円筒印章
概要
石を円筒に削り、側面に図を彫る。粘土の上で転がすと、帯状の文様が連続して現れる。押した後で作り直せば、跡が乱れて分かる。壺の蓋を粘土で封じ、その上を転がせば、開けたかどうかが見える。文字が生まれる前から、これが所有と、取引の承認と、そして封印に使われた。図柄は個人と役職に固有で、事実上の署名である。首から下げ、死ぬと墓に入れた。閉じたことを示す技術のほうが、文字よりも、先にあった。
場所
31.32°N 45.64°E · イラク・ムサンナー県
本文
円筒印章は、石を削って作った小さな円筒である。長さは二センチから五センチほど、太さは指くらいで、縦に穴が通してある。そこに紐を通して首から下げたり、手首に巻いたり、衣服に留めたりした。材料には、遠くアフガニスタンから運ばれた青いラピスラズリ、赤いカーネリアン、黒い赤鉄鉱、水晶、瑪瑙のほか、貝や骨も使われた。持ち主の身分や富によって、材料が違った。
円筒の側面には、図柄が凹みとして彫り込まれている。湿った粘土の上でこれを転がすと、図柄が浮き彫りになって帯のように連続して現れる。転がせば何度でも同じ帯ができ、どこまでも続けて押すことができる。平らな判を押すのと違って、広い面に途切れずに跡を付けられるのが、この形の強みだった。

主な使い道は封をすることである。壺の口を布や革で覆って紐で縛り、その結び目を粘土の塊で包んで、上から印章を転がす。中身を取り出すには、粘土を壊すしかない。壊せば分かる。同じ印章を持っていなければ、元どおりに戻すこともできない。倉庫の扉も同じようにして封じられた。扉の閂に紐を掛け、その上を粘土で包んで印章を転がす。誰かが勝手に開ければ、跡が乱れる。メソポタミアの遺跡からは、こうした封の粘土が大量に見つかっている。壺そのものは残っていなくても、火事で焼けて固まった粘土の塊だけが、封をした跡を伝えているのである。
円筒印章が現れたのは、メソポタミア南部の都市ウルク(ウルク。都市というものの始まり)が大きく育った紀元前3400年ごろとされる。この町では、神殿が大量の麦や家畜を集めて配り、人々の働きを記録する必要があった。楔形文字(楔形文字の成立)が生まれるのも、ほぼ同じころか、少し後である。閉じたことを示す技術は、書く技術と同じか、それより早くからあったことになる。

文字の起源と印章を結びつける説もある。メソポタミアでは、文字よりずっと前から、羊や麦の数を表す小さな粘土の形(粘土のトークン)が使われていた。取引の約束をするとき、その粘土の形を中が空洞の粘土の球に封じ込め、球の表面に印章を転がした。中身が分かるように、表面には中の形を押し付けた印も付けた。ところが、表面の印で中身が分かるなら、中の粘土の形は要らない。こうして、粘土の板に印を付けるだけで数を記録するようになり、それが文字につながった、という説明である。アメリカの考古学者デニス・シュマント=ベッセラが唱えたもので、異論もあるが、大きな影響を与えてきた。
印章が示したのは、封だけではない。まず、持ち主である。印章の図柄は人ごとに違い、それを転がした跡は、この物が誰のものかを示した。次に、承認である。契約を記した粘土板には、当事者と証人がそれぞれ自分の印章を転がした。わたしがこれに同意した、という印である。さらに、職と身分である。アッカドの時代になると、図柄に添えて「誰それ、書記、何某王の僕」といった銘文が彫られることが多くなった。役職に付いた印章は、後任に引き継がれることもあった。印章は、事実上の名刺であり、署名だった。身を守るお守りの役目もあり、持ち主が死ぬと墓に納められた。

図柄は時代とともに移り変わった。ウルクの時代には、家畜の群れや神殿、捧げ物を運ぶ人々の行列が彫られた。紀元前3千年紀の前半には、裸の英雄がライオンや雄牛と組み合う闘いの場面が好んで彫られた。アッカドの時代には彫りが洗練され、太陽の神が山のあいだから昇ってくる場面や、神話の一場面が細やかに描かれた。こうした図柄は、美術と歴史の大切な史料になっている。神々の姿や衣服、道具や乗り物が、ここにしか残っていないことがある。ただ、文字の記録にない神話の場面が彫られていても、それが何の話なのかは分からないことが多い。
印章の形は土地によって違った。インダス川の流域(インダス文明)では、動物と文字を彫った四角い判が使われた。エジプトではスカラベ(甲虫)の形の印が、ギリシアやローマでは指輪の印章が使われ、蝋に押して手紙を封じた。中国や日本では、朱肉に付けて紙に押す印が発達した。メソポタミアでも、紀元前1千年紀には平らな判がしだいに円筒に取って代わっていった。

いまも、日本では印鑑が大事な書類に押される(印鑑登録)。そして電子の書類には、電子署名が付けられる。本人しか作れないもので、そこに印を付ける。その原理を、いまは数学がやっている(公開鍵暗号)。これはわたしが承認した、これは開けられていない。この二つを示す必要は、五千年あまり前のウルクの倉庫から、ずっと途切れずに続いている。