物語

『物質文明・経済・資本主義』で読む三つの層

出てくるできごと BC8951ごろ – AD1949
できごと 9人物 1国 2
この物語に出てくる図版:Foire de Champagne XIIIe
この物語に出てくるシャンパーニュの大市から。Foire de Champagne XIIIe Wikimedia Commons JPS68 via photoshop · Public domain

概要

毎日の暮らし、市場での取引、そしてその上に乗る資本主義。ブローデルは経済を三層に分けた。

この物語について

私たちが毎日食べ、着て、住んでいるものは、歴史になるのか。そして「市場」と「資本主義」は、同じものなのか。

『物質文明・経済・資本主義』(フェルナン・ブローデル、1979年、日本語版1985年〜)は、15世紀から18世紀までの経済を、三巻・三層で書く。フェルナン・ブローデルが、物語「『地中海』で読む歴史」で示した「速さの違う時間」の考え方を、地中海から世界全体に広げた仕事になる。第1巻の最初の形は1967年に出ており、そこから全三巻がそろうまでに十数年かかった。著者が70代の後半になってから完成させた本である。

本の組み立ては、三階建ての家にたとえられる。いちばん下の階は、ほとんど意識されない日々の暮らしで、人は食べ、眠り、働き、自分で作ったものを自分で使う。その上の階が、市場での交換で、値段は競争で決まり、誰でも参加できる。いちばん上の階に、ごく少数の大商人と金融業者がいる。ブローデルはこの最上階だけを資本主義と呼んだ。

第1巻は「日常性の構造」。何を食べ、何を着て、どんな家に住み、どんな道具を使ったか。人口はどれだけで、どれだけの人が飢えたか。薪と水車と風車と家畜の力で、どれだけのことができたか。本の副題の言葉で言えば、「可能なことと不可能なこと」の限界を描く巻になる。ほとんど変わらない、ゆっくりした層である。

暮らしの限界を決めたのは、まずエネルギーだった。人と家畜の筋肉、薪、水車、風車。それ以上の力は無く、森が切り尽くされれば薪の値が上がり、冬の寒さがそのまま人の命を左右した。蒸気機関が来るまで、この天井はほとんど動かなかった。

この巻でいちばん知られているのは、三つの主食の話だろう。小麦、米、トウモロコシ。それぞれが違う社会を作った、と著者は言う。小麦は休ませる畑と家畜を必要とし、ヨーロッパの農村と肉食と牧畜を形づくった。米は狭い土地に多くの人を養えるが、田に水を引き、苗を植えるために、絶え間ない労働と人の密集を求めた。そしてトウモロコシの栽培化で生まれたトウモロコシは、少ない手間で多くの収穫をもたらした。新大陸の農民には時間が余り、その時間が、王や神官のための神殿や道の建設に向けられた、と著者は見た。農耕の始まり以来の作物の選択が、何千年も社会の形を決めていた、という筋になる。

一方で、この数世紀に食卓は少しずつ変わった。コーヒー、茶、チョコレート、たばこ、蒸留酒。はじめは一部の金持ちのぜいたく品だったものが、やがて町の人びとの毎日のものになる。ぜいたくがいつのまにか必需品に変わっていく過程を、本は丁寧にたどっている。

第2巻は「交換のはたらき」。市場、店、行商人、定期市、為替、取引所。透明で、誰でも参加でき、値が競争で決まる層になる。中世の大きな例が、12世紀から13世紀に栄えたシャンパーニュの大市で、北のフランドルの毛織物商人と、南のイタリアの商人が、年に何度も決まった町に集まって取引し、帳簿の上で支払いを相殺した。16世紀には、ジェノヴァの銀行家たちが年に4回、決まった町に集まって、ヨーロッパじゅうの為替手形を一度に決済する市を開いた。そこで動くのは品物ではなく、紙の上の債権だけだった。17世紀には、それが常設の取引所に変わる。1602年に開かれたアムステルダム取引所では、毎日決まった時間に商人が集まり、株や商品の先物までが売り買いされた。

