概要
大飢饉と大塩平八郎の乱のあと、老中の水野忠邦は、幕府の立て直しを急いだ。1841年から、贅沢を厳しく禁じ、芝居小屋を町はずれに移し、物価を下げるため商人の同業の組合を解散させる。江戸に流れ込んだ農民を村へ帰らせる法も出した。だが物の流れは乱れ、物価はかえって上がる。1843年、江戸と大坂の周りの土地を幕府の直轄にしようとして、大名や旗本の猛反対に遭い、水野は失脚した。幕府は、自分の足もとの土地さえ思うようにできなくなっていた。
場所
江戸
35.69°N 139.75°E · 日本・東京都(江戸城=現在の皇居)
35.69°N 139.75°E · 日本・東京都(江戸城=現在の皇居)
本文
急ぐ立て直し。
大飢饉と大塩平八郎の乱のあと。
(1)老中の水野忠邦は、幕府の立て直しを急いだ。
(2)そして、1841年から、贅沢を厳しく禁じた。
(3)さらに、芝居小屋を町はずれに移した。
組合を解散させる。
物価を下げるために。
(1)商人の同業の組合を解散させた。
(2)そして、江戸に流れ込んだ農民を、村へ帰らせる法も出した。
(3)さらに、だが物の流れは乱れ、物価はかえって上がった。
足もとの土地。
1843年。
(1)江戸と大坂の周りの土地を、幕府の直轄にしようとした。
(2)そして、大名や旗本の猛反対に遭い、水野は失脚した。
残ること。
幕府は、自分の足もとの土地さえ、思うようにできなくなっていた。