物語

文明のはじまり

出てくるできごと BC3200000ごろ – AD1911
できごと 64人物 3
この物語に出てくる図版:Font-de-Gaume
この物語に出てくる火の使用から。Font-de-Gaume Wikimedia Commons Charles Robert Knight · Public domain

概要

農耕も都市も文字も、離れた場所で別々に始まった。そして始まった順序は、思っているのと違う。

この物語について

農耕が先か、神殿が先か。教科書に書かれた順序どおりには、遺跡は並んでいない。では、人はどういう順序で、農耕と都市と文字にたどり着いたのか。そしてなぜ、離れた場所で同じことが起きたのか。

教科書の順序は、だいたいこうなっている。農耕が始まって食べ物に余りができ、余りが人を養って都市ができ、都市を治めるために文字ができる。分かりやすい筋だが、実際に掘り出されるものは、その順序に素直に並ばない。

話は農耕よりずっと前から始まる。アフリカでホモ・サピエンスが現れたのは、およそ30万年前とされる。数万年前の人々は、すでに想像したものを形にしていた。ドイツの洞窟から見つかった、ライオンの頭を持つ人の像は4万年ほど前のものとされ、フランスのショーヴェやラスコーの洞窟の壁には、何百もの動物が描かれている。ロシアのスンギールでは、3万年あまり前に埋葬された子どもたちの墓から、何千もの象牙のビーズが見つかった。作るのに膨大な手間がかかるものを死者に捧げる社会が、狩猟採集の時代にすでにあった。

トルコ南東部の丘の上のギョベクリ・テペでは、およそ1万1千年以上前、農耕をまだ始めていなかった人々が、高さ5メートルを超えるT字形の石柱を円く並べ、狐や猪や蛇を浮き彫りにした(ギョベクリ・テペ)。これほどの石を切り出して立てるには、多くの人を集め、食べさせる必要がある。発掘者は、ここを人々が集まる祭祀の場と考え、神殿が先で村が後だったのかもしれないと論じた。その後の調査で住居らしい跡も見つかり、すべてを祭祀の場とする見方には異論も出ている。ただ、大きな共同の建造物が農耕より先に現れたことは確かである。

そして、そのすぐ近くで農耕が始まった(農耕の始まり)。1万1千年ほど前から、肥沃な三日月地帯と呼ばれる西アジアの丘陵で、野生の小麦や大麦が少しずつ畑の作物に変わり、羊や山羊が飼われるようになる。だが、農耕は暮らしを楽にしたわけではなかった。遺跡の骨を比べると、初期の農民は狩猟採集民より背が低くなり、歯は悪くなり、家畜から移る病気や、人が密集することによる病気が増えている。それでも、同じ土地でより多くの人を養えるという一点で、農耕は広がっていった。

土器も、農耕とは別に生まれた。日本列島では1万6千年ほど前の土器が見つかっており、縄文土器は世界でも最古級である。中国南部ではさらに古い土器も知られている。縄文の人々は、その後1万年以上にわたって、農耕に頼らずに森と海の恵みで暮らし、定住して村を作った。土器があれば農耕がある、という順序は成り立たない。

町も、王より先にできた。ヨルダン川のほとりのイェリコでは、1万年ほど前に高さ8メートルほどの石の塔が築かれていた。トルコ中部のチャタル・ヒュユクには、9千年ほど前から千年以上にわたり、数千人が住んだ(チャタル・ヒュユク)。家々は壁を接して建ち並び、通りはなく、人は屋根の穴から梯子で出入りした。家の中には牛の頭骨や壁画が飾られていたが、王の家らしい大きな建物も、目立って豊かな墓も見つかっていない。大勢が集まって暮らすことと、誰かが上に立って治めることは、別のことだった。

都市らしい都市が現れたのは、メソポタミア南部である。前4千年紀、ユーフラテス川のほとりのウルク。都市というものの始まりは、数万人が住む規模に膨らんだとされる。巨大な神殿を中心に、職人、役人、祭司といった専門の仕事を持つ人々が集まり、同じ形の器で配給を受け取った。車輪もこの頃に現れる。

文字は、その町の帳簿から生まれた(楔形文字の成立)。前3300年ごろから、ウルクの役人たちは粘土板に葦の筆で印を押し、麦や家畜やビールの量と、それを受け取る人を記録し始めた。最初に書かれたのは詩でも法でもなく、数と品物の名だった。それが何百年もかけて、言葉の音を表すしくみに育ち、前2千年紀には、死を恐れた王が不死を求めて旅をする『ギルガメシュ叙事詩』を書けるようになる。前2100年ごろのウル・ナンム法典は、人を傷つけた罪を罰金で償わせる条文を刻んでいた。前24世紀ごろには、アッカドのサルゴンがメソポタミアの都市国家をまとめ、記録に残る最初の帝国を作ったとされる。

ナルメルのパレット(ロイヤル・オンタリオ博物館)
ナルメルWikimedia Commons No machine-readable author provided. Captmondo assumed (based on copyright claims). · Public domain

