物語

『昨日までの世界』で読む伝統社会

出てくるできごと BC100000ごろ – AD1975
できごと 7
この物語に出てくる図版:P1050763 Louvre code Hammurabi face rwk
この物語に出てくるハンムラビ法典から。P1050763 Louvre code Hammurabi face rwk Wikimedia Commons Mbzt · CC BY 3.0

概要

国家のない社会は、争いも子育ても老いも、私たちと違うやり方で扱ってきた。何を学べるか。

この物語について

人類が国家の中で暮らすようになったのは、長い歴史の最後のわずかな時間にすぎない。それより前の世界は、争いも、子育ても、老いも、どう扱ってきたのか。そこから学べるものはあるのか。

『昨日までの世界』(ジャレド・ダイアモンド、2012年、日本語版2013年)は、著者が50年通ったニューギニアを土台にしている。著者は『銃・病原菌・鉄』や『文明崩壊』で知られるが、もとは鳥の研究者で、1960年代からニューギニアの森に通い続けた。この本は、その長い滞在で出会った人々の暮らしを、ほかの地域の狩猟採集民や農耕民の記録と並べて書いたものである。

時間の物差しから始めよう。人類が最初のアフリカ外進出を果たしてから、ある集団は東南アジアの島伝いに進み、海を渡って、当時オーストラリアとニューギニアが陸続きだった大陸サフルにたどり着いた。サフルへの渡海の時期は少なくとも5万年前とされ、もっと古く見る説もある。ニューギニアの人々は、その子孫である。島には険しい山と深い谷が続き、谷ごとに人々が分かれて暮らしてきた。高地では、世界のほかの地域とは別に、独自に農耕が始まった。ニューギニア高地の農耕は、肥沃な三日月地帯や中国と並ぶ、農耕の始まりの独立した中心の一つに数えられる。それでも、ニューギニアに国家は生まれなかった。

ダイアモンドは、人間の社会を大きさで分ける。数十人の小集団、数百人の部族、数千人以上を首長がまとめる首長制、そして国家。最初の国家が生まれたのは、およそ5500年前のメソポタミアとされる。それまでの数十万年、人類は、警察も裁判所も文字も無い小さな社会で暮らしてきた。国家の中にいる私たちの暮らしのほうが、人類史の中では例外なのである。

本は、見知らぬ人との出会い方から話を始める。小さな社会では、知っている人はみな親族か隣人で、見知らぬ者はまず敵かもしれない者として扱われた。森の中で知らない相手に出会うと、互いの親族や知り合いの名を挙げて、どこかでつながっていないかを長々と確かめる。つながりが見つかれば仲間になれるが、見つからなければ危ない。見知らぬ人だらけの町で平気で暮らせることは、国家と法があってはじめて成り立つ、人類史では新しい能力なのである。

国家が生まれると、争いの収め方が変わった。ハンムラビ法典のような法は、争いを当事者の手から取り上げ、国が裁き、罰を与える。国家の無い社会では、そうはいかない。相手とは明日も顔を合わせるし、関係がこじれれば仕返しの連鎖になる。本は、ニューギニアで車が子どもをはねた事件を例に引く。運転手の雇い主と遺族が仲立ちを通して話し合い、補償の品を渡し、食事を共にして悲しみを分かち合うことで、関係を修復する。何が正しかったかを決めることより、明日からまた共に暮らせるようにすることが重んじられた。

だが本は、国家の無い社会を平和な楽園としては描かない。小さな社会どうしの戦いは、一度の死者は少なくても、絶え間なく続く。人口に対する割合で見ると、戦いで死ぬ人の比率は、二度の世界大戦を経験した国々よりも高いことがある、と本は論じる。仕返しを止める第三者がいないからである。この点では、スティーブン・ピンカーの『暴力の人類史』と同じ立場に立っている。著者の前の本である物語「『銃・病原菌・鉄』で読む歴史」が大陸どうしの差を問うたのに対し、この本は一つの社会の内側の暮らしを問う。

子育ての章では、私たちのやり方との違いが際立つ。赤ん坊は長く乳を与えられ、いつも誰かに抱かれ、背負われて運ばれる。親だけでなく、祖父母やおじおば、年上の子どもたちが代わる代わる面倒を見る。子どもは危ない遊びも含めて自由に任されることが多い。老人の扱いは社会によって大きく違う。知恵と記憶の持ち主として敬われる社会もあれば、移動の暮らしの中で、動けなくなった老人を置いていくほかない社会もある。文字の無い社会では、老人の頭の中が図書館だった。本は、老人が孤立しがちな私たちの社会に向けて、孫の世話や知恵の伝え手としての役割を、もっと生かせるはずだと提案している。

危険の見積もり方にも学ぶものがある。ニューギニアの人々は、枯れ木の下では決して野営しなかった。一晩に倒れてくる確率は小さくても、それを何千回と繰り返せば、いつか当たる。ダイアモンドはこの慎重さを「建設的なパラノイア」と呼び、飛行機事故やテロのような珍しい危険を恐れて、車の運転や転倒のような日々の危険を軽んじる私たちと比べる。

