物語

『万物の黎明』で読む歴史

出てくるできごと BC68000ごろ – AD1703ごろ
できごと 14人物 2
この物語に出てくる図版:P1050763 Louvre code Hammurabi face rwk
この物語に出てくるハンムラビ法典から。P1050763 Louvre code Hammurabi face rwk Wikimedia Commons Mbzt · CC BY 3.0

概要

狩猟採集から農耕へ、村から都市へ、そして国家へ。その一本道の筋書きそのものが間違いだ、という本。

この物語について

人類は、小さな平等な群れで暮らしていた。やがて農耕を覚えて定住し、余剰ができて不平等が生まれ、都市を作り、王と国家に行き着いた。この筋書きは、本当に起きたことなのか。それとも、私たちが自分の社会を説明するために作った物語なのか。『万物の黎明』(デヴィッド・グレーバー、デヴィッド・ウェングロウ、2021年、日本語版2023年)は、後者だと言う。

著者の一人のデヴィッド・グレーバーは、アメリカ生まれの人類学者で、マダガスカルでの調査と、借金の歴史を書いた『負債論』で知られていた。もう一人のウェングロウは、イギリスの考古学者で、古代の中東とエジプトを研究してきた。二人は十年ほどかけてこの本を書いたが、グレーバーは本を書き終えた3週間後、2020年9月に59歳で急死した。本は、彼の死後に出た。

本は、この年表に入っている他の本の多くに、正面から反論する。人類の歴史を、狩猟採集から農耕へ、村から都市へ、首長から王へという一本の階段として描く見方は、18世紀のルソーにもホッブズにも、そして現代の『サピエンス全史』にも共通している。ルソーは、人は自然の状態では平等で自由だったが、農耕と財産が不平等を生んだと嘆いた。ホッブズは、国家がなければ人の生は万人の闘争になると言った。答えは逆でも、一本の階段を上る、あるいは転げ落ちるという筋は同じである。本はその筋そのものを、証拠ではなく物語だと言う。

その物語がどこから来たかを、本は第2章で問う。答えは意外なところにある。17世紀から18世紀にかけて、北アメリカのフランス人の宣教師や役人は、先住民と長い議論を交わし、その記録を本国に送った。先住民の側は、ヨーロッパ人の社会を鋭く批判した。なぜあなたがたは、ある者が飢え、ある者が有り余る富を持つのを許すのか。なぜ一人の王の命令に従うのか。本はそうした先住民による西洋批評の代表として、五大湖のあたりに暮らしたウェンダットの政治家カンディアロンクを挙げる。フランスの貴族ラオンタンが、カンディアロンクとの対話をもとにした本を1703年に出し、それがヨーロッパで広く読まれた。本は、自由や平等という近代ヨーロッパの理念は、内側から生まれたのではなく、こうした外からの批判に刺激されて生まれた、と論じる。そして、それに答えるために、ヨーロッパの思想家たちは、人類が「未開」から「文明」へ進むという段階の理論を作った、と言う。先住民の自由を、遅れた段階のものとして片づけるためだった、という読みである。ただし、ラオンタンの本の対話がどこまでカンディアロンク本人の言葉なのかは、研究者の間でも見方が分かれている。

本の中心は、考古学の新しい証拠を一つずつ並べて、一本の階段の筋が合わないことを示すところにある。まず、氷河期の人びとは、思われていたよりずっと豊かで複雑な社会を持っていた。ショーヴェ洞窟の壁画や、ライオンマン像のような象牙の彫刻は、何万年も前の人びとの想像力を示している。ヨーロッパの氷河期の遺跡には、手厚く葬られた墓や、大きな共同の住まいも見つかる。

本が強調するのは、季節による社会の変化である。北極圏の人びとや、北アメリカの平原の人びとの一部は、一年のうちのある季節には大きな集団で暮らして、ときに強い権威を持つ者を立て、別の季節には小さな群れに分かれて、その権威を解いた。人は昔から、社会の形を一つに決めずに、季節ごとに切り替えていたのではないか、と本は言う。

トルコ南東部のギョベクリ・テペでは、まだ農耕を始めていない人びとが、彫刻のある巨大な石の柱を立てた。順序が逆になる。北アメリカのルイジアナでは、紀元前1600年ごろの狩猟採集民が、巨大な半円形の土塁を築いた。ポバティ・ポイントの土塁である。農耕と余剰がなければ大きな建造物はできない、という前提は成り立たない。