ナイル川の流域でも、ほぼ同じ頃に文字が使われ始め、前3100年ごろに上下のエジプトが一つの王のもとにまとまった。そして前2560年ごろ、ギザにギザの大ピラミッド建設が築かれる。高さ146メートル、二百数十万個の石を積んだこの墓は、王の権力と、大勢の人を組織する国家の力を示している。働いたのは奴隷ではなく、食料を支給されて交代で働いた人々だったことが、近くの労働者の村の発掘から分かってきた。

同じ頃、地球の反対側でも似たことが起きていた。ペルーの海岸近くのカラルでは、前3千年紀に、大きな基壇と円形の広場を持つ都市が築かれていた(カラルの都市)。ギザにピラミッドが建った頃、アンデスにもピラミッドを持つ都市があったのである。ここでも武器や城壁は見つかっていない。イギリスのストーンヘンジに巨石が立てられたのも、前2500年ごろとされる。文字を持たない社会もまた、大きな共同の事業を成し遂げていた。

ストーンヘンジの完成に関わる図版:Stonehenge2007 07 30
ストーンヘンジの完成Wikimedia Commons garethwiscombe · CC BY 2.0

インダス川の流域では、前2600年ごろから計画的な都市が栄えた。モヘンジョダロやハラッパーでは、焼き煉瓦の家々が碁盤の目の通りに並び、家ごとの排水が蓋つきの下水路につながっていた(モヘンジョダロの都市計画)。ところが、エジプトやメソポタミアのような宮殿も、王の豪華な墓も見つかっていない。印章に刻まれた文字はいまも読めていない。前1900年ごろから都市は衰えていくが、かつて言われた外からの侵入の跡は見つかっておらず、川の流れの変化や気候の変化が疑われている。誰が、どのように治めていたのかは、いまも謎のままである。

中国では、黄河の流域で前2千年紀に二里頭の宮殿が営まれ、やがて殷の王たちが現れた。殷は20世紀の初めまで伝説の王朝と思われていたが、亀の甲や牛の骨に刻まれた占いの文字が見つかり、そこに記された王の名が『史記』の系譜とほぼ一致した(甲骨文字)。漢字はこの文字から途切れずに続いている。長江の流域では、それとは別に稲作が始まり、四川の三星堆からは、黄河の文明とはまったく違う、大きな目の飛び出した青銅の仮面が出ている。中国の古代文明は、一つの川からだけ生まれたのではなかった。

甲骨文字に関わる図版:Shang Inscribed Ox Scapula (for divination)
甲骨文字Wikimedia Commons CC0

農耕もまた、一か所から広がったのではない。西アジアの麦、中国の稲と粟、メキシコのトウモロコシ、アンデスのジャガイモ、ニューギニアのタロイモのように、少なくとも数か所で、それぞれ別々に始まっている。互いを知らないまま、人は似たところへたどり着いた。それぞれの土地で、気候が安定し、手近に育てやすい植物と動物があり、人が増えて狩りと採集だけでは足りなくなったことが重なったと考えられている。

文明のはじまりを一本の階段のように描くと、分かりやすいが、事実とは合わない。神殿が村より先に建ち、土器が畑より先に焼かれ、王のいない大きな町があり、文字のない社会が巨石を立てた。人がどう暮らしを組み立てるかには、いくつもの道があったのである。いまの私たちの社会も、その中の一つの道の先にあるにすぎない。

動画(1)

【古代ゲノム研究から学ぶ人類の過去と未来:我々はどこから来てどこへ進むのか?】太田 博樹_第138回東京大学公開講座「制約と創造」UTokyo Channel古代ゲノムの研究から人類の来歴をたどる東京大学の公開講座

