概要
貨幣を改めても物価が止まらず、皇帝は1000以上の品と賃金に上限を定め、違反は死刑とした。小麦、獅子、紫の絹、床屋の値段まで。品物が市場から消え、数年で守られなくなった。石に刻まれた断片が帝国中で見つかっている。
場所
ニコメディア
40.77°N 29.94°E · トルコ・イズミト
40.77°N 29.94°E · トルコ・イズミト
関わった人(1)
ディオクレティアヌスAD244年頃–311年 · 皇帝本文
3世紀の危機で銀貨は銀をほとんど含まなくなった。 294年、ディオクレティアヌスは貨幣を改めた。物価は止まらなかった。 301年、額面を倍にし、続けて「最高価格令」。
序文。「貪欲が狂ったように荒れ狂っている」。 「兵士が一度の買い物で給料を全部奪われる」。 「これは最高価格であって定価ではない。違反者は死刑。買う側も、隠す者も」。
1000以上の品。 小麦1モディウス100デナリウス。上等のワイン30。豚肉1ポンド12。牛肉8。 獅子1頭15万。紫の絹1ポンド15万。 農民の日当25と食事。床屋2。教師は生徒1人につき月50。弁護士1件1000。 ロバ1頭1マイル4。 帝国のどこでも同じ。輸送費を無視して。
ラクタンティウス。 「小さな安いものにも血が流れた。人々は恐れて市場に出さなくなった。不足が前よりひどくなった。多くの人が死んで、法は自然に消えた」。 敵の証言だが、数年で守られなくなったのは確か。
石。アフロディシアス、デルフォイ、ストラトニケイア。40以上の断片。東の属州に多い。 1709年に最初の断片が見つかり、歴史家はそれでローマの物価と賃金を再建した。 失敗した法が最良の史料になった。
彼は価格でなく貨幣を直そうとし、価格の上限はその補助だったと読む人もいる。 20年帝国を安定させ、自分で退位した唯一の皇帝。 スプリトの宮殿で「私のキャベツを見れば帝位を勧める気にならない」。