物語

『大転換』で読む歴史

出てくるできごと AD1381 – AD1933
できごと 9人物 3
この物語に出てくる図版:Jean Froissart, Chroniques, 154v, 12148 btv1b8438605hf336, crop
この物語に出てくるワット・タイラーの乱から。Jean Froissart, Chroniques, 154v, 12148 btv1b8438605hf336, crop Wikimedia Commons Jean Froissart · Public domain

概要

市場はずっと社会の一部だった。それが逆転して、社会のほうが市場に合わせはじめた19世紀に何が起きたか。

この物語について

市場は、いつから社会の主人になったのか。物を売り買いすることは昔からあった。だが、土地も、人の働きも、お金そのものも、値札をつけて市場で決めるのが当たり前になったのは、いつで、何が起きたのか。

『大転換』(カール・ポランニー、1944年、日本語版1975年)は、二つの大戦のあいだに何が壊れたのかを説明しようとした本になる。カール・ポランニーはウィーンに生まれ、ブダペストで育った。第一次世界大戦に従軍したあとウィーンに移り、経済誌の記者として、社会主義の自治体「赤いウィーン」の実験と、インフレと、大恐慌を見た。1933年、ナチスの台頭を前にイギリスへ移り、労働者のための講座で教えながら、イギリス経済史を調べた。本は戦争中のアメリカの大学で書かれ、1944年に出ている。同じ年に、ハイエクの『隷属への道』が出た。市場を守れと言う本と、市場が社会を壊したと言う本が、同じ年に並んだことになる。

ナチスの政権掌握に関わる図版:Hitler as young man
ナチスの政権掌握Wikimedia Commons Unknown author Unknown author · Public domain

ウィーン時代のポランニーは、市場の自由を説く経済学者ミーゼスと、社会主義の経済は計算できるのかをめぐって論争している。のちに市場の側の旗手となるハイエクは、そのミーゼスの弟子だった。1944年の二冊は、ウィーンで始まった議論の続きでもあった。

中心の主張は一つになる。市場での交換は昔からあったが、それは社会の中に埋め込まれていた。誰が何を作り、どう分けるかは、親族や宗教や身分の決まりが決めていた。社会全体が市場の論理に従うようになったのは、19世紀のイギリスが初めてだった。アダム・スミスは人間に「交換する性向」があると書いたが、ポランニーは、それは歴史の事実ではなく、18世紀の思い込みだと退ける。人類学者マリノフスキがメラネシアの島々で見た贈り物の環、古代エジプトのように中央へ集めて配り直す仕組み、自分の家で使う分を作る家政。人が物を手に入れる道は、市場のほかにいくつもあった。

市場が社会を動かすには、本来は商品ではないものを商品として扱う必要があった。土地と、労働と、貨幣になる。土地は自然で、労働は人の生活そのもので、貨幣は国家が作る約束にすぎない。どれも売るために作られたものではない。著者はこれを「擬制商品」と呼ぶ。

土地を商品にしたのが囲い込みである。共有地は柵で囲われ、羊と大規模な農業のための私有地になった。16世紀の囲い込みに対して、王権はたびたび歯止めをかけようとした。ポランニーはそれを、改良の速さより、暮らしが壊れる速さを抑えようとしたものとして評価している。

囲い込みに関わる図版:Reeve and Serfs
囲い込みWikimedia Commons anonymous (Queen Mary Master) · Public domain

労働を商品にしたのが救貧法の改正になる。1795年、イングランドの一部の地方では、パンの値段と家族の人数に合わせて、低い賃金を教区が補う仕組みが始まった。スピーナムランド制である。本はこれを、労働市場ができるのを40年遅らせたものとして読む。1834年の新救貧法がそれを廃止し、働ける者への救済は救貧院に入る者に限られた。飢えたくなければ、いくらでも働け、ということになる。人を飢えで動かすという考えには、下敷きがあった。1786年、イギリスの牧師ジョゼフ・タウンゼンドは、南太平洋の島に放されたヤギと犬が、餌の量によって互いの数を釣り合わせたという話を書き、人間も飢えによって働かされるのが自然だと論じた。ポランニーはこの寓話を、人間を動物と同じ自然の法則で扱う経済学の出発点として読んだ。トマス・マルサスの人口論は、救済が貧民を増やすだけだと論じた。前年の1833年にはイギリスの奴隷制廃止法が成立している。人を所有することは禁じられ、人の働きを市場で売り買いすることが一般になった。

