できごと

天明の浅間山大噴火

Tenmei eruption
AD1783年8月5日
重要度 3
ロシア帝国清スペイン帝国ラタナコーシン朝(シャム)ビルマ日本大越大越朝鮮王朝フィリピンカンボジアアイヌモシリAD1783年8月5日浅間山
このできごとには、まだ自由に使える図版が見つかっていません。 代わりに、このデータベースが持っているAD1783年8月5日の版図を描いています(12勢力)。

概要

浅間山が約90日にわたって噴火し、土石なだれが鎌原村を埋めた。降灰と泥流で関東に大きな被害が出て、天明の飢饉を深めた。

場所

浅間山
36.41°N 138.52°E · 日本・群馬県と長野県の境

本文

浅間山は、いまの群馬県と長野県の境にそびえる活火山である。記録に残る噴火は古代からあり、平安時代の終わりにも大きな噴火があった。1783年(天明3年)の噴火は、その中でも最も激しい災害をもたらしたもので、「天明の浅間焼け」とも呼ばれる。比較的新しい時代の出来事だったため、古文書や絵図が非常に多く残っている。

この頃の日本は、老中田沼意次が幕政を握る田沼時代にあった。東北地方ではすでに天候不順と凶作が続き、のちに天明の飢饉と呼ばれる大飢饉が始まっていた。浅間山が目を覚ましたのは、まさにそうした時期だった。

田沼時代に関わる図版:田沼意次の肖像画
田沼時代Wikimedia Commons Unknown author Unknown author · Public domain

最初に鳴動が記録されたのは旧暦4月9日(新暦5月9日)である。山はおよそ1か月ごとに噴火と小康状態を繰り返し、旧暦6月の終わりからは毎日のように噴火するようになった。遠く離れた江戸や銚子でも戸や障子が震え、灰が降るのが見られた。

旧暦7月7日(新暦8月4日)の夕方から翌未明にかけて、噴火は最高潮に達した。北の山腹を吾妻火砕流が流れ下り、関東の各地は降り注ぐ灰で昼でも暗くなった。軽井沢では軽石に打たれて死んだ人が出た。そして翌7月8日(新暦8月5日)の午前10時ごろに大爆発が起き、その音は京都や中国・四国地方でも聞こえたと伝わる。

このとき、3か月の噴火で山腹に積もっていた大量の噴出物が崩れ、巨大な土石なだれとなって北のふもとへ押し寄せた。宿場として栄えていた上野国吾妻郡の鎌原村(いまの嬬恋村鎌原)は一瞬で埋まり、村の人口570人のうち477人が死んだ。助かった93人の多くは、高台の鎌原観音堂に逃げ上がった人々だった。1979年からの発掘では、観音堂の埋もれた石段の下から、一人がもう一人を背負って逃げようとしたとみられる二人の女性の遺骨が見つかっている。鎌原村は、ヴェスヴィオ火山の噴火で埋まった町になぞらえて「日本のポンペイ」とも呼ばれる。

ヴェスヴィオ火山の噴火に関わる図版:Il cratere del Vulcano - panoramio
ヴェスヴィオ火山の噴火Wikimedia Commons pietro scerrato · CC BY 3.0

土石なだれは吾妻川に流れ込んで大規模な泥流となり、川沿いの村々を田畑や家ごと飲み込みながら利根川へ入った。泥流は銚子から太平洋へ出る一方、当時の利根川の本流だった江戸川を下って江戸湾にまで達した。江戸川の岸では、折れた木や家財とともに人や牛馬の遺体が流れ着いたという記録が残る。この噴火での死者は1600人余りとされる。北の山腹を流れ下った溶岩は固まって、いまも観光地として知られる鬼押出しになった。

火山灰は信濃と上野の田畑を覆い、多くの土地がその後数年にわたって荒れたままになった。すでに蓄えを使い果たしていた村々に、この噴火は追い打ちをかけた。浅間山の噴火は天明の飢饉を深刻にした原因の一つと広く考えられている。同じ年にはアイスランドのラキ火山でも巨大な噴火があり、北半球全体が冷えたことも重なった。上野と信濃では米価の高騰から一揆や打ちこわしが起き、こうした社会の混乱は田沼意次の失脚へとつながっていく。

幕府は勘定吟味役の根岸鎮衛を現地に送り、復旧に当たらせた。鎌原村には復興の資金が渡され、近隣の有力な百姓たちも救援に動いた。生き残った人々は家族を組み直し、生存者どうしで夫婦となって家を再建したことが、根岸の随筆『耳袋』に書き留められている。善光寺の僧・等順も鎌原村に入り、供養と施しを行った。

この噴火を記した記録は、地元の寺の住職の手記から、杉田玄白の随筆まで数多い。江戸の黄表紙は、灰が小判に変わるといった皮肉で、飢饉と松平定信の倹約政治を笑った。噴火の絵図は長崎のオランダ商館長ティツィングの手でヨーロッパにも紹介されている。浅間山の天明の噴火は、一つの火山の災害が飢饉と政治の転換にまで波及した例として、いまも防災の教訓に引かれている。

動画(1)

災害こそ歴史を変えてきた!?世界の大災害3選【タンボラ山噴火・天明の大噴火・明治三陸地震】非株式会社いつかやる三選の一つとして天明の飢饉を深めた噴火を語る

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