概要
醍醐天皇の命で、紀貫之、紀友則、凡河内躬恒、壬生忠岑が編んだ最初の勅撰和歌集。20巻、1100首。『万葉集』の後の150年から。仮名の序。「やまとうたは、人の心を種として」。それから500年、勅撰集は21回続き、歌の型はこの本が決めた。
場所
35.03°N 135.76°E · 日本・京都府
関わった人(1)
紀貫之AD872年頃–AD945年頃 · 編んだ本文
延喜5年4月18日。 醍醐天皇。 紀友則、紀貫之、凡河内躬恒、壬生忠岑。 「万葉集に入らぬ古き歌、自らのをも奉らしめたまひてなむ」。 20巻。1111首。 春上、春下、夏、秋上、秋下、冬、賀、離別、羇旅、物名、恋一から五、哀傷、雑上、雑下、雑体、大歌所御歌。 四季と恋。 「仮名序」。貫之。 「やまとうたは、人の心を種として、よろづの言の葉とぞなれりける。世の中にある人、ことわざ繁きものなれば、心に思ふことを、見るもの聞くものにつけて、言ひ出せるなり。花に鳴く鶯、水に住む蛙の声を聞けば、生きとし生けるもの、いづれか歌をよまざりける。力をも入れずして天地を動かし、目に見えぬ鬼神をもあはれと思はせ、男女の仲をもやはらげ、猛き武士の心をも慰むるは、歌なり」。 「真名序」。紀淑望。 六歌仙。僧正遍昭、在原業平、文屋康秀、喜撰法師、小野小町、大伴黒主。 「在原業平は、その心余りて、言葉たらず」。 「小野小町は、いにしへの衣通姫の流なり。あはれなるやうにて強からず」。 「人麻呂は赤人が上に立たむこと難く、赤人は人麻呂が下に立たむこと難く」。 読み人知らず。450首。 「見渡せば柳桜をこきまぜて都ぞ春の錦なりける」。素性。 「久方の光のどけき春の日にしづ心なく花の散るらむ」。友則。 「人はいさ心も知らずふるさとは花ぞ昔の香に匂ひける」。貫之。 「月やあらぬ春や昔の春ならぬわが身ひとつはもとの身にして」。業平。 「花の色は移りにけりないたづらにわが身世にふる眺めせしまに」。小町。 「わが君は千代に八千代にさざれ石の巌となりて苔のむすまで」。賀。読み人知らず。「君が代」。 掛詞。縁語。見立て。 「古今調」。 勅撰集。21代集。1439年の『新続古今和歌集』まで。 定家。古今伝授。 本居宣長。「古今集は、和歌の本」。 正岡子規。1898年。「貫之は下手な歌よみにて、古今集はくだらぬ集」。 「万葉に帰れ」。 それでも、日本の歌の言葉は、古今から。 「桜」。「散る」。「月」。