農耕の始まりも、一本道ではなかった、と本は言う。中東では、人びとは数千年にわたって、植物を育てることを、遊びのように試しては、やめていた。本はこれを、農耕への「革命」ではなく、長いあいだの行ったり来たりとして描く。アマゾンやカリフォルニアには、農耕を知っていながら、それを主な暮らし方にしなかった集団もいる。トルコのチャタル・ヒュユクでは、数千人が何百年も暮らしたのに、王の住まいや、目立って大きな家が見つからない。

都市についても同じことが言える、と本は言う。ウクライナの草原には、紀元前4000年ごろ、数千人から一万人規模とされる大集落が並んだが、そこには王宮も神殿も見つからない。メソポタミアのウルク。都市というものの始まりの初期や、インダス文明の都市にも、はっきりした王の痕跡は乏しい。メキシコのテオティワカンの隆盛の時代、人びとは途中で巨大な神殿を建てるのをやめ、住民のための立派な集合住宅を町じゅうに建て直した、と本は読む。北アメリカのミシシッピ川のほとりでは、カホキアという大きな中心が栄え、権力の集中が進んだが、14世紀には人びとに捨てられた。カホキアの放棄のあと、まわりの社会は、むしろ権力の集中を避ける仕組みを作った、というのが本の読みになる。

では、国家とは何なのか。本は、王や国家を一つのまとまりとして見るのをやめ、支配の三つの基本の形に分ける。暴力を独占する主権、情報と記録を握る官僚制、そして人びとの前で目立つことを競うカリスマの政治である。歴史のなかでは、この三つが、別々に、ばらばらに現れてきた。三つが重なり合ったところに、私たちが「国家」と呼ぶものができた。ハンムラビ法典を掲げたバビロニアの王は、主権と官僚制を合わせた例として出てくる。秦の中国統一の中国も、そうした重なりの一つとして扱われる。

そして本は、人が本来持っていた三つの自由を挙げる。どこかへ移っていく自由、命令に従わない自由、そして社会の関係を作り直す自由である。人類の歴史の大半では、人びとは嫌な支配者から逃げ、従わず、季節ごとに社会を作り替えてきた。ところが、いつのころからか、私たちは一つの形に閉じ込められ、それを作り替えられなくなってしまった。なぜ私たちは身動きが取れなくなったのか、というのが本の最後の問いになる。本はそれに答えを出しきらずに終わる。著者の一人が亡くなったため、という事情もある。

反論も強い。考古学の証拠の読み方が都合よすぎる、という批判が、専門家から多く出ている。王宮が見つからないことは、王がいなかったことを意味しない。季節で社会を切り替える例は、歴史全体を説明できるほど多くない。ルソーやホッブズや他の本の主張を、実際より単純な形にして反論している、という指摘もある。一方で、人類の過去を一本の階段として描く見方を揺さぶった、という点では、批判する側の多くもこの本の役割を認めている。

この物語は、本が例に使ったできごとを、このデータベースの側から並べ直したものである。本文は写していない。章題は日本語版で確かめていないので、番号と主題だけを書いた。議論の側の動画も、同じ物語に付けてある。この本が反論する筋の代表である『サピエンス全史』は、物語物語「『サピエンス全史』で読む歴史」として並べてある。人類の過去が一本道でなかったとすれば、未来もまた一本道ではないはずだ、というのが、本がいちばん伝えたかったことなのかもしれない。

動画(3)

“The Dawn of Everything”: David Wengrow & the Late David Graeber On a New History of HumanityDemocracy Now!著者二人が本の要点を短く話す。グレーバーの死の直前の収録になる
The Dawn of Everything: A New History of HumanityBritish Library共著者ウェングロウによる、本一冊ぶんの講演
The Dawn of Everything | LSE Online EventLSE考古学の側から、本の主張がどこまで通るかを議論している

この物語が起きた場所

ロシア帝国清スペイン帝国ポルトガル帝国オスマン帝国中央アジアの諸ハン国T'atsaot'ineムガル帝国ペルー副王領アサバスカ諸族アマゾンの狩猟採集民ヌエバ・エスパーニャ副王領カザフ・ハン国サファヴィー朝チベットネーデルラント連邦共和国チュクチパンパの諸文化大英帝国スウェーデン帝国サバンナの狩猟採集民クリーブロンボス洞窟(1件) 認知革命ホーレンシュタイン・シュターデル洞窟(1件) ライオンマン像ショーヴェ洞窟(1件) ショーヴェ洞窟の壁画ギョベクリ・テペ(1件) ギョベクリ・テペ肥沃な三日月地帯(1件) 農耕の始まりチャタル・ヒュユク(1件) チャタル・ヒュユクウルク(1件) ウルク。都市というものの始まりモヘンジョダロ(1件) インダス文明バビロン(1件) ハンムラビ法典ポバティ・ポイント(1件) ポバティ・ポイントの土塁咸陽(1件) 秦の中国統一テオティワカン(1件) テオティワカンの隆盛カホキア(1件) カホキアの放棄ケベック(1件) 先住民による西洋批評

