『ホモ・デウス』で読む次の歴史

概要
飢餓と疫病と戦争を抑え込んだ人類が、次に何を目指すか。『サピエンス全史』の続編。
この物語について
飢えと疫病と戦争を、もし人類が本当に抑え込んだのだとしたら、次に何を目指すのか。そして、その先で人間は人間のままでいられるのか。
『ホモ・デウス』(ユヴァル・ノア・ハラリ、2015年、日本語版2018年)は、物語「『サピエンス全史』で読む歴史」の続編として、過去ではなく先を扱う。著者はイスラエルの歴史家で、エルサレムのヘブライ大学で教え、もとは中世の戦争を研究していた。前著が世界的に読まれたあと、同じ大きさの筆で未来を書いた。題は「神のヒト」という意味で、前著の「賢いヒト」に対応している。原著はヘブライ語で出て、翌年に英語版が出た。
出発点は、数千年のあいだ人類を苦しめてきた三つが、20世紀の後半に抑え込まれたという観察になる。飢饉、疫病、そして大国間の戦争。どれもなくなったわけではないが、もはや人の力ではどうにもならない天災ではなく、手を打てば防げる問題になった、という。1960年代からの緑の革命で、品種改良と化学肥料と灌漑が穀物の収穫を大きく増やした。1980年の天然痘の根絶宣言で、何千年も人を殺してきた病が地上から消えた。広島・長崎への原爆投下のあと、核兵器は大国どうしの全面戦争を、勝っても割に合わないものにした。いま世界では、飢えて死ぬ人より食べすぎで死ぬ人のほうが多く、戦争で死ぬ人より自ら命を絶つ人のほうが多い。本は、いまや砂糖のほうが火薬より危ない、と書く。

では次は何か。本の答えは、不死と幸福と神性になる。老いを病として治し、快を化学で調整し、生命そのものを設計し直す。そこで人間は、いままで神に帰していた力を自分で持つことになる。本はそれを、空想ではなく、すでに研究室と企業で始まっている方向として描く。死なない体を求める研究を、本は最古の物語の英雄の名を取って「ギルガメシュ計画」と呼ぶ。目指すのは、決して死なないことではなく、事故や暴力でなければ死なない状態だ、と本は言う。
では、なぜ歴史家が未来を書くのか。本は、歴史を学ぶ目的は未来を当てることではなく、過去の縛りから自由になることだと言う。その例が芝生の庭である。手入れの手間ばかりかかる芝生は、もとはヨーロッパの貴族が、食べ物を作らない土地を持てるという富の見せびらかしとして城の前に広げたものだった。それを知れば、自分の家の前に芝生を敷くかどうかを、少し自由に選べる。また本は、予測は人の行動を変えるので、知識が増えるほど歴史は予測しにくくなる、とも言う。マルクスの予言が外れたのは、資本家たちがマルクスを読み、労働者の暮らしを良くする手を打ったからでもあった。

本の第1部は、人間がどうやって世界を征服したかを振り返る。約7万年前の認知革命で、人は神話やお金や国家といった、共通の虚構を信じることで、大勢で協力できるようになった。これは前著の起点でもある。農耕の始まりのあと、人は動物を家畜として囲い、その苦しみに目をつぶる宗教と考え方を育てた。家畜は、数で見れば地上で最も成功した動物だが、一頭ずつの暮らしで見れば最も惨めな動物だ、と本は言う。本は、工場で飼われるブタやニワトリの扱いに多くの頁を割き、強いものが弱いものをどう扱うかを、未来の人間とその他の人間の関係の予告として読む。
第2部は、近代が何を信じてきたかを問う。神の代わりに、人間の内面の感情と自由意志を最高の価値に置く考え方を、本は「人間至上主義」と呼び、近代の宗教の一つとして扱う。選挙で一人ひとりの票を数え、市場で一人ひとりの好みを尊重し、美術で一人ひとりの感性を重んじる。1948年の世界人権宣言は、その信仰のいちばん明快な文書になる。

