歳の大学生が自殺し、残した遺書で4月と5月の事件を自分がやったと書いていた。彼は殺された少女と同じ高校の楽団にいたが、親しい間柄ではなかった。捜査員はほかに彼と事件を結びつける証拠を見つけられず、5月の事件の夜には友人とトランプをしていたという証言もあった。告白は事件の謎をかえって深めただけだった。
1976年、地元出身のチャールズ・B・ピアースが、この事件をもとにした映画『日暮れを恐れた町』(原題 The Town That Dreaded Sundown)を作った。映画は事件を大きく脚色しており、その後に広まった噂や伝説の多くは映画から来ている。袋のような覆面をかぶった殺人鬼の姿は、のちのホラー映画の殺人鬼像にも影響を与えたと言われる。テクサーカナでは2003年から毎年この映画が上映され、2014年には同じ題のリメイクも作られた。犯人の分からないまま、事件は町の記憶と映画の中に残り続けている。