物語

『疫病と世界史』で読む歴史

出てくるできごと BC8951ごろ – AD2020
できごと 17人物 3
この物語に出てくる図版:Plague in an Ancient City LACMA AC1997.10.1 (1 of 2)
この物語に出てくるアテナイの疫病から。Plague in an Ancient City LACMA AC1997.10.1 (1 of 2) Wikimedia Commons Michiel Sweerts · Public domain

概要

歴史を動かしたのは王でも思想でもなく、目に見えない微生物だった、と最初に言い切った本。

この物語について

数百人のスペイン人が、なぜ数百万の人びとを抱えるアステカ帝国を倒せたのか。『疫病と世界史』(ウィリアム・H・マクニール、1976年、日本語版1985年)は、この問いから書きはじめられた。著者が見つけた答えは天然痘だった。そうだとすれば、他の時代の大きな出来事の裏にも、同じように目に見えない微生物がいたのではないか。マクニールはそう考えて、人類史全体を病の側から見直した。歴史を動かしたものの中に、王や思想と並べて病原体を置いた最初の本の一つである。

スペイン風邪に関わる図版:Emergency hospital during Influenza epidemic, Camp Funston, Kansas - NCP 1603
スペイン風邪Wikimedia Commons Otis Historical Archives, National Museum of Health and Medicine · Public domain

著者はシカゴ大学の歴史家で、文明どうしの接触で世界史を描いた『西洋の勃興』や『世界史』の著者として知られていた。本の見方の骨組みは、「寄生」という一つの言葉にある。人の体の中で栄養を奪って生きる細菌やウイルスを、本は「ミクロ寄生」と呼ぶ。一方、農民の作った食べ物を税や略奪で取り上げて生きる支配者や兵士を「マクロ寄生」と呼ぶ。人の社会は、この二つの寄生のあいだで、取られすぎず、取りすぎない均衡を探してきた、というのが本の見立てになる。

狩猟採集の小さな群れには、人から人へうつり続ける病はあまり定着できない。病原体が次の宿主を見つける前に、群れの全員がかかって治るか死んでしまうからである。転機は農耕の始まりだった。人は家畜と同じ屋根の下で暮らすようになり、牛や豚や鳥の病が人に移る機会が増えた。定住すれば、糞尿と水の汚れも溜まる。さらにウルク。都市というものの始まりのような都市ができると、何万という人が一か所に集まり、麻疹や天然痘のような病が、常にどこかで誰かにうつりながら生き延びられる大きさの群れになった。本はこれを、文明が自分の中に病の貯水池を抱えこんだ瞬間として描く。

こうしてできた病の貯水池は、はじめは地域ごとに別々だった。中東、インド、中国、地中海の世界は、それぞれの病と、それぞれの免疫を育てた。それらを結びつけたのが、交易路と帝国である。別々の均衡どうしがぶつかると、免疫の無い側が大きく死ぬ。

記録に残る古い流行が、紀元前430年のアテナイの疫病である。スパルタとの戦争のさなか、城壁の内側に人びとを集めたアテナイで病が広がり、指導者ペリクレスもその翌年に死んだ。歴史家トゥキディデスが自分もかかった経験をもとに症状を書き残したが、病原体が何だったのかは、天然痘、チフス、麻疹など諸説あって決まっていない。

2世紀のアントニヌスの疫病は、東方の遠征から戻った軍とともにローマ帝国に入り、各地で多くの死者を出した。天然痘だったとする見方が有力だが、確定はしていない。本は、同じころ中国の後漢でも疫病の記録が増えていることに注目し、ユーラシアの両端の帝国が、交易の道でつながったために同じ病に打たれた可能性を論じた。3世紀のキプリアヌスの疫病がそれに続く。6世紀のユスティニアヌスの疫病は、ペストの最初の大流行で、東ローマ帝国のユスティニアヌスが地中海の西を取り戻そうとしていた矢先に起きた。この病がペスト菌によるものだったことは、のちに墓の人骨からDNAで確かめられている。