本の言い方では、近代は一つの取引をした。人は、世界には前もって決められた意味がある、という安心を手放し、そのかわりに力を手に入れた。意味は外から与えられないので、一人ひとりの内面から作るしかない。そこで人間至上主義は、いくつもの宗派に分かれた。一人ひとりの自由を重んじる自由主義、階級や社会全体の感情を重んじる社会主義、強い者が勝つことを進化の筋道と見る考え方。20世紀の大きな戦争と冷戦は、本の目から見れば、この宗派どうしの宗教戦争だった。勝ち残ったのは自由主義だった。
ところが、科学はこの信仰の土台を崩していく。1859年の『種の起源』は、人間を特別な被造物の座から降ろした。1953年のDNAの二重らせんの発見、2003年のヒトゲノム計画の解読で、生命はデータとして読めるものになった。生き物は遺伝子と神経の働きでできたアルゴリズムであり、自由意志や一つにまとまった自己というものは、脳科学の目で見ると怪しくなる。そうなると、人間の内面を最高の権威とする理由が揺らぐ。本が挙げる例の一つは、ある有名な女優の決断である。遺伝子の検査で乳がんになる危険が高いと分かり、彼女はまだ病気になる前に乳房を切除する手術を受けた。自分の感じ方ではなく、データの示す確率に従ったことになる。
本はさらに、心理学者カーネマンの実験を引いて、一つにまとまった自己という考えを疑う。冷たい水に手を浸す実験で、人は苦痛の時間が長くても、終わりが少し楽なほうをもう一度選んだ。いま感じている「経験する自己」と、あとから思い出して物語にする「物語る自己」は、別のものとして働いている。私たちが自分の内面の声と信じているものは、その物語る自己の編集した話かもしれない。
第3部は、そのあとに来るものを描く。自分より自分のことをよく知るアルゴリズムが現れれば、人は結婚も職業も投票も、それに相談するようになるかもしれない。多くの人は経済と軍事にとって役に立たない存在になるかもしれない。本はそれを「無用者階級」と呼んだ。一方で、ごく一部の人だけが技術で自分を作り替えて、ほとんど別の種になるかもしれない。最後に本は、データの流れを最高の価値とする考え方を「データ教」と名づけ、それが人間至上主義に取って代わる可能性を描く。ただし著者は、これを予言ではなく、可能性の一つとして示している、と断っている。本は最後に三つの問いを置く。生き物は本当にアルゴリズムにすぎないのか。知能と意識では、どちらに価値があるのか。意識は持たないが高い知能を持つアルゴリズムが、私たち以上に私たちを知るようになったとき、社会と暮らしに何が起きるのか。
本が2015年に予測として書いたことのいくつかは、刊行から数年で現実に近づいた。2022年の生成AIの普及で、言葉を操るアルゴリズムが誰の手元にも届いた。著者は2024年に、情報とAIの歴史を扱う本を出している。
一方で、本の出発点は揺さぶられた。2020年の新型コロナウイルスの流行は、疫病がまだ社会を止める力を持つことを示し、2022年にはヨーロッパで国どうしの大きな戦争が始まった。著者は、抑え込んだというのは、人がその気になれば防げる問題になったという意味だと説明している。大きな筋で世界を語るぶん、科学の扱いが大づかみで、生物はアルゴリズムだという前提そのものに異論が多い、という批判もある。
この物語は、本が使ったできごとを並べ直したものになる。本文は写していない。当たったかどうかは、これから分かる。年表の最後の行はまだ書かれておらず、その行を書くのは私たち自身になる。
動画(2)
この物語が起きた場所
筋(10)
年代順に並べてあります。役どころが書いてあるものは、なぜこの物語に含まれるかを添えました。
- 認知革命できごと約7万年前〜3万年前前著の起点。虚構が協力を生んだ言葉が、目の前に無いものを語れるようになった。虚構を共有できれば、見ず知らずの数百人が協力できる。ハラリはここを人類史の起点に置く。ブロンボス洞窟
- 農耕の始まりできごと紀元前90世紀人と動物の関係が変わった麦を蒔き、羊を囲った。栄養は偏り、身長は縮み、病気は増えた。それでも人口は桁違いに増える。肥沃な三日月地帯(位置は特定されていない)
- 『種の起源』できごとAD1859年11月24日人間を特別でなくした発見種が変化することを膨大な観察で示した。人間が特別ではないという考えが広がる。ロンドン

- 広島・長崎への原爆投下できごとAD1945年8月6日大国間の戦争が割に合わなくなる一発で都市が消えた。人類が自らを絶滅させうる力を持ったことが、この日から前提になる。広島

- 世界人権宣言できごとAD1948年12月10日人間至上主義という宗教の、いちばん明快な文書二つの大戦とホロコーストのあとで、国連総会が48か国の賛成、反対なしで採択した。拷問の禁止、奴隷の禁止、法の前の平等。守られない国は多いが、基準はここで書かれた。パリ

- DNAの二重らせんできごとAD1953年生命の設計図の形が分かった。X線で撮られた「51番写真」が決め手になる。それは撮影者に断りなく見せられた写真だった。ケンブリッジ
- 緑の革命できごとAD1965年飢餓を抑え込んだ高収量品種と化学肥料と灌漑で、穀物の生産が倍以上になった。飢饉が消える一方、水を大量に使い、地下水位が下がり、農家の負債が増える。デリー

