『ギルガメシュ叙事詩』

概要
記録に残る最古の文学。友の死を受け入れられず、不死を探しに行って手ぶらで帰る話になっている。
場所
32.13°N 45.23°E · イラク・カーディシーヤ県
本文
ギルガメシュは、メソポタミア南部の都市ウルク。都市というものの始まりの王だった。シュメールの王名表には、紀元前2700年ごろに在位したとみられる王としてその名が載っており、実在の人物だった可能性が高い。死後まもなく神格化され、紀元前21世紀ごろ、ウル第三王朝の時代には、彼を主人公とするシュメール語の短い詩がいくつも作られていた。この王朝のシュルギ王は自分をギルガメシュの兄弟と称しており、英雄の物語を王家の権威づけに使ったとみられている。
やがてこれらの詩をもとに、アッカド語で一つの長い叙事詩がまとめられた。紀元前18世紀ごろの古バビロニア版が知られ、さらに紀元前12世紀から11世紀ごろ、シン・レーキ・ウンニンニという書記が編んだとされる12枚の粘土板の「標準版」ができる。最も完全な形で伝わっているのは、紀元前7世紀にアッシリアの都ニネヴェでアッシュルバニパルが集めた粘土板である(ニネヴェの図書館)。

物語はこう進む。ギルガメシュは三分の二が神、三分の一が人という強すぎる王で、民を苦しめていた。人びとの訴えを聞いた神々は、彼に釣り合う相手として野人エンキドゥを作る。二人は取っ組み合いの末に互いを認め、無二の友になる。二人は杉の森の番人フンババを倒し、愛の女神イシュタルの求婚をはねつけ、怒った女神が送った天の牡牛を殺す。神々はその報いとしてエンキドゥに死を定める。
友が病に倒れ、死んでいく。ギルガメシュは遺体のそばを離れず、鼻から虫が這い出すまで埋葬を許さなかった。自分もいつかこうなる。その恐怖に駆られた王は、神々から永遠の命を授かったただ一人の人間、ウトナピシュティムを探しに、世界の果てへ旅立つ。古バビロニア版では、途中で出会った酒場の女主人シドゥリが、人は死ぬように作られている、腹を満たし、妻と子を慈しんで日々を楽しめ、と王を諭す場面がある。

ようやく会えたウトナピシュティムが語るのは、大洪水の話である。神々が人を滅ぼそうと決めたとき、知恵の神エアだけがひそかに彼に知らせ、船を造らせた。彼は家族と職人と生き物を船に乗せ、6日6晩吹き荒れた嵐を生き延びた。船が山に着くと、鳩、燕、烏を順に放ち、戻ってこなかった烏で水が引いたことを知った。旧約聖書のノアの箱舟とよく似たこの場面は、聖書よりもはるかに古い。メソポタミアに古くから伝わる洪水の物語が、両方の源にあったと考えられている。
ウトナピシュティムは、永遠の命は与えられないと告げる。代わりに若返りの草のありかを教え、王は海の底からそれを手に入れる。ところが帰り道、泉で水を浴びているあいだに蛇が草を食べてしまう。蛇は脱皮して去っていった。王は泣き、手ぶらでウルクへ帰る。物語の終わりで、王は同行の船頭に、ウルクの城壁と煉瓦を見よ、と誇らしげに示す。人は死ぬが、人が築いたものは残る。そう読み取れる結末である。

この物語は、粘土板とともに長く地中に埋もれていた。1872年、大英博物館でニネヴェの粘土板を整理していたジョージ・スミスが、洪水の場面を記した断片を読み解いた。聖書の話がそこにあると気づいたスミスは、興奮して部屋を歩き回り、居合わせた人びとの前で服を脱ぎ始めたという逸話が、同僚の回想として残っている。その年の暮れの発表は大きな反響を呼んだ。
発見はいまも続く。2011年にはイラクの博物館が買い取った粘土板の中に、これまで知られていなかった場面を含むものが確認され、杉の森の生き生きとした描写が明らかになった。4000年前に形をとり始めたこの物語は、強さや名声では死から逃れられないこと、それでも人は友を失った悲しみをどう生きるのか、という問いを扱っている。その問いが古びていないことが、この叙事詩が読み継がれる理由になっている。