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Event / できごと

為替手形

The bill of exchange
AD1300年頃
重要度 5
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このできごとには、まだ自由に使える図版が見つかっていません。 代わりに、このデータベースが持っているAD1300年頃の版図を描いています(44勢力)

概要

金貨を持って山を越えれば、盗まれる。ジェノヴァの商人がシャンパーニュの大市で受け取るべき代金を、現地の同業者に払わせ、その分をジェノヴァで清算する。紙の上で債権が動く。教会が利子を禁じていたので、利益は為替の相場に折り込まれた。同じ通貨を貸して利子を取れば高利貸しだが、通貨と場所が違えば、それは為替の差益である。この迂回が、金融の技術を育てた。手形は裏書きで転々と流通し、決済の網が大陸を覆った。

場所

ジェノヴァ
44.41°N 8.95°E · イタリア・リグーリア州

本文

**問題**。

13世紀のヨーロッパ。ジェノヴァの商人が、シャンパーニュの大市で羊毛を仕入れる。

代金を、どうやって運ぶか。

**金貨を、自分で運ぶ**。

- **重い**。1000フィオリーノは、約3.5kg。 - **危険**。街道には盗賊がいる。領主が通行税を取る。 - **摩耗する**。 - そして、**各地の貨幣が違う**。ジェノヴァのジェノヴィーノ、フィレンツェのフィオリーノ、ヴェネツィアのドゥカート、フランスのリーヴル、イングランドのポンド。品位(金銀の含有率)も、絶えず変わる。

**解**。

**紙を送る**。

**構造**。

四人が関わる。

- **A**(ジェノヴァの商人)——シャンパーニュで払いたい。 - **B**(ジェノヴァの銀行家/両替商)——Aから、ジェノヴァの通貨で金を受け取る。 - **C**(シャンパーニュにいるBの代理人/取引相手)——Aの取引先に、現地の通貨で払う。 - **D**(シャンパーニュの受取人)。

Aは、Bに金を払い、**手形**を受け取る。

手形には、こう書いてある。「シャンパーニュのCへ。この手形の持参人Dに、〇〇リーヴルを支払われたし」。

Aは、その紙をDへ送る(あるいは自分で持って行く)。Dが、Cに提示する。Cが払う。

**BとCの間の貸し借りは、後で、別の取引と相殺して清算する**。

金貨は、**一枚も動いていない**。

**利子の問題**。

ここに、もう一つの意味がある。

**教会法は、利子(ウスラ)を禁じていた**。

「汝の兄弟に利息をつけて貸してはならない」(申命記23章)。

第3ラテラノ公会議(1179年)は、公然と利子を取る者を破門し、キリスト教式の埋葬を拒否すると定めた。

**では、どうやって儲けるか**。

為替手形は、この禁止を**迂回する**。

理屈——

同じ通貨を貸して、より多く返させれば、それは**利子**である。禁止される。

しかし、ジェノヴァで**フィオリーノ**を受け取り、シャンパーニュで**リーヴル**を払うなら、それは**両替**である。

そして、両替には**相場**がある。相場は変動する。だから、そこに差益が出るのは、**利子ではなく、危険を引き受けた報酬**である。

(この論理は、当時の神学者たちも承知していた。トマス・アクィナスは、為替そのものは認めつつ、隠された利子を非難した。実務は、その境目を歩き続けた。)

実際には、**時間**が組み込まれていた。

「ウーザンス」——手形が振り出されてから支払われるまでの、慣習的な期間。ジェノヴァからシャンパーニュへは何日、ヴェネツィアからロンドンへは3か月。

その期間の長さと、為替相場の差が、実質的な金利になった。

**大市**。

12〜13世紀、**シャンパーニュの大市**が、ヨーロッパの決済の中心だった。

トロワ、プロヴァン、ラニー、バール=シュル=オーブ。年に6回、順に開かれる。

大市には、商品を売買する期間の後に、**支払いの期間**があった。

そこで、商人と両替商が集まり、互いの債権と債務を**相殺**する。

(AがBに100、BがCに100、CがAに100を負っていれば、誰も何も払わなくてよい。多角的な相殺。)

現金が動くのは、**差額だけ**である。

(14世紀、シャンパーニュの大市が衰えると、リヨン、そしてジェノヴァ商人が主催する「ブザンソンの大市」(実際にはピアチェンツァなどで開かれた)が、その機能を継いだ。ここは、商品を扱わず、**手形の決済だけを行う市**になった。純粋な金融の市場である。)

**裏書**。

16世紀、決定的な工夫が加わった。

手形の**裏に署名して、他人に譲渡する**(裏書、エンドースメント)。

これで、手形は、指定された相手にしか使えない証書から、**転々と流通する支払い手段**になった。

(Aが受け取った手形を、Bへの支払いに使う。Bはそれをさらに、Cへの支払いに使う。満期に、最後の持ち主が現金化する。)

**割引**。

さらに、満期前の手形を、**額面より安く買い取る**取引が生まれた。

(満期まで3か月ある100の手形を、97で買う。差額の3が、実質的な金利である。)

これが「**手形割引**」であり、19世紀のイギリスの**ロンバード街**の中心的な業務になった。

**帰結**。

**(1)現金なしの決済**。

貿易の規模が、金銀の量に縛られなくなった。

**(2)信用の創造**。

手形が流通すれば、それは事実上の貨幣である。決済されるまでの間、購買力が増えている。

**(3)銀行**。

手形を振り出し、引き受け、割引する業者が、銀行になった。

(「bank」の語源は、イタリア語の banco——両替商が市場に出した**台**。破産を意味する「bankrupt」は、banca rotta——**壊された台**。支払えなくなった両替商の台を、債権者が壊した、とされる。)

**(4)情報**。

為替相場は、各地の貨幣の需給と、政治の情勢と、そして航海の安全を反映する。

商人は、**情報を集めた**。書簡の網ができた。定期的な相場表が刷られた(16世紀のアントウェルペン、17世紀のアムステルダム)。

(フッガー家の書簡集は、当時の情報網の記録として、いまも歴史学の史料である。)

**そして**。

いま、我々が使っている小切手、送金、そして銀行間の決済は、すべて、この構造の延長にある。

**紙(いまは電子の記録)が動き、現金は動かない**。そして、最後に差額だけが清算される。

原理は、13世紀のジェノヴァの商人が使ったものと、変わっていない。

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