
概要
金属の塊が、紙になり、数字になった。お金が成り立っているのは、皆が信じているあいだだけになる。
この物語について
財布の中の紙には、それ自体としての値打ちはない。それでも受け取ってもらえるのは、次の人も受け取ると皆が思っているからになる。お金の歴史は、この「皆が思っている」をどうやって作り、どうやって壊してきたかの歴史になる。
最初は、重さで測る金属だった。次に、王が刻印を押して枚数で数えられるようにした。やがて、金と引き換える約束を書いた紙が出回り、最後に、その約束を裏づけるはずの金が外された。1971年のことになる。
もう一つの軸は、信用になる。お金を貸す、手形を回す、銀行が預金から貸し出す。これはお金を増やす行為でもある。増えすぎれば泡になり、縮めば恐慌になる。バブルは人間の欲の話に見えて、信用の仕組みが持つ性質でもある。
この物語は、貨幣と信用がどう作られ、どう壊れたかを並べたものになる。「なぜこの紙で物が買えるのか」を、毎回ちがう答えで説明してきた歴史になる。
動画(1)
この物語が起きた場所
筋(34)
年代順に並べてあります。役どころが書いてあるものは、なぜこの物語に含まれるかを添えました。
- 円筒印章できごとBC3400年頃取引を確かめる印。記録がお金の前提になる石を円筒に削り、側面に図を彫る。粘土の上で転がすと、帯状の文様が連続して現れる。押した後で作り直せば、跡が乱れて分かる。壺の蓋を粘土で封じ、その上を転がせば、開けたかどうかが見える。文字が生まれる前から、これが所有と、取引の承認と、そして封印に使われた。図柄は個人と役職に固有で、事実上の署名である。首から下げ、死ぬと墓に入れた。閉じたことを示す技術のほうが、文字よりも、先にあった。ウルク
- リュディアの鋳造貨幣できごとBC7世紀後半重さを量らず、枚数で数えられるようにした金と銀の合金に刻印を打ち、重さを量らずに数えて使えるようにした。市場での取引が速くなり、税も給金も数で払えるようになる。サルディス
- ディオクレティアヌスの最高価格令できごとAD301年値段を法で押さえようとして、失敗した貨幣を改めても物価が止まらず、皇帝は1000以上の品と賃金に上限を定め、違反は死刑とした。小麦、獅子、紫の絹、床屋の値段まで。品物が市場から消え、数年で守られなくなった。石に刻まれた断片が帝国中で見つかっている。ニコメディア
- 交子(世界最初の紙幣)できごとAD1024年世界で最初の紙幣。預り証が通貨になる四川は銅が不足して鉄銭を使っていた。絹1匹を買うのに鉄銭130斤(約80キロ)。商人が預り証を発行して、それが手形として流通した。1023年、宋の政府が「益州交子務」を置いて、国家の発行に切り替えた。3年ごとに刷り直し、準備金を持つ。世界で最初の政府発行の紙幣。南宋の会子、金の交鈔、元の宝鈔へ。マルコ・ポーロが驚いて書いた。過剰発行によるインフレも、ここから始まった。成都(交子)
- シャンパーニュの大市できごと1150年市が立つたびに、決済がまとめて行われた年に六度、北の毛織物と南の香辛料がこの平野で出会った。伯爵が道中の安全と裁判を保証し、そこで為替と信用取引の作法が育つ。トロワ

- 割り符と国庫できごとAD13世紀木の棒に刻んだ借りが、国の財政を回したイングランドの財務府は、木の棒に切れ込みを入れて金額を記した。千ポンドは手のひらの幅、一ペニーは細い線。刻んだ後で棒を縦に割り、片方を納税者が、片方を国庫が持つ。木目は二つと同じものがないので、合わせれば本物だと分かる。改竄が難しく、読み書きができなくても使える。この方式は六百年以上続き、割り符そのものが債権として転々と売買された。1834年、廃止された棒を国会議事堂の炉で燃やしたところ、煙突から火が移り、議事堂が全焼した。ロンドン
- フィボナッチ『算盤の書』できごとAD1202年アラビア数字と計算法が、商いの道具になるピサの商人の子レオナルドは、父の任地である北アフリカのブジーで、アラビアの数字と計算法を学んだ。帰国して書いたこの本は、9つの数字と「ゼフィルム」(ゼロ)による筆算を、ヨーロッパの商人に教えるためのものだった。利息、両替、比例配分、そして有名なうさぎの問題(各項が前の二項の和になる数列)。ローマ数字とそろばんに代わって、紙の上で計算する方法が広まった。フィレンツェは1299年、帳簿での新数字の使用を一度は禁じている。ピサ