この物語が起きた場所

大英帝国ロシア帝国カナダ清アメリカ合衆国アメリカ合衆国ブラジル王国グリーンランドイギリス領インド帝国オスマン帝国ウルク(3件) ウルク。都市というものの始まり 車輪の登場 楔形文字の成立3イェリコ(2件) イェリコの壁 日干し煉瓦2チャタル・ヒュユク(2件) チャタル・ヒュユク 最初のチーズ2モヘンジョダロ(2件) インダス文明 モヘンジョダロの都市計画2殷墟(2件) 殷の成立 甲骨文字2ハダール(1件) ルーシーワンダーワーク洞窟(1件) 火の使用ジェベル・イルード(1件) ホモ・サピエンスの出現デニソワ洞窟(1件) デニソワ人ピナクル・ポイント(1件) ピナクル・ポイントの海辺の暮らしカルメル山の洞窟群(1件) 最初のアフリカ外進出トバ湖(1件) トバ火山の噴火ブロンボス洞窟(1件) 認知革命マジェドベベ(1件) サフルへの渡海ジブラルタル(1件) ネアンデルタール人の消滅ホーレンシュタイン・シュターデル洞窟(1件) ライオンマン像ショーヴェ洞窟(1件) ショーヴェ洞窟の壁画スンギール(1件) スンギールの埋葬イシャンゴ(1件) イシャンゴの骨ラスコー(1件) ラスコーの壁画ボン=オーバーカッセル(1件) 犬の家畜化アルタミラ(1件) アルタミラの壁画モンテ・ベルデ(1件) アメリカ大陸への到達縄文の日本列島(1件) 縄文土器ギョベクリ・テペ(1件) ギョベクリ・テペ肥沃な三日月地帯(1件) 農耕の始まりシロウロカンボス(1件) 猫と人の関係タッシリ・ナジェール(1件) 緑のサハラバルサス川流域(1件) トウモロコシの栽培化河姆渡(1件) 河姆渡の稲半坡(西安)(1件) 半坡の村カルナック(ブルターニュ)(1件) カルナックの列石ボタイ(1件) 馬の家畜化エッツ渓谷(1件) アイスマンの死スカラ・ブレイ(1件) スカラ・ブレイの石の家ヒエラコンポリス(1件) 上下エジプトの統一ギザ(1件) ギザの大ピラミッド建設カラル(1件) カラルの都市ストーンヘンジ(1件) ストーンヘンジの完成アッカド(1件) アッカドのサルゴンウル(1件) ウル・ナンム法典ニップル(1件) 『ギルガメシュ叙事詩』二里頭(1件) 二里頭の宮殿クノッソス(1件) クノッソスの宮殿ハラッパー(1件) インダス文明の衰退バビロン(1件) ハンムラビ法典アヴァリス(1件) ヒクソスのエジプト支配テラ島(サントリーニ)(1件) テラ島の噴火ポバティ・ポイント(1件) ポバティ・ポイントの土塁ミュケナイ(1件) ミュケナイの興りウガリット(1件) ウガリットの文字三星堆(1件) 三星堆の青銅器箸墓古墳(1件) 箸墓古墳平城京(1件) 『古事記』の完成ジャロウ(1件) ベーダ『イングランド教会史』多賀城(1件) 貞観地震ゾミア(東南アジア大陸部の山地)(1件) ゾミアの山地民南極点(1件) アムンセンの南極点

できごと64件が起きた58か所。 同じ場所で何度も起きていれば、その数だけ大きくなります。国境はAD1911の版図(この枠に大きく入る10勢力)。 物語は何百年にもまたがるので、最後のできごとの年で描いています。人物・国と、場所の分かっていないできごと3件は出ていません。押すと、この物語だけに絞った地図が開きます。

筋(67)

