人物

弥助

Yasuke
1555年頃 – ?
織田政権重要度 3

概要

宣教師に伴われて来日し、織田信長に仕えたアフリカ出身の男。本能寺の変の後の消息は分からない。

本文

弥助は、16世紀の終わりに日本へ来て、織田信長に仕えたアフリカ出身の男である。日本の記録に名前が残る黒人としては、もっとも早い一人にあたる。生まれた年も死んだ年も分からない。1581年に信長の前に出たとき「年の齢二十六、七」と記されたことから、1555年前後の生まれと考えられている。

出身地は、宣教師の記録などからモザンビークとする説が有力だが、確かな証拠があるわけではない。当時、ポルトガルの船はアフリカ東岸からインドのゴア、マカオを経て日本へ来ており、アフリカの人々が従者や奴隷として船に乗せられていた。弥助も、イエズス会の巡察師ヴァリニャーノがインドから連れてきた従者だったとされる。ヴァリニャーノは1579年に島原半島の口之津に着き、九州を回ったのち、1581年に畿内へ向かった。

日本の人々がアフリカの人を目にしたのは、弥助が初めてではない。ポルトガル帝国の船が九州に来るようになった1540年代から、船員や召使いとして黒人が乗っていた。1546年に来航したポルトガルの船長は、日本人が黒人を見るのを喜び、遠くから見物に来ると書き残している。ただ、日本側の記録に黒人がはっきり登場するのは、1581年の弥助が最初である。弥助の後にも、1584年の九州の沖田畷の戦いでアフリカ出身の男が大砲に弾を込めたことや、1593年に肥前名護屋で豊臣秀吉がポルトガル人の連れてきた黒人の踊りを見て褒美を与えたことが、宣教師の記録に残っている。

一行が堺から京都へ入ると、黒い肌の大男を見ようと人が殺到した。宣教師の書簡によれば、南蛮寺の前には群衆が押し寄せ、けが人が出るほどだったという。噂を聞いた信長が会いたがり、1581年3月27日(天正9年2月23日)、宣教師オルガンティーノが弥助を本能寺に連れて行った。太田牛一の『信長公記』はこの日のことを、牛のように黒い体で、健やかで器量がよく、十人力の強さだと書いている。宣教師の側の記録では、信長は肌の色が墨を塗ったものだと疑い、帯から上を脱がせて洗わせたが、かえって黒く光るばかりだったという。

信長は弥助を気に入り、手元に置いた。『信長公記』の一つの写本には、「弥助」と名乗らせ、扶持と私宅、鞘巻の刀を与え、ときに道具を持たせたとある。宣教師ロレンソ・メシアは、弥助が日本語を少し話し、力が強く芸もできたので信長が喜んだと書き、人々のあいだには信長が彼を殿にするのではという噂まであったと伝えている。

1582年、徳川家康の家臣・松平家忠の日記に、もう一度弥助が現れる。武田氏を滅ぼした帰り道、信長が家康の領国を通ったとき、宣教師から贈られた黒い男を連れていた。身は墨のごとく、背丈は六尺二分、名は弥介という、と家忠は書いている。180センチを超える背丈は、当時の日本人の目には巨人に見えただろう。

その年の6月、本能寺の変が起きる。イエズス会の年報によれば、弥助は信長の死後、嫡男の信忠がいた二条の御所へ駆けつけ、長いあいだ戦ったのち、明智の家臣に刀を差し出すよう言われて従った。処遇を問われた明智光秀は、日本人ではないから殺すには及ばないとして、南蛮寺に預けるよう命じたという。弥助の消息は、ここで途絶える。その後どこへ行き、いつ死んだのかを伝える史料は無い。

本能寺の変に関わる図版:Honnoj
本能寺の変Wikimedia Commons Nobukazu Yōsai · Public domain

弥助を「武士」「侍」と呼んでよいかは、いまも議論がある。扶持や私宅、刀を与えられたことは史料にあるが、どの身分として扱われたのかを直接示す記録は無い。信長に仕えた期間も、本能寺の変までのおよそ15か月にすぎない。分かっていることは、史料の数行にとどまる。

それでも弥助は、多くの物語に描かれてきた。1968年の児童文学『くろ助』、遠藤周作の小説『黒ん坊』、テレビドラマ、漫画、アニメが、それぞれの弥助像を作った。2024年、海外のゲーム会社が弥助を主人公の一人とする作品を発表すると、史実との関係をめぐって国内外で激しい議論が起きた。大航海時代の世界の広がりが、戦国の日本の、それも天下人のすぐそばにまで届いていたことを、弥助の数行の記録は確かに示している。

動画(1)

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