できごと14件が起きた14か所。 同じ場所で何度も起きていれば、その数だけ大きくなります。国境はAD1703の版図(この枠に大きく入る22勢力)。 物語は何百年にもまたがるので、最後のできごとの年で描いています。人物・国と、場所の分かっていないできごと2件は出ていません。押すと、この物語だけに絞った地図が開きます。

筋(16)

年代順に並べてあります。役どころが書いてあるものは、なぜこの物語に含まれるかを添えました。

  1. 認知革命できごと約7万年前〜3万年前本が反論する相手。「認知革命で協力が始まった」という筋そのものを疑う言葉が、目の前に無いものを語れるようになった。虚構を共有できれば、見ず知らずの数百人が協力できる。ハラリはここを人類史の起点に置く。ブロンボス洞窟
  2. ライオンマン像できごと約4万年前マンモスの牙を彫った、獅子の頭を持つ人。実在しないものを形にした、いま知られている最も古い証拠になる。ホーレンシュタイン・シュターデル洞窟
  3. ショーヴェ洞窟の壁画できごと約3万6000年前氷河期の社会は、思われているより豊かで複雑だった馬、獅子、犀、そして壁に押し当てた手。1994年の発見時、これほど古いとは誰も信じなかった。描いた人が何を思っていたかは、分からないままになる。ショーヴェ洞窟
  4. ギョベクリ・テペできごと紀元前95世紀農耕を知らない人びとが巨石を立てた。順序が逆になる農耕が始まる前に、狩猟採集の人びとが巨石を立てて何かを建てた。神殿が先で村が後だった可能性が出てくる。ギョベクリ・テペ
  5. 農耕の始まりできごと紀元前90世紀農耕は一本道ではなく、始めては捨てられた麦を蒔き、羊を囲った。栄養は偏り、身長は縮み、病気は増えた。それでも人口は桁違いに増える。肥沃な三日月地帯(位置は特定されていない)
  6. チャタル・ヒュユクできごと紀元前71世紀数千人が住んで、王の家が無い道が無く、屋根の上を歩いて天井の穴から家に入る町。数千人が住んだが、王の家らしきものが見つからない。チャタル・ヒュユク
  7. ウルク。都市というものの始まりできごと紀元前35世紀初期の都市に、王宮も王墓も見つからない数万人が城壁の中に住んだ。分業も神殿も官僚も、ここで一度に現れている。ウルク
  8. インダス文明できごとBC2600年同じく、支配者の痕跡が無い都市碁盤の目の街路と下水を備えた都市が並んだ。文字は未解読で、王の墓も神殿も見つかっていない。モヘンジョダロ
  9. ハンムラビ法典できごとBC1754年頃国家の三つの原理のうち、主権と官僚制の例282条を石碑に刻んで公開した。刑罰は身分によって差があり、目には目をの原則で知られる。バビロン
  10. ポバティ・ポイントの土塁できごとBC17〜12世紀狩猟採集民が100万立方メートルの土を動かした農耕をしない狩猟採集の人びとが、100万立方メートルの土を運んで半円の土塁を築いた。農業が無ければ大工事もできない、という前提が崩れる。ポバティ・ポイント
  11. 秦の中国統一できごとBC221年戦国の争いを制して中国が初めてひとつになった。度量衡・文字・車軌が揃えられる。咸陽
  12. テオティワカンの隆盛できごとAD100年途中で神殿をやめ、住民の集合住宅を建て直した都市人口10万を超え、同時代のローマと並ぶ規模だった。誰が建てたのか、どの言語を話したのかも分かっていない。テオティワカン
  13. カホキアの放棄できごとAD1350年頃国家が生まれ、そして人びとに捨てられた北米最大の都市が、200年で人口を失った。洪水、森の消費、内紛、気候の寒冷化。理由は一つに絞れていない。カホキア
  14. カンディアロンク人物AD1649年頃 – AD1701年8月2日第2章の主役五大湖のウェンダットの指導者で、外交と弁論で知られた。フランス人との対話の記録が本国で読まれ、ヨーロッパ人が自分たちの社会を疑う材料になった。
  15. 先住民による西洋批評できごとAD17世紀末〜18世紀初め第2章。自由と平等の理念は、外から投げ込まれた批判から来たウェンダットの指導者カンディアロンクが、金と身分と刑罰でしか人を動かせないフランス人を論駁した。その対話が本になり、ヨーロッパで版を重ねる。ケベック
  16. デヴィッド・グレーバー人物AD1961年2月12日 – AD2020年9月2日著者。本の完成の3週間後に急死したマダガスカルを調べた人類学者で、借金の5000年を書き、ウォール街占拠の運動に加わった。59歳で急死し、最後の本は共著者が出した。