年代順に並べてあります。役どころが書いてあるものは、なぜこの物語に含まれるかを添えました。

  1. ルーシーできごと約320万年前(1974年に発見)立って歩いた、それから脳1974年、エチオピアのハダールで、骨格の4割が出た。身長1メートル、脳は小さく、二足で歩いた。「アウストラロピテクス・アファレンシス」。その夜、ビートルズがかかっていた。脳が大きくなる前に、立って歩いた。順番が分かった。ハダール
  2. 火の使用できごと約100万〜40万年前(炉が日常のものになるのは40万年前ごろ)この年表でいちばん古い項目100万年前の洞窟に焼けた骨と灰が残る。炉が日常のものになるのは40万年前ごろで、火は食べ物を柔らかくし、夜を長くし、猛獣を遠ざけた。ワンダーワーク洞窟
  3. ホモ・サピエンスの出現できごと約30万年前(ジェベル・イルード)〜20万年前(オモ・キビシュ)2017年、モロッコの骨が30万年前と分かり、種の年齢は10万年伸びた。どこか一か所で生まれたのではなく、アフリカのあちこちで並行して形になった、という見方に変わりつつある。ジェベル・イルード
  4. デニソワ人できごと約20万年前から小指の骨一つと奥歯からゲノムが読まれ、誰も姿を見たことのない人類種が見つかった。ニューギニアやフィリピンの人の遺伝子に数%が残っている。デニソワ洞窟
  5. ピナクル・ポイントの海辺の暮らしできごと約16万年前海辺が氷期の逃げ場になった貝を採り、赤い顔料を使い、石を火で処理した跡が残る。氷期で内陸が干上がったとき、海辺が逃げ場になった。アフリカの中での拡散と生き残りの一例。ピナクル・ポイント
  6. 最初のアフリカ外進出できごと約18万〜9万年前(ミスリヤ/スフール・カフゼー)レヴァントまで出た集団は、そこで途絶えたらしい。いまアフリカの外にいる人のほとんどは、ずっとあとの一度の出立の子孫になる。カルメル山の洞窟群(位置は特定されていない)
  7. トバ火山の噴火できごと約7万4000年前人類が絶滅しかけた、という説の出どころ過去200万年で最大の噴火。人類が数千人まで減ったという説があったが、いまは疑われている。インドの遺跡では、灰の層の上と下で同じ石器が続く。トバ湖
  8. 認知革命できごと約7万年前〜3万年前文字も農耕もない時代に、協力の仕組みだけが先にあった言葉が、目の前に無いものを語れるようになった。虚構を共有できれば、見ず知らずの数百人が協力できる。ハラリはここを人類史の起点に置く。ブロンボス洞窟
  9. サフルへの渡海できごと約6万5000年前(5万〜7万年前と幅がある)氷期でも、この海は陸続きにならない。最低でも数十kmを船で渡ったことになる。人類が意図して外洋を越えた、最も古い証拠になる。マジェドベベ
  10. ネアンデルタール人の消滅できごと約4万年前30万年ヨーロッパに住んだ人類が、サピエンスの到来から数千年で消えた。滅ぼしたのか、混じったのか。いまの人の遺伝子に数%が残っている。ジブラルタル
  11. ライオンマン像できごと約4万年前想像したものを形にした最古の例マンモスの牙を彫った、獅子の頭を持つ人。実在しないものを形にした、いま知られている最も古い証拠になる。ホーレンシュタイン・シュターデル洞窟
  12. ショーヴェ洞窟の壁画できごと約3万6000年前馬、獅子、犀、そして壁に押し当てた手。1994年の発見時、これほど古いとは誰も信じなかった。描いた人が何を思っていたかは、分からないままになる。ショーヴェ洞窟
  13. スンギールの埋葬できごとBC3万2000年頃象牙のビーズ1万3000個モスクワの東200キロ、氷期の狩人の遺跡。成人男性の墓と、頭を接して並べられた二人の子どもの墓が出た。三人が身につけていた象牙のビーズは、合わせて1万3000個を超える。マンモスの牙を削って一つずつ穴を開ける作業は、一個に45分から1時間かかると実験で見積もられた。全部で数年分の労働である。子どもの墓には、まっすぐに伸ばしたマンモスの牙の槍が添えられていた。狩猟採集の社会が、死者のためにこれだけを費やした。スンギール
  14. イシャンゴの骨できごとBC1万8000年頃二万年前の誰かが一つずつ刻んだ。何を数えたかは失われたコンゴ東部の湖畔で、ヒヒの腓骨が見つかった。長さは十センチほどで、先端に石英の破片が埋め込まれ、彫るための道具だったと見られる。側面に刻み目が三列。それぞれの列の数には規則らしきものがあり、素数の並びだ、十進法の掛け算だ、月の満ち欠けを数えたものだと、さまざまに論じられてきた。どれも決め手がない。確かなのは、二万年前の誰かが、何かを一つずつ刻んで数えたことである。数えた対象は、失われた。イシャンゴ(位置は特定されていない)
  15. ラスコーの壁画できごと約1万7000年前(1940年に発見)600の動物1940年9月、犬を追った4人の少年が穴に落ちた。600の動物。牛、馬、鹿、「一角獣」。人はほとんどいない。1948年に公開して、15年で呼気とカビで傷み、1963年に閉じた。いまはレプリカを見る。本物は、また暗闇の中にある。ラスコー