こうして産業革命の工場に、人が流れ込んだ。ポランニーは、詩人ブレイクの言葉を借りて、それを「悪魔の挽き臼」と呼んだ。市場は人を粉にして、昔の暮らしの形を砕いていく。本の有名な一節は、自己調整的な市場という考えは、人間と自然を破壊せずには一瞬も存在できない、むき出しの夢想だったと言い切る。同じ時代に、工場主のロバート・オウエンは、工場が人の性格まで作り替えていることに気づいた数少ない一人として描かれる。

産業革命に関わる図版:Powerloom weaving in 1835
産業革命Wikimedia Commons Illustrator T. Allom, Engraver J. Tingle · Public domain

だが、無理があるので、社会の側は必ず自分を守ろうとする。工場法が子どもの労働を制限し、労働組合が賃金を守り、関税が農民を守り、中央銀行が通貨の暴れを抑えた。市場を広げる動きと、そこから社会を守る動き。著者はこの押し合いを「二重運動」と呼び、19世紀はその往復で動いたと見た。社会が自分を守ろうとする動きそのものは、古くからあった。黒死病のあとの賃金統制と、1381年のワット・タイラーの乱も、働くことを誰がどう決めるのかをめぐる衝突だった。

本は、この守る動きが特定の思想から出たものではないことを強調する。自由放任を信じる政治家も、必要に迫られて規制の法律を通した。ドイツでは1880年代、保守派のビスマルクが、病気と労災と老いに備える社会保険を作った。計画した陰謀があったのではなく、市場が広がるところでは、どこでも同じような反応が起きた、という見方である。

19世紀の国際秩序は、1815年から1914年までの「百年の平和」と呼ばれる。本はその土台を四つに見た。大国の勢力均衡、金本位制、自己調整的な市場、自由主義の国家である。1694年のイングランド銀行の設立から育ったロンドンの金融と、国境を越えて動く大銀行家たちが、大国どうしの大きな戦争を避けさせる力として働いた。そのなかで、金本位制がすべてをつないでいた。

その輪が外れたのが、1930年代だった。1929年に始まる世界恐慌のなかで、各国は金を守るために緊縮を続け、失業が広がった。1931年、イギリスが金本位制を離れ、金本位制の崩壊が決定的になる。社会は、市場に合わせるのをやめて、市場を社会に従わせる道を探した。その答えは三つ同時に出た。アメリカのニューディール、ソ連の計画経済、そしてファシズムである。ロシア革命は、市場をなくすという答えをすでに先に出していた。1933年のナチスの政権掌握は、社会を市場から守ろうとする動きが、自由そのものを踏みつぶした、最悪の形だった。

世界恐慌に関わる図版:Unemployed men queued outside a depression soup kitchen opened in Chicago by Al Capone, 02-1931 - NARA - 541927
世界恐慌Wikimedia Commons Unknown author Unknown author or not provided · Public domain

本の書き出しは、19世紀の文明は崩壊した、という一文である。本が書かれたのは1944年で、戦争のさなかになる。自己調整的な市場という理念は二度と戻らない、と著者は書いた。戦後しばらくは、そう見えた。だが40年後、1980年代のイギリスとアメリカで、その理念は戻ってきた。ポランニーは1964年に死んでいる。晩年のポランニーは、アフリカのダホメ王国や古代の帝国の交易を調べ、市場ではない経済の形を描こうとした。「経済は社会に埋め込まれている」という言い方は、のちの経済社会学の基本の言葉になる。本が改めて広く読まれたのは、冷戦が終わり、市場の自由化が世界に広がったあとだった。

2001年の新しい版には、経済学者ジョセフ・スティグリッツが序文を寄せ、市場の自由化を急いだ国々で起きた混乱を、この本の言葉で説明した。2008年の金融危機のあとにも、本はまた読まれた。

この物語は、本が使ったできごとを並べ直したものになる。本文は写していない。住まいも、医療も、教育も、どこまでを市場で決めてよいのか。この問いは、いまも毎年のように選挙で争われている。

動画(1)

Brian Burgoon presents Karl Polanyi | AISSR Great Thinkers SeriesAmsterdam Institute for Social Science Research | University of Amsterdam本の議論の骨格を、いまの研究者が一時間で整理している