- 天然痘の根絶宣言できごとAD1980年5月8日疫病を人が抑え込んだ人類が病を一つ、地上から消した。最後の自然感染は1977年のソマリア。20世紀だけで3億人を殺した病が、13年の計画で終わった。ジュネーヴ
- ヒトゲノム計画できごとAD2003年4月14日生命をデータとして読む1990年に始まり、6か国の20の研究所で13年、30億ドル。30億の塩基対を読んだ。途中からクレイグ・ヴェンターの民間の会社が別の方法で追い上げ、2000年、ホワイトハウスで「引き分け」の共同発表になった。遺伝子は10万個と思われていたのが、2万個ほどしかなかった。データは全部、無償で公開された。いま、1人分を読むのに数百ドル、1日。ワシントンD.C.
- 生成AIの普及できごとAD2022年11月30日本の刊行後に来た、まさにその話文章を書く機械が公開され、2か月で1億人が使った。書く・訳す・描く・調べるという仕事の前提が、数年で組み替えられていく。サンフランシスコ
重なっているストーリー
同じできごとや人物を含む物語です。何件を共有しているかを添えました。
技術と産業6件を共有 / 道具が人を変え、その人がまた道具を作った。速さが加速していく話。『サピエンス全史』で読む歴史5件を共有 / ハラリが人類史を三つの革命で切った本。その筋に沿って、このデータベースの項目を並べ直す。『繁栄』で読む歴史4件を共有 / 人類が豊かになったのは交換のおかげで、悲観する理由はいつも外れてきた、という本。反論側も付けてある。感染症と人類3件を共有 / 人が動くほど病も動いた。文明の広がりと感染の広がりは、同じ地図の上にある。冷戦のあと3件を共有 / 対立の構図が消えたあと、何が残ったのか。1989年からの三十年。『暴力の人類史』で読む歴史3件を共有 / 人が人を殺す率は、狩猟採集の時代から今まで、長い目で見ればずっと下がってきた、という本。反論も多い。冷戦2件を共有 / 撃ち合わずに40年競った。ただし代理の戦場では、実際に人が死に続けた。文明のはじまり2件を共有 / 農耕も都市も文字も、離れた場所で別々に始まった。そして始まった順序は、思っているのと違う。確かめるという方法2件を共有 / 偉い人がそう言ったから、をやめた話。誰が最初かは、思っているほどはっきりしない。『万物の黎明』で読む歴史2件を共有 / 狩猟採集から農耕へ、村から都市へ、そして国家へ。その一本道の筋書きそのものが間違いだ、という本。食の歴史2件を共有 / 何を食べるかは、誰が作り、どう運び、どう残すかで決まってきた。台所の外の仕組みの歴史になる。戦争と平和の歴史2件を共有 / 戦争を無くせなかった人類が、それでも戦争を縛り、減らし、裁こうとしてきた工夫の歴史。二つの大戦1件を共有 / 一発の銃声から31年。二つの戦争は別々ではなく、前者の終わらせ方が後者を呼んだ。主権はだれのものか1件を共有 / 王が決めるのか、議会が決めるのか、国民が決めるのか。800年かけて答えが動いた。考えることの歴史1件を共有 / 同じ数百年のあいだに、ギリシアでも中国でもインドでも、人が根本から考え直した。コテンラジオで聞く歴史1件を共有 / ポッドキャスト「コテンラジオ」が取り上げた人物とできごと。ここに並ぶ項目には、その回の動画が付いている。『銃・病原菌・鉄』で読む歴史1件を共有 / なぜ征服したのがスペイン人で、されたのがインカだったのか。ダイアモンドは答えを人ではなく大陸の形に求めた。『疫病と世界史』で読む歴史1件を共有 / 歴史を動かしたのは王でも思想でもなく、目に見えない微生物だった、と最初に言い切った本。『世界史』(マクニール)で読む歴史1件を共有 / 文明どうしが接触し、借り、競い合うことで歴史が動く。世界を一つの物語として書いた最初の教科書。『反穀物の人類史』で読む歴史1件を共有 / 人が穀物を育てたのではなく、穀物と国家が人を囲い込んだ。最初の国家は、なぜ壁の内側に人を閉じ込めたのか。『菊と刀』で読む日本1件を共有 / 一度も日本へ行かないまま、戦時中のアメリカで書かれた日本人論。読み継がれ、批判され続けている。『失敗の本質』で読む日本軍1件を共有 / なぜ負けたのかを、作戦ではなく組織の性質から説明した本。六つの作戦を並べて、同じ型を取り出す。『暴力と不平等の人類史』で読む格差1件を共有 / 格差を大きく縮めたのは、改革ではなく破局だった。戦争、革命、国家の崩壊、疫病の四つしかない、という本。『物質文明・経済・資本主義』で読む三つの層1件を共有 / 毎日の暮らし、市場での取引、そしてその上に乗る資本主義。ブローデルは経済を三層に分けた。『昨日までの世界』で読む伝統社会1件を共有 / 国家のない社会は、争いも子育ても老いも、私たちと違うやり方で扱ってきた。何を学べるか。法と裁判の歴史1件を共有 / 力の強い者の思いのままだった裁きを、書かれた法と手続きで縛ってきた歴史。近代と宗教1件を共有 / 科学と国家と世俗化の時代に、信仰は消えるどころか、形を変えて燃え上がり続けた。