  16. 犬の家畜化できごとBC1万4200年頃農業より前からいた農業より前に、人は犬と暮らしていた。ボン近郊の墓に、男女と一緒に子犬が葬られていた。1万4200年前。その犬は生後半年ほどで、重いジステンパーを二度患った痕がある。介護なしには生きられない。つまり、役に立たないと分かっていて、誰かが世話をしていた。遺伝子の研究では、家畜化の起源は2万〜4万年前、狼の一系統からとされ、場所は複数説がある。人が最初に結んだ、他の種との長い関係である。ボン=オーバーカッセル
  17. アルタミラの壁画できごと約1万4000年前(1879年に発見)8歳の娘が牛1879年、8歳の娘マリアが天井を見上げて「牛」。父サウトゥオラが発表し、学界は「偽物」と言った。「原始人にこんな絵は描けない」。彼は否定されたまま1888年に死んだ。1902年、学界が謝った。天井の牛は、いまも赤い。アルタミラ
  18. アメリカ大陸への到達できごと約1万6000年前(2万3000〜1万5000年前と幅がある)シベリアからアラスカへ渡り、数千年で大陸の南端に達した。人類が住み着いた最後の大陸で、ここから先は海の島だけになる。モンテ・ベルデ
  19. 縄文土器できごと紀元前140世紀土器=農耕という順序は成り立たない世界最古級の土器。農耕を始めていない狩猟採集の集団が作っており、土器=農耕という順序は成り立たない。縄文の日本列島(位置は特定されていない)
  20. ギョベクリ・テペできごと紀元前95世紀神殿が先で村が後だったのかもしれない農耕が始まる前に、狩猟採集の人びとが巨石を立てて何かを建てた。神殿が先で村が後だった可能性が出てくる。ギョベクリ・テペ
  21. 農耕の始まりできごと紀元前90世紀身長は縮み、病気は増えた。それでも人口は桁違いに増える麦を蒔き、羊を囲った。栄養は偏り、身長は縮み、病気は増えた。それでも人口は桁違いに増える。肥沃な三日月地帯(位置は特定されていない)
  22. イェリコの壁できごと約1万年前高さ8メートルの塔死海の北の泉のほとりで、農耕が始まってすぐ、人が石の壁と塔を建てた。高さ8メートルの塔。何を防いだかは分からない。洪水か、人か。ヨシュアの角笛より6000年古い。世界で最も古い街、と言われる街の一つ。イェリコ
  23. 猫と人の関係できごとBC7500年頃島に野生の猫はいなかったキプロス島に、野生の猫はいなかった。それなのに、9500年前の墓に、人と猫が並んで葬られていた。誰かが船に乗せて連れて来たことになる。猫の家畜化は、農業とともに始まったと考えられている。穀物を貯めれば鼠が来る。鼠が来れば猫が来る。人は追い払わなかった。エジプトで神になり、船に乗って世界へ広がった。犬と違い、猫は用途のために作り変えられなかった。品種の大半は19世紀以降の産物である。シロウロカンボス
  24. 日干し煉瓦できごとBC7500年頃泥に藁や糞を混ぜ、型で成形し、日に干す。焼かないので燃料が要らない。乾いた土地では、何千年も保つ。初期のものは手で丸めた紡錘形で、指の跡が残っている。型を使うようになるのは後である。同じ大きさの塊を大量に作れることが、直線の壁と、階を積むことと、そして工事の見積もりを可能にした。メソポタミアの神殿も、エジプトの住居も、インダスの街も、大部分はこれである。石の建築ばかりが残ったのは、泥の建物が溶けて消えたからにすぎない。イェリコ
  25. チャタル・ヒュユクできごと紀元前71世紀数千人が住んだのに、王の家が見つからない道が無く、屋根の上を歩いて天井の穴から家に入る町。数千人が住んだが、王の家らしきものが見つからない。チャタル・ヒュユク
  26. 緑のサハラできごと約1万1000年前から5500年前まで気候の変化が、文明を一つ押し出したいまの砂漠に、湖と草原があった。岩絵に、泳ぐ人と、牛の群れと、カバが描かれている。乾燥が進んだとき、人はナイル川へ移った。エジプト文明はその先にある。タッシリ・ナジェール(位置は特定されていない)
  27. トウモロコシの栽培化できごと約9000年前新大陸の農耕の起点実が指ほどしかない野生のテオシントから、数千年かけて作った。新大陸で農耕の立ち上がりが遅れた理由の一つに挙げられる。バルサス川流域(位置は特定されていない)
  28. 最初のチーズできごとBC5500年頃体が変わるより、技術のほうが先だった成人の多くは、乳糖を分解できない。搾った乳をそのまま飲めば腹を下す。ところが乳酸菌が糖を食べ、水を切れば、消化できる食べ物になり、しかも保つ。土器の破片に残る乳脂肪の分析から、この加工がアナトリアとバルカンで新石器時代に行われていたことが分かっている。ポーランドの孔の空いた土器は、乳を漉した道具と考えられている。乳を飲めるように体が変わるより先に、飲まずに済ませる技術のほうが、先にあった。チャタル・ヒュユク
