概要
ドミニコ会士がアリストテレスでキリスト教を体系にした。3部、512の問題、2669の項目。「信仰と理性は矛盾しない」。神の存在の五つの道。1273年12月、ミサの後で書くのをやめた。「私が見たものに比べれば、藁のようだ」。3か月後に死んだ。未完。
場所
48.86°N 2.35°E · フランス
関わった人(1)
トマス・アクィナスAD1225年–AD1274年3月7日 · 著者本文
トマス。 1265年から1273年。ローマ、パリ、ナポリ。 「初学者のために」。 「先人は、無用の問題を増やし、順序がなく、繰り返した」。 第1部。神。119問。 第2部。人間の行為。第2部の1、114問。第2部の2、189問。 第3部。キリスト。90問。未完。 補遺。弟子レギナルドが、彼の若い頃の注釈から。 「項」。 「疑問」。「異論」。「反対」。「主文」。「異論への答え」。 「神は存在するか」。「いや、存在しないと思われる」。「しかし」。「私は答える」。 「五つの道」。運動、原因、可能と必然、完全さの段階、目的。 「神は自らを存在として示した。『私はある』」。 「エッセ」。存在。 「本質と存在」。神においては同じ。被造物では違う。 「類比」。 「恩寵は自然を破壊せず、完成する」。 「信仰と理性」。「同じ神から来る。矛盾しない」。 アリストテレス。「哲学者」。 アヴェロエス。「注釈者」。 アヴィセンナ。マイモニデス。「ラビ・モーセ」。 「異教徒とユダヤ人とムスリムから、キリスト教の体系を作った」。 1270年、1277年、パリの司教が禁じた。219命題。トマスの説も。 1273年12月6日。ニコラウスの祝日。ナポリ。ミサ。 書くのをやめた。 レギナルド。「なぜ」。 「私が見たものに比べれば、私が書いたものはすべて藁のようだ」。 「ミヒ・ウィデトゥル・ウト・パレア」。 1274年1月、リヨンへ。第2リヨン公会議。 枝で頭を打った。 フォッサノーヴァ。修道院。 3月7日。49歳。 「雅歌」を病床で講じた。 1323年、聖人。 1567年、教会博士。 1879年、レオ13世。『アエテルニ・パトリス』。「トマスに戻れ」。 「トミズム」。 「神学大全」。 『神曲』の天国篇。トマスが案内。 「彼は太っていた。机に半円を切った」。 「彼は無口だった。牛」。 「彼は、ルイ9世の食卓で、突然、机を叩いて『これでマニ教徒は片づいた』」。 「王は書記を呼んで書き取らせた」。 イエズス会。ドミニコ会。 「大全」。スンマ。 「全部」。 未完。