- 為替手形できごとAD1300年頃現金を運ばずに遠くへ払う。利子の禁止も回避した金貨を持って山を越えれば、盗まれる。ジェノヴァの商人がシャンパーニュの大市で受け取るべき代金を、現地の同業者に払わせ、その分をジェノヴァで清算する。紙の上で債権が動く。教会が利子を禁じていたので、利益は為替の相場に折り込まれた。同じ通貨を貸して利子を取れば高利貸しだが、通貨と場所が違えば、それは為替の差益である。この迂回が、金融の技術を育てた。手形は裏書きで転々と流通し、決済の網が大陸を覆った。ジェノヴァ
- メディチ銀行できごとAD1397年支店を持つ銀行が、教皇庁の金を扱うジョヴァンニ・ディ・ビッチが、フィレンツェに銀行を開いた。革新は組織にある。各地の支店を、本店が出資する別々の合名会社にした。一つの支店が潰れても、他へ及ばない。支店長は共同経営者で、利益を分ける。ローマ、ヴェネツィア、ジュネーヴ、ブリュージュ、ロンドン。最大の顧客は教皇庁で、全ヨーロッパの教会収入がこの銀行を通った。孫のロレンツォの代に、貸し倒れと放漫な経営で傾き、1494年、フランス軍の侵入とともに終わった。フィレンツェ
- キープできごとAD15世紀紐の結び目で数を持つ。貨幣を使わない国の帳簿インカには文字がなかったと言われるが、記録は膨大にあった。主縄から何十本もの副縄を垂らし、そこに結び目を作る。結びの位置が桁を、形が数を表し、十進法で記す。ゼロは、その桁に結び目を作らないことで示した。色と撚りの向きも情報を持つ。倉の中身、人口、労役の割り当てが、これで管理された。読み書きする専門職がいて、駅伝の走者が運んだ。スペイン人は当初これを証拠として法廷で認め、後に偶像崇拝として焼いた。数の部分は解けたが、物語を記したとされる縄は、いまも読めない。クスコ
- 複式簿記の刊行できごとAD1494年儲けと損を、同じ紙の上で突き合わせるルカ・パチョーリの『算術・幾何・比および比例全書』の中の27ページ。ヴェネツィアの商人が200年使ってきた記帳法を、初めて印刷した。借方と貸方、日記帳・仕訳帳・元帳、そして「貸借が合わなければ、どこかが間違っている」。ゲーテは「人間の精神が生んだ最も美しい発明の一つ」と言った。会社が、持ち主から独立した「一つの計算の単位」になった。ヴェネツィア
- フッガーの選挙資金できごとAD1519年皇帝の位が、借金で買われた皇帝の位が競売のようになった。カール5世とフランソワ1世が、7人の選帝侯に金を配った。ヤーコプ・フッガーがカールに85万グルデンを貸した。カールが皇帝に選ばれた。「陛下が皇帝の位を得たのは、私なしにはあり得なかったことを、陛下はご存じです」とフッガーは後で書いた。ティロルとハンガリーの銀と銅の鉱山。金融が、帝国の位を決めた。アウクスブルク
- ポトシ銀山の開発できごとAD1545年銀が世界を回り始める南米の銀がヨーロッパを経て中国へ流れた。世界で最初の、地球を回るお金の流れ。ポトシ
- マニラ・ガレオン貿易できごと1565年新大陸の銀が、太平洋を越えて中国へメキシコの銀とアジアの絹が太平洋を往復した。ポトシの銀が中国へ流れる経路がここで完成する。マニラ
- 一条鞭法できごとAD1581年税を銀でまとめて納めさせる張居正が全国を検地して、ばらばらだった税と労役を一本にまとめ、銀で納めさせた。「一条に鞭う」。日本とアメリカ大陸から流れ込んだ銀が、それを可能にした。農民は作物を売って銀を得なければならず、市場経済に組み込まれた。張居正が死ぬと一族は財産を没収され、名誉は剥奪されたが、税の仕組みは残った。清の地丁銀へ。世界の銀が、中国の税の形を変えた。北京
- 算盤と読み書き算盤できごとAD17世紀計算できることが、商いの資格になった中国の算盤が室町の終わりに伝わり、日本で珠の数を減らした形に変わった。上に一つ、下に四つ。1627年、吉田光由の『塵劫記』が出る。米の売買、面積、両替、旅の日数を、絵入りで解いてみせた。海賊版が溢れるほど売れ、寺子屋の教科書になった。武士のためではなく、商人と百姓のための数学である。答えを載せない問題を巻末に置く習慣が生まれ、解いた者がまた本を出す。和算という、実務から離れた数学の伝統が、その連鎖から育った。江戸
- 塵劫記できごとAD1627年庶民が計算を学ぶ本が売れた吉田光由が、明の『算法統宗』を下敷きに、日本の暮らしに合わせて書いた算術の入門書である。算盤の使い方、掛け算の九九、両替、検地、利息、そして継子立てや鼠算のような遊びの問題まで、絵入りで並べた。版を重ね、模倣と海賊版が無数に出て、江戸期を通じて最も読まれた数学の本になった。巻末に答えを付けない問題を残す遺題の形式を作り、それが次の著者への挑戦として受け継がれ、和算の発展を駆動した。京都
