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Event / できごと

ローマ進軍

March on Rome
AD1922年10月28日
重要度 4
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概要

第一次世界大戦のあと、イタリアでは物価が上がり、工場の占拠やストライキが続いた。ムッソリーニの率いる黒シャツ隊は、社会主義者を暴力で襲い、秩序を守る者として地主や経営者の支持を集める。1922年10月28日、彼らはローマへ向けて行進を始めた。軍で鎮めることはできたが、国王は戒厳令への署名を拒み、ムッソリーニを首相に任じる。暴力の威しが、合法の手続きで権力に変わった。ファシズムが国を握った最初の例である。

場所

ローマ
41.89°N 12.49°E · イタリア・ラツィオ州

本文

戦後の混乱。

第一次世界大戦のあとのイタリア。

(1)物価が上がり、工場の占拠やストライキが続いた。

(2)そして、ベニート・ムッソリーニの率いる黒シャツ隊は、社会主義者を暴力で襲った。

(3)さらに、秩序を守る者として、地主や経営者の支持を集めた。

1922年10月28日。

彼らはローマへ向けて行進を始めた。

(1)軍で鎮めることはできた。

(2)そして、国王は戒厳令への署名を拒んだ。

(3)さらに、ムッソリーニを首相に任じた。

残ること。

暴力の威しが、合法の手続きで権力に変わった。

ファシズムが国を握った最初の例である。十年後、ドイツで同じ道がたどられる。〈——国会議事堂放火事件。〉

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