  29. 河姆渡の稲できごと約7000年前二つの川で別々に杭州湾の南で1973年に出た。高床の家、骨の鍬、そして厚さ数十センチの稲の層。長江の下流で、黄河の粟より早く、稲が作られていた。中国の農耕は北の一つの中心からでなく、二つの川で別々に始まった。河姆渡
  30. 半坡の村できごと約6500年前魚の顔の土器西安の東で1953年に出た仰韶文化の村。半地下の家、溝、共同墓地、魚の顔の彩文土器。粟を作り、豚を飼い、犬と暮らした。母系の氏族社会だと中国は説明した。黄河の農耕の村の、最も分かりやすい形。半坡(西安)
  31. カルナックの列石できごと約6000年前3000の石が4キロブルターニュの海岸に3000の石が列をなして4キロ。何のためかは分からない。ストーンヘンジより古い。伝説では、聖コルネリウスが追ってきたローマ兵を石に変えた。1990年代に柵で囲まれた。カルナック(ブルターニュ)
  32. 馬の家畜化できごと約5500年前(ボタイ)〜4200年前(黒海北岸の草原)大型の草食獣148種のうち家畜になったのは14種で、馬はその中で最も戦争と交通を変えた。シマウマはならなかった。ボタイ(位置は特定されていない)
  33. ウルク。都市というものの始まりできごと紀元前35世紀分業も神殿も官僚も、ここで一度に現れる数万人が城壁の中に住んだ。分業も神殿も官僚も、ここで一度に現れている。ウルク
  34. 車輪の登場できごと紀元前35世紀ろくろが先で、荷車は後だったとされる。この道具は独立に何度も発明されず、アメリカ大陸では運搬に使われなかった。ウルク
  35. アイスマンの死できごとBC3300年頃名も身分も分からない一人の、最後の数日氷河で見つかった男。銅の斧を持ち、背中に矢を受けていた。名も身分も分からない一人の人間の、最後の数日が分かっている。エッツ渓谷
  36. スカラ・ブレイの石の家できごとBC3180年ごろ石の家具の村1850年の冬、スコットランドの北のオークニー諸島を襲った嵐が、海辺の砂丘をはぎ取り、石造りの家の跡を露わにした。スカラ・ブレイと呼ばれるこの村は、5千年あまり前の新石器時代に、8軒ほどの家が身を寄せ合うように建てられていた。木の少ない島で、家具まで石で作られた。家の真ん中に炉があり、その両側に石の箱の寝台が、奥には石の棚が据えられていた。家どうしは屋根のある通路で結ばれ、下水の溝まで備えていた。エジプトのピラミッドより古い、ヨーロッパで最もよく残った先史時代の村である。スカラ・ブレイ
  37. 楔形文字の成立できごと紀元前32世紀最初に書かれたのは麦とビールの帳簿だった最初に書かれたのは詩でも法でもなく、麦とビールの帳簿だった。文字は数えるために生まれている。ウルク
  38. 上下エジプトの統一できごとBC3100年頃(年代には幅がある)ナイルに沿った細長い国が一つになった。この形のまま3000年続く。ヒエラコンポリス
  39. ナルメル人物在位 BC3100年頃(年代には幅がある) – ?上下エジプトを統一したとされる王。化粧板に彫られた姿が、王という形の最初の表現になっている。
  40. インダス文明できごとBC2600年碁盤の目の街路と下水を備えた都市が並んだ。文字は未解読で、王の墓も神殿も見つかっていない。モヘンジョダロ
  41. ギザの大ピラミッド建設できごとBC2560年頃古王国のクフ王が築いた。3800年にわたり世界で最も高い建造物であり続けた。ギザ
  42. カラルの都市できごと紀元前26世紀ギザとほぼ同じ頃、ペルーの海岸にもピラミッドを持つ都市が、ギザとほぼ同じ頃にペルーの海岸に建っていた。武器も城壁も見つかっていない。カラル
  43. モヘンジョダロの都市計画できごと紀元前25世紀下水は完備しているのに宮殿も王墓も無い碁盤の目の街路と、各戸から通じる下水。宮殿も王墓も見つかっておらず、誰が統治したのか分かっていない。モヘンジョダロ
  44. ストーンヘンジの完成できごと紀元前25世紀文字を持たない社会が組織した労働数十トンの石を200km以上運んできた。文字を持たない社会が、それだけの労働を組織できた。ストーンヘンジ
  45. アッカドのサルゴンできごとBC2334年頃記録に残る最初の帝国複数の都市国家を一人の下に置いた。記録に残る最初の「帝国」とされる。アッカド(位置は特定されていない)
  46. サルゴン人物在位 BC2334年頃(年代には幅がある) – BC2279年頃複数の都市国家を一人の支配下に置いた。記録に残る最初の「帝国」とされる。出自の伝説は聖書のモーセの話に似ている。
  47. ウル・ナンム人物在位 BC2112年頃 – BC2095年頃現存する最古の法典を残した。ハンムラビより300年早く、罰は「目には目を」ではなく罰金が多い。
  48. ウル・ナンム法典できごとBC2100年頃同害報復ではなく罰金で償わせている現存する最古の法典。ハンムラビより300年早く、傷害は同害報復ではなく罰金で償わせている。ウル
