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Event / できごと

コカ・コーラの誕生

Coca-Cola
AD1886年
重要度 3
大英帝国カナダアメリカ合衆国アメリカ合衆国メキシココロンビアスペイン帝国ベネズエラフランススペイングレートブリテン及びアイルランド連合王国ニカラグアホンジュラスグアテマラAD1886年アトランタ
このできごとには、まだ自由に使える図版が見つかっていません。 代わりに、このデータベースが持っているAD1886年の版図を描いています(14勢力)。

概要

1886年、アメリカ南部のアトランタで、薬剤師のジョン・ペンバートンは、コカの葉とコーラの実のエキスを混ぜたシロップを作り、薬局の売り場で炭酸水に割って売り出した。はじめは頭痛や疲れに効く飲み物とうたわれている。町では酒を禁じる動きが強まっていて、酒に代わる飲み物でもあった。権利を買い取ったエイサ・キャンドラーは、広告と瓶詰めの工場の仕組みで全国に広げる。コカインを含む葉は、20世紀の初めに成分を抜いたものに替えられた。第二次世界大戦では、兵士のいる場所へ一本5セントで届けると約束し、アメリカの生活の象徴として世界に広まった。

場所

アトランタ
33.75°N -84.39°E · アメリカ・ジョージア州

本文

19世紀のアメリカでは、薬局の売り場に炭酸水を出すカウンターがあり、薬草や香料のシロップを炭酸水で割って売っていた。炭酸水そのものが体に良いと信じられていたのである。南北戦争で傷を負い、モルヒネに頼るようになっていた薬剤師のジョン・ペンバートンは、その代わりになる薬を探していた。

ペンバートンがはじめに作ったのは、南米のコカの葉とワインを合わせた飲み物だった。ところが1886年、アトランタの町で酒の販売が禁じられる。彼は酒を抜き、コカの葉と、アフリカ原産のコーラの実のエキスに砂糖を加えたシロップを作った。5月、町の薬局でこれを炭酸水に割って売り出す。名前と、いまも使われる筆記体の文字は、帳簿係のフランク・ロビンソンが考えた。最初の年には、一日に数杯しか売れなかったという。

ペンバートンは2年後に亡くなり、権利は実業家のエイサ・キャンドラーの手に渡った。キャンドラーは、無料で一杯飲める券を配り、看板や時計や暦に名前を入れて町じゅうに広告を出した。1899年には、各地の瓶詰め業者にシロップを売り、その土地で瓶に詰めて売らせる仕組みができる。コカの葉に含まれるコカインは、20世紀の初めまでに取り除かれた。

1941年、アメリカが戦争に加わると、社長のロバート・ウッドラフは、軍服を着た兵士がどこにいても一本5セントでコカ・コーラを飲めるようにすると宣言した。戦地の近くに瓶詰めの工場が建てられ、戦後はそれがそのまま世界への足がかりになる。コカ・コーラは、アメリカの暮らしと価値観を世界に運ぶものの象徴になり、戦後のフランスなどでは、アメリカの文化の押しつけとして「コカ・コロニゼーション」と批判されもした。

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