米空軍の「ゲイ爆弾」構想
概要
米空軍のライト研究所が1994年にまとめた非致死性の化学兵器の提案。敵兵どうしを性的に引きつけ合わせて部隊を乱す案で、のちに公開されイグノーベル賞を受けた。
場所
39.83°N -84.05°E · アメリカ・オハイオ州(ライト・パターソン空軍基地)
本文
物語「冷戦」が終わった1990年代、アメリカ軍は人を殺さずに相手の力を奪う兵器、いわゆる非致死性兵器の研究に力を入れていた。群衆を散らす、敵を一時的に戦えなくする、といった使い道を考え、強い光や音、粘つく泡、においなど、さまざまな手段が検討された。殺さずに済む兵器なら、平和維持や治安の任務でも使いやすいと考えられたのである。研究の現場では、実現できそうにない案も含めて、思いつく限りの手段がまず書き出された。ただ、化学物質を兵器として使うことは、第一次世界大戦の毒ガス(イーペルの毒ガス)の惨禍を経て厳しく制限されてきた。1993年には化学兵器禁止条約が署名され、1997年に発効している。
1994年、オハイオ州デイトン近郊のライト・パターソン空軍基地にあったライト研究所(いまの空軍研究所の前身)が、3ページの研究の提案書をまとめた。題は「嫌がらせ、困らせ、悪者を見分けるための化学物質」。その中に、強い媚薬を敵の部隊の上にまき、兵士どうしを性的に引きつけ合わせて規律を崩す、という案があった。提案書は、同性愛の行為を引き起こすものが望ましいとし、この兵器を「不快ではあるが、まったく殺傷力が無い」と書いた。俗に「ゲイ爆弾」と呼ばれるようになったのはこの案である。

提案書には、ほかにも奇抜な案が並んでいたと報じられた。ひどい口臭を長く続けさせる薬、刺す虫を引き寄せる薬、肌を日の光に極端に弱くする薬などである。においや印で敵を見分けやすくするという狙いも、題に書かれた「悪者を見分ける」に含まれていた。研究所はこれらの開発のために、6年間で750万ドルの予算を求めたとされる。
この提案書が世に出たのは10年後である。生物兵器・化学兵器の監視をしていた市民団体サンシャイン・プロジェクトが、情報公開法にもとづいて文書を手に入れ、2005年1月にその内容が英国の新聞やBBCで報じられた。公開した団体は、人を殺さない薬であっても化学兵器にあたり、条約に触れかねないと問題にしたとされる。国防総省は提案があったこと自体は否定せず、非致死性兵器の研究には今後も取り組むと述べた。一方で、この案が採用されて開発が進んだわけではないとも説明された。話はいったん下火になったが、2007年6月に再びアメリカの報道で取り上げられ、英米の新聞やテレビが相次いで伝えたことで、広く知られるようになった。

案の前提そのものに、科学の裏づけが無かった。人間の行動をすぐに変えるような性フェロモンが存在することを示した、きちんとした研究はいまも無い。2005年には、スウェーデンの研究者が、性的な興奮に関わるとみられるにおいをかいだときの脳の反応が、同性愛の男性と異性愛の男性とで異なることを脳の画像で示した。ただし、それが性的指向の原因なのか結果なのかは分かっていない。においの好みと性的指向の関係を探る研究はあっても、吹きかけた薬で人の性的指向を変えられるという考えは成り立たない。カリフォルニア大学で軍と性的少数者の問題を研究していたアーロン・ベルキンは、霧で人を同性愛者に変えられると考えるのはばかげている、と批判した。
当時のアメリカ軍では、同性愛者であることを公にしたまま軍務に就くことは認められていなかった。1994年には、本人が明かさず軍も尋ねないことを条件に勤務を認める、いわゆる「聞かない、言わない」政策が施行されたばかりだった。同性愛そのものを部隊の弱みとみなす発想が、兵器の案にまで入り込んでいたことになる。
2007年、ライト研究所は、人々を笑わせ、そして考えさせた研究に贈られるイグノーベル賞の平和賞を受けた。授賞理由は、敵の兵士どうしをたまらなく魅力的に感じさせる化学兵器の研究開発を始めたこと、だった。実現しなかった兵器の話として笑われる一方で、非致死性兵器の研究そのものはその後も続き、悪臭で群衆を散らす装置などは実際に作られて使われている。