概要
天保の飢饉で、大坂の町にも飢えた人があふれた。奉行所は米を江戸へ送り、豪商は米を買い占める。元は奉行所の与力で、陽明学を教えていた大塩平八郎は、蔵書を売って困窮者に配ったが、それでは足りなかった。1837年、門人や近くの農民と兵を挙げ、豪商の屋敷に火を放つ。乱は半日で鎮められ、大塩は隠れた末に自ら火を放って死んだ。だが幕府の元役人が幕府の町で反乱を起こしたことは、全国に衝撃を与え、各地で似た騒ぎが続いた。
場所
大坂
34.69°N 135.53°E · 日本・大阪府
34.69°N 135.53°E · 日本・大阪府
本文
飢えた町。
(1)大坂の町にも、飢えた人があふれた。
(2)そして、奉行所は米を江戸へ送った。
(3)さらに、豪商は米を買い占めた。
蔵書を売る。
元は奉行所の与力で、陽明学を教えていた大塩平八郎。
(1)蔵書を売って、困窮者に配った。
(2)そして、それでは足りなかった。
(3)さらに、知ることと行うことを一つとする学問を、自ら実行した。
半日の乱。
1837年、門人や近くの農民と兵を挙げた。
(1)豪商の屋敷に火を放つ。
(2)そして、乱は半日で鎮められた。
(3)さらに、大塩は隠れた末に、自ら火を放って死んだ。
残ること。
幕府の元役人が、幕府の町で反乱を起こした。
そのことが全国に衝撃を与え、各地で似た騒ぎが続いた。天保の改革はその後始末でもあった。