重なっているストーリー

同じできごとや人物を含む物語です。何件を共有しているかを添えました。

文明のはじまり10件を共有 / 農耕も都市も文字も、離れた場所で別々に始まった。そして始まった順序は、思っているのと違う。『サピエンス全史』で読む歴史9件を共有 / ハラリが人類史を三つの革命で切った本。その筋に沿って、このデータベースの項目を並べ直す。都市の歴史5件を共有 / 人が密集して住むという異常な選択が、文明のほとんどを生んだ。接触前のアメリカ4件を共有 / 旧大陸と行き来のないまま、農耕も都市も国家も別々に生まれた。3000年ぶんの、独立した実験。『世界史』(マクニール)で読む歴史4件を共有 / 文明どうしが接触し、借り、競い合うことで歴史が動く。世界を一つの物語として書いた最初の教科書。『反穀物の人類史』で読む歴史4件を共有 / 人が穀物を育てたのではなく、穀物と国家が人を囲い込んだ。最初の国家は、なぜ壁の内側に人を閉じ込めたのか。『銃・病原菌・鉄』で読む歴史3件を共有 / なぜ征服したのがスペイン人で、されたのがインカだったのか。ダイアモンドは答えを人ではなく大陸の形に求めた。『繁栄』で読む歴史3件を共有 / 人類が豊かになったのは交換のおかげで、悲観する理由はいつも外れてきた、という本。反論側も付けてある。『負債論』で読む歴史3件を共有 / お金は物々交換の不便から生まれた、という話は史料に無い。先にあったのは借りのほうだ、という本。『暴力と不平等の人類史』で読む格差3件を共有 / 格差を大きく縮めたのは、改革ではなく破局だった。戦争、革命、国家の崩壊、疫病の四つしかない、という本。古代オリエント2件を共有 / 文字も法も都市も、まずここで生まれた。そして次々に主が入れ替わる2500年。考えることの歴史2件を共有 / 同じ数百年のあいだに、ギリシアでも中国でもインドでも、人が根本から考え直した。『疫病と世界史』で読む歴史2件を共有 / 歴史を動かしたのは王でも思想でもなく、目に見えない微生物だった、と最初に言い切った本。『暴力の人類史』で読む歴史2件を共有 / 人が人を殺す率は、狩猟採集の時代から今まで、長い目で見ればずっと下がってきた、という本。反論も多い。『ホモ・デウス』で読む次の歴史2件を共有 / 飢餓と疫病と戦争を抑え込んだ人類が、次に何を目指すか。『サピエンス全史』の続編。『昨日までの世界』で読む伝統社会2件を共有 / 国家のない社会は、争いも子育ても老いも、私たちと違うやり方で扱ってきた。何を学べるか。住まいの歴史2件を共有 / 洞窟と竪穴の家から、長屋、集合住宅、団地、郊外の一戸建てまで。人はどこに、どう住んできたのか。ムンディ先生の講義で学ぶ歴史2件を共有 / 高校の先生「ムンディ先生」が、世界史と日本史を200講ずつで通した授業の動画。ここに並ぶ項目には、その講の動画が付いている。中華の統一1件を共有 / 殷を倒した周から、初めて中国をひとつにした秦まで。800年かけて「天下」という考えが育つ。中国の王朝1件を共有 / 殷から清まで3000年。王朝は替わっても、同じ型で替わり続けた。技術と産業1件を共有 / 道具が人を変え、その人がまた道具を作った。速さが加速していく話。『物質文明・経済・資本主義』で読む三つの層1件を共有 / 毎日の暮らし、市場での取引、そしてその上に乗る資本主義。ブローデルは経済を三層に分けた。『交易の世界史』で読む物の流れ1件を共有 / シュメールの銅から現代のコンテナまで。人が物を遠くへ運ぶために、何をしてきたか。『史記』で読む中国1件を共有 / 2000年前に、一人の男が3000年ぶんを書いた。宮刑を受けてなお書き続け、以後の中国の歴史書の型になった。食の歴史1件を共有 / 何を食べるかは、誰が作り、どう運び、どう残すかで決まってきた。台所の外の仕組みの歴史になる。法と裁判の歴史1件を共有 / 力の強い者の思いのままだった裁きを、書かれた法と手続きで縛ってきた歴史。
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