- 藩札できごとAD1661年藩が自分の紙幣を出す。信用は領内で閉じる福井藩が発行したものが、確実な記録として最も古い部類とされる。幕府の貨幣は金銀銅の三種で、地方では現物が不足した。藩は領内限りで通用する紙の札を刷り、年貢と引き換えに回収する。財政が苦しければ刷り増す。正貨との交換を渋れば値が下がり、領民が損をする。二百四十以上の藩が発行した。幕府は禁止と黙認を繰り返した。明治になって新政府が引き受け、額面を大幅に切り下げて整理した。国家の統一通貨が無い時代の、地域の通貨である。江戸
- イングランド銀行の設立できごとAD1694年戦費のための借金から、中央銀行が生まれたフランスとの戦費のために作られた。議会が返済を保証する仕組みで、王が勝手に借りられない国のほうが、かえって安く大きく借りられた。ロンドン
- 宝くじと国家財政できごとAD1694年くじで国の借金を集めるイングランドは、フランスとの戦争の戦費に困っていた。1694年、議会が「百万宝くじ」を可決した。10ポンドの札を10万枚売り、当選者に16年間、年金を払う。外れた者にも元本相当の利子を付けたので、実質は国債である。人々は、返ってこないかもしれない国債は買わないが、当たるかもしれない籤は買う。同じ年、イングランド銀行が設立された。宝くじは、税を課さずに金を集める方法として、各国が使い続けている。ロンドン
- ミシシッピ会社のバブルできごと1719年紙幣と株で国の借金を消そうとして、弾けた株価が1年で20倍になり、1年で崩れた。フランス王家は信用を失い、以後の戦費を高い利子で借りることになる。パリ

- 南海泡沫事件できごとAD1720年同じ年、海峡の向こうでも同じことが起きた南海会社は国債を引き受けて、スペイン領アメリカとの貿易の独占を約束された。貿易はほとんどなかった。株は1月の128ポンドから8月に1000ポンド。「誰も知らない事業のための会社」まで生まれた。9月に崩れた。ニュートンが2万ポンド失った。「天体の動きは計算できるが、人の狂気は計算できない」。大臣が獄に入り、ウォルポールが収拾して、最初の首相になった。ロンドン
- アッシニアできごとAD1789年12月19日革命政府の紙幣が、紙くずになるまで革命政府は破産していた。教会財産を没収し、それを担保として国債の証券を発行する。売却が進めば回収して焼く、という約束である。やがて利子が外され、法定通貨になった。土地の売却は進まず、戦費が要り、刷り続けるしかない。1795年には額面の一パーセント未満まで下がった。物価の統制と最高価格法が失敗し、パンの行列と暴動が続く。イギリスが偽札を大量に刷って流し込んだことも記録されている。担保があるという設計が、刷る歯止めにならなかった。パリ
- イギリスの金本位制できごとAD1816年紙幣を金に結びつける約束長く、銀と金の両方が貨幣だった。ニュートンが造幣局長だった1717年、金と銀の交換比率を定めたところ、金を高く評価しすぎて銀が国外へ流出し、事実上の金本位になった。ナポレオン戦争の間、兌換は停止された。1816年の貨幣法で金を唯一の本位と定め、1821年に兌換を再開した。1870年代、ドイツ、フランス、アメリカ、そして日本が続き、世界の通貨が金で結ばれた。為替が安定し、貿易と投資が国境を越えた。同時に、各国は金の量に縛られた。ロンドン
- 偽造との競争できごとAD1818年偽札との競争が、印刷の技術を押し上げたナポレオン戦争中、イングランド銀行が兌換を停止し、少額の紙幣を大量に出した。それまで紙幣に馴染みの無かった人々が使い、そして偽札が氾濫する。偽造は死罪だった。1797年から1829年に三百人以上が絞首刑になり、その多くが、偽と知らずに受け取った貧しい者である。1818年、銀行は偽造されにくい紙幣の公募を行った。透かし、彫刻、特殊なインク、そして機械彫り。技術の競争が始まり、そこから紙幣印刷という産業が生まれた。ロンドン
- グリーンバックできごとAD1862年2月25日金と換えられない紙幣で、戦争を賄う南北戦争の戦費で、北部の銀行が正貨の支払いを止めた。議会は法定通貨法を通し、金と交換できない紙幣を発行する。裏面が緑のインクで刷られたので、そう呼ばれた。合衆国の政府が自ら発行した、最初の全国共通の紙幣である。総額約四億五千万ドル。金貨に対して値が下がり、一時は四割ほどまで落ちた。戦後、金への復帰をめぐって二十年争われる。農民と債務者は増発を求め、債権者と東部の金融は緊縮を求めた。通貨の量が、政治の争点になった。ワシントンD.C.