  49. 『ギルガメシュ叙事詩』できごと紀元前21世紀数えるための文字が、ここまで来た記録に残る最古の文学。友の死を受け入れられず、不死を探しに行って手ぶらで帰る話になっている。ニップル
  50. 二里頭の宮殿できごと紀元前19世紀中国最古級の宮殿の跡。伝説の夏王朝にあたるとする説があるが、文字が出ていないので確かめられない。二里頭
  51. クノッソスの宮殿できごと紀元前19世紀線文字Aはいまも読めない城壁を持たない宮殿。海が壁だったと考えられている。文字(線文字A)はいまも読めない。クノッソス
  52. インダス文明の衰退できごと紀元前19世紀侵入の跡は無い都市が捨てられ、下水も規格も失われた。侵入の跡は無く、川筋の変化と気候が有力とされる。ハラッパー
  53. ハンムラビ法典できごとBC1754年頃282条を石碑に刻んで公開した。刑罰は身分によって差があり、目には目をの原則で知られる。バビロン
  54. ヒクソスのエジプト支配できごとBC1650年頃馬と戦車がエジプトに入ったレヴァントから来た人びとがデルタに王朝を建てた。馬と戦車と複合弓がエジプトに入ったのはこのとき。追い出した側が、その武器で帝国を作る。アヴァリス
  55. テラ島の噴火できごとBC17〜16世紀過去1万年で最大級の噴火島の中央が吹き飛び、火山灰の下に町がそのまま残った。クレタの宮殿文明が衰える一因とされる。アトランティスの伝説の元という説がある。テラ島(サントリーニ)
  56. 殷の成立できごとBC1600年頃20世紀の初めまで伝説とされていた王朝湯王が夏の桀を倒したと伝わる。考古学で確かめられる中国最古の王朝で、青銅器と甲骨文字と人身供犠を残した。殷墟
  57. ポバティ・ポイントの土塁できごとBC17〜12世紀農耕なしで、これだけの土が動かされた農耕をしない狩猟採集の人びとが、100万立方メートルの土を運んで半円の土塁を築いた。農業が無ければ大工事もできない、という前提が崩れる。ポバティ・ポイント
  58. ミュケナイの興りできごと紀元前16世紀クレタと違って城壁と武器だらけの遺跡。線文字Bは解読され、ギリシア語だと分かっている。ミュケナイ
  59. ウガリットの文字できごとBC1400年頃楔形文字の形で、30の音だけを表す文字が作られた。文字の数を音の数まで減らす発想が、フェニキア文字と並ぶもう一つの源流になる。ウガリット
  60. 甲骨文字できごと紀元前13世紀漢字はここから続いている亀の甲羅を焼いて割れ目で占い、問いと答えを彫りつけた。漢字はここから続いている。殷墟(安陽)
  61. 三星堆の青銅器できごと紀元前12世紀中国の古代文明は黄河のひとつではなかった殷とはまったく違う造形の巨大な仮面が四川で出た。中国の古代文明が黄河のひとつではなかったことを示す。三星堆
  62. 箸墓古墳できごとAD250年頃最初の巨大前方後円墳奈良盆地の南東、纒向。全長280メートル、最初の巨大前方後円墳。『日本書紀』は倭迹迹日百襲姫の墓と言い、「昼は人が作り、夜は神が作った」。2009年の年代測定で3世紀中頃。卑弥呼の死んだ頃。卑弥呼の墓と言う人と、違うと言う人。宮内庁が管理し、掘れない。箸墓古墳
  63. 『古事記』の完成できごとAD712年(和銅5年)神代から天武天皇が稗田阿礼に誦習させた帝紀と旧辞を、太安万侶が4か月で書いた。3巻。神代から推古まで。「上巻は神、中巻は英雄、下巻は王」。漢字で日本語を書こうとして、「音と訓を混ぜた」。読めなかった。本居宣長が35年かけて読んだ。平城京
  64. ベーダ『イングランド教会史』できごとAD731年一つの民だと最初にノーサンブリアの修道士が、ローマの来襲からその年まで、5巻。「アングル人の教会史」。イングランドが一つの民だと最初に書いた本。年をキリスト生誕から数えた。「AD」が広まったのは彼から。生涯のほとんどを修道院で過ごした。死ぬ日までヨハネ福音書を訳していた。ジャロウ
  65. 貞観地震できごとAD869年7月9日(貞観11年5月26日)同じ場所に同じ高さで陸奥で大地震。「海が吼えて、大津波が城下を襲い、千人が溺れた」と『三代実録』。多賀城の下まで海が来た。1990年代から津波の砂の層が調べられ、2011年の前に「1000年に一度の津波」が警告されていた。同じ場所に、同じ高さで来た。多賀城
  66. ゾミアの山地民できごと1600年国家の外に出るという選択東南アジアの山地に住む人びとは、国家に追いつかれなかったのではなく、国家から逃げてそこにいる。焼畑も、文字を持たないことも、逃げるための技術だった、という見方になる。ゾミア(東南アジア大陸部の山地)(位置は特定されていない)
  67. アムンセンの南極点できごとAD1911年12月14日ここは恐ろしい場所だ北極点に先を越されて、黙って南へ向きを変えた。犬52頭、5人。犬を食べながら。テントと手紙を残した。5週間後、スコットの5人が着いて、ノルウェーの旗を見た。帰りに全員が死んだ。「神よ、ここは恐ろしい場所だ」。日記は翌年見つかった。南極点