アントニヌスの疫病に関わる図版:Aurelius180AD
アントニヌスの疫病Wikimedia Commons Tataryn77 · CC0

島国の例として本が触れるのが日本である。大陸の病は、海に隔てられた列島にはときどきしか届かない。届くと、免疫の無い人びとが一度に倒れる。8世紀の天平の疫病では、天然痘とみられる病が九州から都に広がり、政権の中心にいた藤原氏の四兄弟が相次いで死んだ。本の見立てでは、日本は何度もこうした打撃を受けながら、やがて大陸と同じ病を子どもの病として抱えこむ「文明化された」状態に追いついていった。

13世紀、モンゴル帝国の拡大がユーラシアの草原を一つにまとめると、草原の道は商人と兵士の道であると同時に、ネズミとノミと菌の道になった。14世紀の黒死病は、ペストの二度目の大流行である。ヨーロッパでは人口の3分の1から半分ほどが死んだとされ、中東でも大きな被害が出た。マクニールは、ペスト菌がもともと中国南西部やビルマの山地の齧歯類の中にいて、モンゴルの軍がそれを草原に運んだ、という筋を描いた。のちのゲノムの研究は、14世紀の大流行につながる系統の起源を、むしろ中央アジアの天山山脈のあたりに求めている。本の筋のうち、ここは書き換わった細部の一つである。

本の出発点になった問いが、最も重く扱われる章でもある。1519年に上陸したエルナン・コルテスがアステカの都に迫ったあと、1520年の天然痘のアメリカ大陸上陸が都を襲った。病は皇帝をはじめ多くの人を殺し、翌年のテノチティトランの陥落につながった。アンデスでも、スペイン人が着く前に病が広がって皇帝が死に、後継をめぐる内戦のさなかにインカ帝国の滅亡が来た。本が強調するのは、病が人を殺しただけでなく、心を折ったことである。征服者がかからない病で自分たちだけが死んでいく。それは、神々がどちらの側にいるかを示すしるしとして受け取られた、と著者は書く。新大陸の人口がどれだけ減ったかの見積もりは、本が出たあとも大きく揺れていて、いまも数千万から1億以上まで幅がある。

テノチティトランの陥落に関わる図版:Conquista-de-México-por-Cortés-Tenochtitlan-Painting
テノチティトランの陥落Wikimedia Commons Unknown author Unknown author · Public domain

18世紀から、人の側が均衡に手を入れはじめる。1796年のジェンナーの種痘で、エドワード・ジェンナーは牛痘を人に植えて天然痘を防げることを示した。19世紀には都市の上下水道が整えられ、1854年のロンドンでは、医師ジョン・スノウが死者の住所を地図に落として、ブロード・ストリートのコレラの源が一本の井戸だと突き止めた。ルイ・パスツールとコッホは病の原因が微生物であることを示し、細菌学の時代が始まる。19世紀末の第三次ペスト大流行は、中国の雲南から香港を経て世界中の港に広がったペストの三度目の大流行で、1894年の香港で、その原因の菌が初めて見つかった。

だが医学の時代になっても、均衡が人の側に完全に傾いたわけではない。第一次世界大戦の末期のスペイン風邪は、兵士の移動とともに世界中に広がり、戦争そのものより多くの人を殺したと見積もられている。本が出たあとも、エイズが現れ、2020年にはCOVID-19の世界的流行が世界をおおった。交易と移動が別々の病の世界をぶつける、という本の筋は、飛行機の時代にそのまま当てはまった。

本が出た1976年には、まだ分かっていなかったことも多い。古い人骨からDNAを読む技術はなく、黒死病やユスティニアヌスの疫病が本当にペストだったのかも、確かめようがなかった。いまではそれが確かめられ、天然痘がいつ人に入ったかの見積もりも変わった。本のいくつかの推測は外れ、いくつかは当たった。本の筋は残り、細部は書き換わっている。