- 日本最初の銀行の設立できごとAD1873年明治日本が銀行の仕組みを移植する会社と銀行の仕組みを日本に根づかせた。以後500社に関わる。東京
- バジョットと最後の貸し手できごとAD1873年恐慌のとき、誰が最後に貸すのか恐慌が起きると、誰もが現金を求めて銀行に走る。健全な銀行でも、全員が同時に来れば潰れる。『エコノミスト』の編集長ウォルター・バジョットが『ロンバード街』で原則を書いた。中央銀行は、危機のとき、良質な担保に対して、高い金利で、惜しみなく貸せ。高い金利は、本当に困っている者だけを来させる。良質な担保は、潰れるべき者を救わないためである。この一行が、以後150年の中央銀行の教科書になった。2008年にも引かれた。ロンドン
- ドイツのハイパーインフレできごとAD1923年信用が消えると、紙幣は紙に戻る1914年に1ドル4.2マルクだったものが、1923年11月に4兆2000億マルクになった。第一次大戦の戦費を国債で賄い、敗戦後は賠償と、ルール占領への消極的抵抗の費用を、紙幣の増刷で支えた。物価は数時間で変わり、賃金は日に二度払われ、鞄一杯の札束でパンを買った。年金と預金と生命保険が、紙になった。11月、レンテンマルクの発行で収まったが、中間層の貯蓄と、通貨への信頼と、共和国への支持が、同時に失われた。ベルリン
- 世界恐慌できごと1929年信用の収縮が、世界を止めたニューヨークの株価暴落が世界へ波及した。各国がブロック経済に閉じ、対立が深まる。ワシントンD.C.

- 金本位制の崩壊できごとAD1931年9月金との約束を、各国が順に手放すイギリスが金との交換をやめ、各国が続いた。世界を一つに縛っていた仕組みが外れ、通貨のブロックに分かれていく。ポランニーはここを19世紀文明の終わりに置いた。ロンドン
- ブレトン・ウッズ会議できごとAD1944年7月1日ドルを介して金につなぎ直した戦後の仕組みノルマンディー上陸の3週間後、44か国の代表がニューハンプシャーの山中のホテルに集まった。目的は、両大戦の間の混乱——為替の切り下げ競争、ブロック経済、そしてそこから戦争へ至った道——を繰り返さない仕組みを作ることである。ケインズは、どの国にも属さない国際通貨バンコールと、黒字国にも調整を課す清算同盟を提案した。アメリカのホワイト案が通った。ドルを金に固定し(1オンス35ドル)、各国通貨をドルに固定する。IMFと世界銀行ができた。ブレトン・ウッズ
- 金とドルの交換停止できごとAD1971年8月15日最後の金の裏づけが外れた。以後は信用だけになるアメリカがドルと金の交換をやめた。世界の通貨から、金という裏づけが消える。以後のお金は、国家への信用そのものになった。ワシントンD.C.

- マーストリヒト条約できごとAD1992年2月7日国ごとの通貨を手放すという実験ベルリンの壁の崩壊とドイツ統一の直後。ドイツを、通貨を手放させることでヨーロッパに縛る、というミッテランの計算と、コールの決断。欧州共同体(EC)が欧州連合(EU)になった。単一通貨、共通の外交と安全保障、司法と内務の協力。EU市民権。デンマークが国民投票で一度否決し、条件をつけて通した。2002年、ユーロの紙幣と硬貨が12か国で流通した。マーストリヒト
重なっているストーリー
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