第3巻は「世界時間」。その上に乗る、少数の大商人の層を扱う。彼らは独占し、情報を握り、遠く離れた土地のあいだの値段の差で儲ける。ある商品だけを扱うことはせず、儲かるところへ資金を移し続ける。ブローデルはこれを資本主義と呼び、市場経済とはっきり分けた。市場が透明で競争的なのに対し、資本主義は見通しのきかない、競争を避けるところに住んでいる。資本主義は市場の反対物だ、という言い方までしている。

本は町の役割にも目を向ける。ヨーロッパの町は、王や領主から特権を勝ち取り、自分たちで税と裁判と軍を持つことがあった。著者は、中国やイスラーム世界の大きな町が、多くの場合、王朝や総督の支配の下にあったことと比べ、ヨーロッパの町の自治が、商人の富を守り、資本主義を育てる場になったと見た。

世界には、その資本主義が集まる中心の都市があり、中心は移り変わる。著者は、一つの中心を持ち、周りに半ば従う地域と、遠い周辺を従えた広がりを「世界経済」と呼んだ。14世紀から15世紀の中心はヴェネツィアで、香辛料の船団と、数千人が働く国営の造船所が地中海の交易を握った。16世紀にはアントウェルペンへ、そしてジェノヴァの銀行家たちへ移る。アンデスのポトシ銀山の開発から流れ出た銀は、スペインの財政を通ってジェノヴァに集まり、さらに一部はマニラを経て中国へ渡った。明では税を銀で納める仕組みが広がっており、新大陸の銀はその需要に吸い込まれていった。

17世紀、中心はアムステルダムになる。オランダの黄金時代のオランダは、小さな国でありながら、バルト海の穀物、アジアの香辛料、ヨーロッパの金融を握った。同じ頃、カリブの島々ではカリブの砂糖プランテーションが広がり、アフリカから連れてこられた人びとの労働で作られた砂糖が、ヨーロッパの食卓を甘くしていった。18世紀には、中国の茶がイギリス人の毎日の飲み物になり、広州の茶貿易がその窓口になった。いちばん下の階の暮らし、つまり何を食べ何を飲むかが、いちばん上の階の大商人の儲けと、遠い周辺での強いられた労働とで結ばれていた。

オランダの黄金時代に関わる図版:Joannes van Deutecum - Leo Belgicus 1650 - published by Claes Jansz Visscher Amsterdam
オランダの黄金時代Wikimedia Commons Claes Janszoon Visscher II / Joannes van Doetecum I · Public domain

18世紀の終わり、中心はロンドンへ移る。産業革命も、著者の見方では、突然の断絶ではなく、長い商業と金融の蓄積の上に起きたものだった。資本主義は工場から始まったのではなく、もっと古くから、商業と金融の高みに住んでいた、というのが本の主張になる。

では、なぜヨーロッパだったのか。中国にも大きな市場と豊かな商人がいた。著者は、中国では国家が商人の上に立ち続け、富が一つの家に何代も積み上がることを許さなかったのに対し、ヨーロッパでは国家どうしの競争と町の自治のなかで、最上階の資本主義が居場所を得た、と見た。

産業革命に関わる図版:Powerloom weaving in 1835
産業革命Wikimedia Commons Illustrator T. Allom, Engraver J. Tingle · Public domain

本の考え方は、同じ頃に出た物語「『近代世界システム』で読む歴史」と深く響き合っている。ウォーラーステインはブローデルから多くを受け取り、ブローデルもまた、中核と周辺という見方を取り入れた。ただ、ブローデルは世界経済を16世紀より前、中世の地中海にまでさかのぼらせ、ウォーラーステインより長い時間で見ている。