それでも、この本の影響は大きかった。疫病を、ときどき起きる不運ではなく、歴史を動かす持続的な力として扱う見方は、この本のあと当たり前になっていった。地理と家畜から世界の差を説明した『銃・病原菌・鉄』も、病原菌の役割についてはこの本の延長の上にある。

この物語は、本が扱った流行を、このデータベースの側から並べ直したものである。本文は写していない。既にある物語物語「感染症と人類」と重なるところが多いが、こちらは一冊の本の筋として、寄生と均衡という見方でつないで読むための並びになる。同じ著者の『世界史』は物語物語「『世界史』(マクニール)で読む歴史」として、『銃・病原菌・鉄』は物語物語「『銃・病原菌・鉄』で読む歴史」として並べてある。人が群れて暮らし、遠くと行き来するかぎり、病もまた移動する。その当たり前のことが、本の書かれた時代よりも今のほうが、ずっと身近に感じられるようになった。

動画(2)

Dr. Darren Staloff, William McNeill's "Plagues and Peoples"Michael Sugrue本そのものを一本の講義で解説している。著者本人の講演は見つからなかった
Disease! Crash Course World History 203CrashCourseこの本の筋(病が歴史を動かす)を12分で

この物語が起きた場所

ロシアカナダアメリカ合衆国アメリカ合衆国中国ブラジルオーストラリアグリーンランドカザフスタンアルゼンチンインドアルジェリアスーダンザイールモンゴルサウジアラビアメキシコテノチティトラン(2件) 天然痘のアメリカ大陸上陸 テノチティトランの陥落2肥沃な三日月地帯(1件) 農耕の始まりウルク(1件) ウルク。都市というものの始まりアテナイ(1件) アテナイの疫病ローマ(1件) アントニヌスの疫病カルタゴ(1件) キプリアヌスの疫病コンスタンティノープル(1件) ユスティニアヌスの疫病平城京(1件) 天平の疫病カラコルム(1件) モンゴル帝国の拡大クスコ(1件) インカ帝国の滅亡バークリー(グロスターシャー)(1件) ジェンナーの種痘ソーホー(ブロード・ストリート)(1件) ジョン・スノウのコレラ地図香港(1件) 第三次ペスト大流行武漢(1件) COVID-19の世界的流行

できごと15件が起きた14か所。 同じ場所で何度も起きていれば、その数だけ大きくなります。国境はAD2020の版図(この枠に大きく入る17勢力)。 物語は何百年にもまたがるので、最後のできごとの年で描いています。人物・国と、場所の分かっていないできごと5件は出ていません。押すと、この物語だけに絞った地図が開きます。

筋(20)