この物語が起きた場所

大英帝国White Russiaカナダアメリカ合衆国アメリカ合衆国デンマークフランス領西アフリカアルジェリアスーダンフランス領赤道アフリカポルトガル帝国メキシコイランLibya (IT)Emirate of Bin Shal'anコロンビアエチオピア帝国エジプトスウェーデンノルウェーベネズエラナイジェリアフランスフィンランドイタリアドイツMesopotamia (GB)スペインDominion of Newfoundlandポーランドグレートブリテン及びアイルランド連合王国モロッコHejazイタリア領ソマリランドFrench CameroonsルーマニアSyria (France)Yugoslaviaオスマン帝国イエメンガーナアイスランドCzechoslovakiaアルメニアギリシャロンドン(5件) ワット・タイラーの乱 イングランド銀行の設立 囲い込み イギリスの奴隷制廃止法 金本位制の崩壊5マンチェスター(1件) 産業革命ペトログラード(1件) ロシア革命ワシントンD.C.(1件) 世界恐慌ベルリン(1件) ナチスの政権掌握

できごと9件が起きた5か所。 同じ場所で何度も起きていれば、その数だけ大きくなります。国境はAD1933の版図(この枠に大きく入る45勢力)。 物語は何百年にもまたがるので、最後のできごとの年で描いています。人物・国と、場所の分かっていないできごと3件は出ていません。押すと、この物語だけに絞った地図が開きます。

筋(12)

年代順に並べてあります。役どころが書いてあるものは、なぜこの物語に含まれるかを添えました。

  1. ワット・タイラーの乱できごとAD1381年6月社会が自分を守ろうとする動きの、古い例黒死病で人手が減り、賃金を抑える法と人頭税に農民が怒った。ロンドンを占拠し、王と会い、指導者は殺された。それでも農奴制は崩れていく。ロンドン
  2. イングランド銀行の設立できごとAD1694年19世紀の100年の平和を支えた金融の仕組みフランスとの戦費のために作られた。議会が返済を保証する仕組みで、王が勝手に借りられない国のほうが、かえって安く大きく借りられた。ロンドン
  3. アダム・スミス人物AD1723年(6月5日洗礼) – AD1790年7月17日本が疑う前提を書いた人グラスゴーの道徳哲学の教授。人が自分の利益を追うことが、意図せず社会の富を増やすと論じた。「見えざる手」は本の中で一度しか出てこない。
  4. 囲い込みできごと1750年土地が商品になった共有地に柵が立ち、法で私有地になった。羊と機械のために土地が空き、行き場を失った人びとが工場の働き手になる。土地が売り買いされる商品になった過程でもある。ロンドン
  5. 産業革命できごと1760年石炭と蒸気で、人と家畜の力に頼らない生産が始まった。人類の暮らしが根本から変わる。マンチェスター
  6. トマス・マルサス人物AD1766年2月13日 – AD1834年12月23日人口は倍々に増え、食料は足し算でしか増えない。だから貧困は避けられない、と書いた牧師。以後200年、繁栄を疑う側の拠り所になる。
  7. イギリスの奴隷制廃止法できごとAD1833年8月28日帝国の大半で奴隷制を廃止した。奴隷ではなく所有者に2000万ポンドの補償を払い、国はその借金を2015年まで返し続けた。ロンドン
  8. カール・ポランニー人物AD1886年10月25日 – AD1964年4月23日著者ウィーンで経済誌の編集をし、ナチスを逃れてイギリスへ渡った。市場が社会に埋め込まれていた歴史を示し、その逆転が20世紀の破局を生んだと論じた。
  9. ロシア革命できごとAD1917年同じ問いへの、もう一つの答え世界最初の社会主義国家が生まれた。以後70年、世界は二つの体制に分かれる。ペトログラード
  10. 世界恐慌できごと1929年ニューヨークの株価暴落が世界へ波及した。各国がブロック経済に閉じ、対立が深まる。ワシントンD.C.
  11. 金本位制の崩壊できごとAD1931年9月世界を縛っていた輪が外れるイギリスが金との交換をやめ、各国が続いた。世界を一つに縛っていた仕組みが外れ、通貨のブロックに分かれていく。ポランニーはここを19世紀文明の終わりに置いた。ロンドン
  12. ナチスの政権掌握できごとAD1933年1月30日市場から社会を守ろうとした、最悪の形選挙を経て合法的に政権を取り、そこから独裁へ移した。民主制が自ら独裁を選びうると示した例。ベルリン

重なっているストーリー

同じできごとや人物を含む物語です。何件を共有しているかを添えました。

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