批判もある。資本主義を最上階の大商人だけに限る定義は、工場と賃労働を中心に資本主義を考える人びとからは狭すぎると言われた。三つの層の関係も、比喩としては鮮やかだが、どう動き合うのかは曖昧だ、という指摘がある。それでも、パンの値段や家の暖房から世界経済を描くという仕事は、この後の歴史学に大きな影響を与えた。

著者はこの本を完成させたあと、1985年に死んだ。この物語は、本が扱ったできごとを三巻に沿って並べたものになる。本文は写していない。スーパーの棚に並ぶ砂糖と茶とトウモロコシのそれぞれに、何百年分の三階建ての家が重なっている。

この物語が起きた場所

筋(12)

年代順に並べてあります。役どころが書いてあるものは、なぜこの物語に含まれるかを添えました。

  1. 農耕の始まりできごと紀元前90世紀第1巻。主食が社会を決める麦を蒔き、羊を囲った。栄養は偏り、身長は縮み、病気は増えた。それでも人口は桁違いに増える。肥沃な三日月地帯(位置は特定されていない)
  2. トウモロコシの栽培化できごと約9000年前実が指ほどしかない野生のテオシントから、数千年かけて作った。新大陸で農耕の立ち上がりが遅れた理由の一つに挙げられる。バルサス川流域(位置は特定されていない)
  3. ヴェネツィア共和国国AD697年(最初のドージェの選出。伝承) – AD1797年(ナポレオンによる解体)潟の上に建った都市が、1100年続いた。東ローマの属領から始まり、第四回十字軍で帝都を略奪し、地中海東部の海を握った。ナポレオンが一言で終わらせる。
  4. シャンパーニュの大市できごと1150年第2巻。交換の層年に六度、北の毛織物と南の香辛料がこの平野で出会った。伯爵が道中の安全と裁判を保証し、そこで為替と信用取引の作法が育つ。トロワ
  5. ポトシ銀山の開発できごとAD1545年南米の銀がヨーロッパを経て中国へ流れた。世界で最初の、地球を回るお金の流れ。ポトシ
  6. ネーデルラント連邦共和国国AD1581年(廃位布告) – AD1795年(フランス軍の侵入による崩壊)王を戴かない共和国が、80年戦ってスペインから独立した。人口200万の国が、17世紀の世界の海運の半分を握る。株式会社と証券取引所と中央銀行が、ここでほぼ同時に生まれた。
  7. オランダの黄金時代できごと1600年第3巻。世界の中心がアムステルダムになる株式会社と証券取引所が生まれ、小国が世界の海運を握った。レンブラントもこの時代の人。アムステルダム
  8. カリブの砂糖プランテーションできごと1640年小さな島が、世界で最も利益の出る土地になった。砂糖のために数百万人が大西洋を運ばれ、ヨーロッパの食卓に甘さが日常として入る。工場に似た労働の管理も、ここで先に生まれた。バルバドス(位置は特定されていない)
  9. 広州の茶貿易できごと1700年イギリスが飲む茶の代金として、銀が中国へ流れ続けた。その流れを逆にするために持ち込まれたのがアヘンになる。飲み物の習慣が、戦争の理由になった。広州
  10. 産業革命できごと1760年中心がロンドンへ移る石炭と蒸気で、人と家畜の力に頼らない生産が始まった。人類の暮らしが根本から変わる。マンチェスター
  11. フェルナン・ブローデル人物AD1902年8月24日 – AD1985年11月27日著者ドイツの捕虜収容所で、記憶だけを頼りに主著を書き上げた。事件ではなく、山と海と気候がつくる「ほとんど動かない時間」から歴史を見る。
  12. 『地中海』の刊行できごとAD1949年同じ著者の前の仕事ドイツの捕虜収容所で書き上げた原稿が、戦後に本になった。王と戦争ではなく、山・海・気候という「ほとんど動かない時間」から歴史を書く方法が示される。パリ

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