言葉と健康も扱われる。ニューギニアでは、1000近い言語が話されてきた。小さな地域ごとに言葉が違い、人々は子どものころから複数の言葉を使い分けて育つ。健康の面では、塩も砂糖もほとんど取らない暮らしでは、高血圧や糖尿病がほとんど見られなかった。それが近代的な食事に切り替わると、一世代のうちにこうした病気が急増する。本は、これを伝統社会から学べる最も身近な教訓の一つとして挙げている。宗教についても、本は役割の移り変わりとして論じる。自然の出来事を説明し、不安を和らげ、慰めを与えるという役割は、小さな社会から続くものだ。それが国家の時代になると、見知らぬ人どうしに共通の道徳を与え、支配者に正統性を与え、ときに戦争を正当化する役割を帯びるようになる。

国家の外の暮らしは、本当に「昨日」なのだろうか。東南アジア大陸部の山地を研究したジェームズ・スコットは、ゾミアの山地民の人々を、国家から逃れることを選んだ人々として描いた。国家の外にいることは、遅れではなく選択だった、という見方である。『反穀物の人類史』や物語「『万物の黎明』で読む歴史」も、国家に至る道を一本の進歩の階段とは見ない。ダイアモンドの本と読み比べると、同じ人々が違って見えてくる。

ニューギニアの「昨日」は、文字どおり昨日だった。高地の谷に大勢の人が住んでいることを外の世界が知ったのは、1930年代の探検によってである。それからわずか40年あまりで、1975年のパプアニューギニアの独立により、この島の東半分は国家になった。一人の人生の中で、国家の無い世界から国家の中へ移った人々がいる。著者が50年にわたって見てきたのは、その移り変わりだった。本の冒頭は、ニューギニアの空港の場面から始まる。携帯電話を手に搭乗を待つ人々の、ほんの一、二世代前には、石の斧を使っていた人々がいた。

結論は懐かしがることではない。暴力と乳児死亡率は高く、飢えの危険は常にある。それでも、子育てと老いと争いの収め方には、学べるものがある、という書き方になる。私たちの社会のやり方は、人類が試してきた多くのやり方のうちの一つにすぎない、という見方がこの本の土台にある。

この物語は、本が扱った主題に対応する項目を並べたものになる。本文は写していない。

「伝統社会」を一つにまとめすぎている、という批判はこの本にも向けられている。先住民の権利を守る団体からは、伝統社会を暴力的なものとして描くことが、その土地を奪う側の言い分に使われかねない、という強い反論も出た。

動画(1)

Jared Diamond: The World Until YesterdayUC Berkeley Events著者本人が、50年通ったニューギニアから何を学んだかを話す

この物語が起きた場所

筋(7)

年代順に並べてあります。役どころが書いてあるものは、なぜこの物語に含まれるかを添えました。

  1. 最初のアフリカ外進出できごと約18万〜9万年前(ミスリヤ/スフール・カフゼー)レヴァントまで出た集団は、そこで途絶えたらしい。いまアフリカの外にいる人のほとんどは、ずっとあとの一度の出立の子孫になる。カルメル山の洞窟群(位置は特定されていない)
  2. サフルへの渡海できごと約6万5000年前(5万〜7万年前と幅がある)氷期でも、この海は陸続きにならない。最低でも数十kmを船で渡ったことになる。人類が意図して外洋を越えた、最も古い証拠になる。マジェドベベ
  3. 農耕の始まりできごと紀元前90世紀麦を蒔き、羊を囲った。栄養は偏り、身長は縮み、病気は増えた。それでも人口は桁違いに増える。肥沃な三日月地帯(位置は特定されていない)
  4. ニューギニア高地の農耕できごとこの年表より前から(およそ1万年前に始まる)著者が50年通った土地世界で独立に農耕が始まった数少ない場所のひとつ。タロイモとバナナを育てる排水路の跡が残る。ニューギニア高地(位置は特定されていない)
  5. ハンムラビ法典できごとBC1754年頃争いを罰で収める側の起点282条を石碑に刻んで公開した。刑罰は身分によって差があり、目には目をの原則で知られる。バビロン
  6. ゾミアの山地民できごと1600年国家の外で暮らすということ東南アジアの山地に住む人びとは、国家に追いつかれなかったのではなく、国家から逃げてそこにいる。焼畑も、文字を持たないことも、逃げるための技術だった、という見方になる。ゾミア(東南アジア大陸部の山地)(位置は特定されていない)
  7. パプアニューギニアの独立できごとAD1975年9月16日「昨日までの世界」がいつ終わったか800を超える言語が話される土地が、一つの国として独立した。植民地の境界線がそのまま国境になった例で、統合はいまも課題として残る。ポートモレスビー

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