概要
最後の皇帝が退位させられた。古代の終わりの目印として使われるが、当時そう感じた人はいなかった。
場所
ラヴェンナ
44.42°N 12.20°E · イタリア・エミリア=ロマーニャ州
44.42°N 12.20°E · イタリア・エミリア=ロマーニャ州
関わった人(2)
オドアケルAD433年–AD493年3月15日 · 退位させたロムルス・アウグストゥルスAD460年頃–? · 退位した本文
476年、ゲルマン系の傭兵隊長オドアケルが 少年皇帝ロムルス・アウグストゥルスを退位させた。 最後の皇帝の名が、建国者と初代皇帝の名を合わせたものだったのは偶然になる。
オドアケルは自分が皇帝を名乗らなかった。 帝位の記章を東のコンスタンティノープルへ送り、 自分はイタリアの王として東帝の名の下に統治すると言った。
つまり、当時の人にとってこれは 「ローマ帝国が滅びた日」ではない。 帝国は東に続いており、 西でも税は取られ、元老院は開かれ、ラテン語は使われていた。
476年を古代の終わりとしたのは、 1000年以上あとの歴史家である。 区切りは後から引かれた。
出典(4)
塩野七生 『ローマ人の物語』XV ローマ世界の終焉
エドワード・ギボン 『ローマ帝国衰亡史』第36章
マット・リドレー(大田直子、鍛原多惠子、柴田裕之 訳) 『繁栄 明日を切り拓くための人類10万年史』第9章 転換点
ウォルター・シャイデル(鬼澤忍、塩原通緒 訳) 『暴力と不平等の人類史 戦争・革命・崩壊・疫病』第3部(国家の崩壊という平等化)