重なっているストーリー

同じできごとや人物を含む物語です。何件を共有しているかを添えました。

『サピエンス全史』で読む歴史20件を共有 / ハラリが人類史を三つの革命で切った本。その筋に沿って、このデータベースの項目を並べ直す。古代オリエント12件を共有 / 文字も法も都市も、まずここで生まれた。そして次々に主が入れ替わる2500年。『銃・病原菌・鉄』で読む歴史10件を共有 / なぜ征服したのがスペイン人で、されたのがインカだったのか。ダイアモンドは答えを人ではなく大陸の形に求めた。『万物の黎明』で読む歴史10件を共有 / 狩猟採集から農耕へ、村から都市へ、そして国家へ。その一本道の筋書きそのものが間違いだ、という本。都市の歴史9件を共有 / 人が密集して住むという異常な選択が、文明のほとんどを生んだ。『反穀物の人類史』で読む歴史7件を共有 / 人が穀物を育てたのではなく、穀物と国家が人を囲い込んだ。最初の国家は、なぜ壁の内側に人を閉じ込めたのか。ムンディ先生の講義で学ぶ歴史7件を共有 / 高校の先生「ムンディ先生」が、世界史と日本史を200講ずつで通した授業の動画。ここに並ぶ項目には、その講の動画が付いている。技術と産業6件を共有 / 道具が人を変え、その人がまた道具を作った。速さが加速していく話。考えることの歴史6件を共有 / 同じ数百年のあいだに、ギリシアでも中国でもインドでも、人が根本から考え直した。誰が書き残したか6件を共有 / 残っているものが全部ではない。誰の筆によるかで、同じ出来事が違って見える。『世界史』(マクニール)で読む歴史6件を共有 / 文明どうしが接触し、借り、競い合うことで歴史が動く。世界を一つの物語として書いた最初の教科書。表現の歴史5件を共有 / 書いた人、描いた人、作った人。政治と戦争のあいだに、ずっと別の営みがあった。『昨日までの世界』で読む伝統社会5件を共有 / 国家のない社会は、争いも子育ても老いも、私たちと違うやり方で扱ってきた。何を学べるか。中国の王朝4件を共有 / 殷から清まで3000年。王朝は替わっても、同じ型で替わり続けた。接触前のアメリカ4件を共有 / 旧大陸と行き来のないまま、農耕も都市も国家も別々に生まれた。3000年ぶんの、独立した実験。確かめるという方法4件を共有 / 偉い人がそう言ったから、をやめた話。誰が最初かは、思っているほどはっきりしない。『繁栄』で読む歴史4件を共有 / 人類が豊かになったのは交換のおかげで、悲観する理由はいつも外れてきた、という本。反論側も付けてある。食の歴史4件を共有 / 何を食べるかは、誰が作り、どう運び、どう残すかで決まってきた。台所の外の仕組みの歴史になる。日本の古代3件を共有 / 中国の史書にだけ名が残る王たちから、律令の国家ができるまで。手本は常に大陸にあった。『暴力と不平等の人類史』で読む格差3件を共有 / 格差を大きく縮めたのは、改革ではなく破局だった。戦争、革命、国家の崩壊、疫病の四つしかない、という本。言葉と文字の歴史3件を共有 / 話す言葉を書き留める文字が生まれ、印刷と国家と機械が、言葉を広め、整え、ときに奪ってきた。住まいの歴史3件を共有 / 洞窟と竪穴の家から、長屋、集合住宅、団地、郊外の一戸建てまで。人はどこに、どう住んできたのか。探検と発見2件を共有 / 地平線の向こうに何があるかを、確かめに行った人たちの記録。ペルシア戦争2件を共有 / 当時最大の帝国に、都市国家の寄り合いが勝った。ギリシアが自分たちを語りはじめる。コテンラジオで聞く歴史2件を共有 / ポッドキャスト「コテンラジオ」が取り上げた人物とできごと。ここに並ぶ項目には、その回の動画が付いている。『疫病と世界史』で読む歴史2件を共有 / 歴史を動かしたのは王でも思想でもなく、目に見えない微生物だった、と最初に言い切った本。『暴力の人類史』で読む歴史2件を共有 / 人が人を殺す率は、狩猟採集の時代から今まで、長い目で見ればずっと下がってきた、という本。反論も多い。『負債論』で読む歴史2件を共有 / お金は物々交換の不便から生まれた、という話は史料に無い。先にあったのは借りのほうだ、という本。『1491』『1493』で読む新大陸2件を共有 / コロンブス以前のアメリカは人の少ない原野ではなかった。以後の世界は、生き物の大移動でできている。『ホモ・デウス』で読む次の歴史2件を共有 / 飢餓と疫病と戦争を抑え込んだ人類が、次に何を目指すか。『サピエンス全史』の続編。『物質文明・経済・資本主義』で読む三つの層2件を共有 / 毎日の暮らし、市場での取引、そしてその上に乗る資本主義。ブローデルは経済を三層に分けた。老いと死の歴史2件を共有 / どう老い、どう死に、どう弔うか。いちばん私的に見えることが、いちばん制度に支えられている。法と裁判の歴史2件を共有 / 力の強い者の思いのままだった裁きを、書かれた法と手続きで縛ってきた歴史。中田敦彦のYouTube大学で学ぶ歴史2件を共有 / 「中田敦彦のYouTube大学」が講義した世界史・日本史・偉人伝の人物とできごと。ここに並ぶ項目には、その回の動画が付いている。交通と旅の歴史2件を共有 / 人が速く遠くへ動けるようになるたびに、世界は狭くなり、旅は一部の人の冒険から誰もの楽しみになった。中華の統一1件を共有 / 殷を倒した周から、初めて中国をひとつにした秦まで。800年かけて「天下」という考えが育つ。主権はだれのものか1件を共有 / 王が決めるのか、議会が決めるのか、国民が決めるのか。800年かけて答えが動いた。交易路とお金1件を共有 / 運ぶ/両替する/貸す。人と物が動くところには、いつも同じ仕組みが生えてくる。キリスト教のひろがり1件を共有 / 迫害される小集団が、300年で帝国の宗教になり、そこから何度も割れながら世界へ出ていった。『交易の世界史』で読む物の流れ1件を共有 / シュメールの銅から現代のコンテナまで。人が物を遠くへ運ぶために、何をしてきたか。海の歴史1件を共有 / 海は人と物と病と戦争を運び、人はその海を測り、守り、汚してきた。
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