年代順に並べてあります。役どころが書いてあるものは、なぜこの物語に含まれるかを添えました。

  1. 農耕の始まりできごと紀元前90世紀第2章。家畜と密に暮らして、病が人に移った麦を蒔き、羊を囲った。栄養は偏り、身長は縮み、病気は増えた。それでも人口は桁違いに増える。肥沃な三日月地帯(位置は特定されていない)
  2. ウルク。都市というものの始まりできごと紀元前35世紀第2章。都市は病が定着できる大きさの群れ数万人が城壁の中に住んだ。分業も神殿も官僚も、ここで一度に現れている。ウルク
  3. アテナイの疫病できごとBC430年第3章。記録に残る最古の流行ペロポネソス戦争の2年目、城壁の中に避難民が詰め込まれたところへ来た。ペリクレスも死ぬ。トゥキュディデスが自分も罹った上で症状を書き残した。アテナイ
  4. アントニヌスの疫病できごと165年第3章。ローマと漢の疫病が同じ道でつながっている、と本は見る東方遠征から戻った軍が持ち帰った。天然痘とされる。帝国の人口の1割前後が死に、マルクス・アウレリウスの治世の背景になる。ローマ
  5. キプリアヌスの疫病できごと249年第3章三世紀の危機のさなか、帝国全体で十数年続いた。ローマで一日5000人が死んだと伝わる。病名は分かっていない。カルタゴ
  6. ユスティニアヌスの疫病できごと541年第3章。ペストの一度目記録に残る最初のペストの大流行。死者の数は史料によって大きく違うが、再征服の勢いはここで止まった。コンスタンティノープル
  7. 天平の疫病できごと735年第3章。島国に病が届くと、免疫の無い人口が一度に減る大宰府から入った天然痘が都に達し、藤原四兄弟が全員死んだ。人口の3割前後が失われたとする推計がある。大仏の造立はこの直後になる。平城京
  8. モンゴル帝国の拡大できごと1206年第4章。草原の道が、ネズミと菌の道になった史上最大の陸上帝国。ユーラシアが一つの交通圏になり、人も物も疫病も東西を往復する。カラコルム
  9. 黒死病できごと1347年第4章。ペストの二度目ヨーロッパの人口の3分の1が死んだ。働き手が減って農奴の立場が上がり、封建の仕組みが緩む。
  10. エルナン・コルテス人物AD1485年 – AD1547年12月2日本の出発点数百人でアステカを崩した。決め手は武器よりも、現地の反アステカ勢力と持ち込まれた疫病だった。
  11. 天然痘のアメリカ大陸上陸できごとAD1520年第5章。本の出発点になった問いスペイン人より先に、病が帝国を崩した。免疫を持たない大陸で、人口の大半が一世紀のうちに失われる。テノチティトラン
  12. テノチティトランの陥落できごとAD1521年第5章アステカが滅びた。決め手は武器よりも、持ち込まれた疫病だった。テノチティトラン
  13. インカ帝国の滅亡できごとAD1533年第5章内戦で弱っていたところを、200人足らずのスペイン人に崩された。クスコ
  14. エドワード・ジェンナー人物AD1749年 – AD1823年牛痘を使う種痘を確かめた。人類が病を根絶できると初めて示す。
  15. ジェンナーの種痘できごとAD1796年第6章。人の側から均衡に手を入れた最初牛痘で天然痘を防げると確かめた。人類が病を根絶できると初めて示す。バークリー(グロスターシャー)
  16. ルイ・パスツール人物AD1822年12月27日 – AD1895年9月28日腐敗も病気も目に見えない生きものの仕業だと示した。ワクチンと低温殺菌はここから来ている。手を洗うという習慣の根拠でもある。
  17. ジョン・スノウのコレラ地図できごとAD1854年9月8日第6章。地図で病の道筋を突き止めたロンドンのソーホーで、3日で127人が死んだ。麻酔医ジョン・スノウは、死者の家を地図に点で打った。ブロード・ストリートの井戸の周りに集まっていた。離れた場所の死者は、その井戸の水を好んで運ばせていた。近くの救貧院とビール工場(自前の井戸)では死者が出なかった。9月8日、彼はポンプの取っ手を外させた。「悪い空気」でなく水だという説は、10年後に認められた。疫学が始まった。ソーホー(ブロード・ストリート)
  18. 第三次ペスト大流行できごと1894年第6章。ペストの三度目。菌が見つかった雲南から広州、香港へ出て、蒸気船で世界に広がった。香港でイェルサンと北里が菌を見つけ、黒死病の正体が1500年後にようやく分かる。香港
  19. スペイン風邪できごと1918年第6章世界で5000万人以上が死んだとされる。大戦の死者を上回るのに、長く忘れられていた。
  20. COVID-19の世界的流行できごと2020年本の出たあと。筋はそのまま当てはまる世界が同時に止まった。スペイン風邪から100年、人の移動の速さがそのまま感染の速さになった。武漢

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