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Event / できごと

複式簿記の刊行

Double-entry bookkeeping published
AD1494年
重要度 5

概要

ルカ・パチョーリの『算術・幾何・比および比例全書』の中の27ページ。ヴェネツィアの商人が200年使ってきた記帳法を、初めて印刷した。借方と貸方、日記帳・仕訳帳・元帳、そして「貸借が合わなければ、どこかが間違っている」。ゲーテは「人間の精神が生んだ最も美しい発明の一つ」と言った。会社が、持ち主から独立した「一つの計算の単位」になった。

場所

ヴェネツィア
45.44°N 12.32°E · イタリア・ヴェネト州

関わった人(1)

ルカ・パチョーリAD1447年頃–AD1517年6月19日 · 書いた

本文

13〜14世紀のイタリアの商人が、少しずつ作った。フィレンツェ、ジェノヴァ、ヴェネツィア。全ての取引を、二度書く。誰から来て、どこへ行ったか。「借方(デビト、負う)」と「貸方(クレディト、信じる)」。現存する最古の完全な複式の帳簿は、ジェノヴァ市の1340年のもの。フランチェスコ・ダティーニ(プラートの商人、1335〜1410年)は、50万通の手紙と500冊の帳簿を残した。帳簿の最初の頁に書いた。「神と利益の名において」。

ルカ・パチョーリ。フランシスコ会の修道士で、数学の教師。1494年11月10日、ヴェネツィアで『スンマ・デ・アリトメティカ、ジェオメトリア、プロポルツィオーニ・エ・プロポルツィオナリタ(算術・幾何・比および比例全書)』が印刷された。600ページ。当時の数学の全部を、ラテン語でなくイタリア語で書いた本。その中の「計算と記録の詳論」が27ページ。

内容。商人は3つの帳簿を持つ。メモランドゥム(覚書。何でもその場で書く)、ジョルナーレ(仕訳帳。日付順に、借方と貸方に整理して)、クアデルノ(元帳。勘定ごとに集める)。財産目録から始める(「まず、自分の持ち物を全部、価値の高い順に、動きやすい順に書き出す」)。全部の取引を、必ず二つの勘定に、同じ額で書く。「一方に借方を書いたら、必ず他方に貸方を書かなければならない」。定期的に、元帳の借方の合計と貸方の合計を突き合わせる。「合わなければ、どこかを間違えている」(試算表)。損益勘定と資本勘定。

パチョーリは発明者ではない。「ヴェネツィアで行われている方法」を書いた、と自分で言っている。しかし、印刷された。1494年は、グーテンベルクから40年。ドイツ語(1531年)、オランダ語(1543年)、フランス語(1543年)、英語(1543年、ヒュー・オールドカースル)に、形を変えて広がった。

なぜ重要か。(1)誤りを見つけられる(貸借が合う)。(2)不正を見つけにくくする。(3)商売の全体が、一つの数字(利益)で分かる。(4)そして、商売が、商人の家計から離れる。「会社」という、持ち主とは別の、計算の主体ができる。株式会社、有限責任、監査、法人。全部、この上に載っている。

ゲーテ『ヴィルヘルム・マイスターの修業時代』(1796年)で、商人ヴェルナーが言う。「複式簿記が商人に与える利益は、計り知れない。人間の精神が生んだ、最も美しい発明の一つだ」。ゾンバルトは「複式簿記なしに資本主義は考えられない」と言った(1902年)。ウェーバーは「合理的な経営の形式」に数えた。

パチョーリは1517年に死んだ。ミラノで3年、レオナルド・ダ・ヴィンチと同じ家に住んだ。レオナルドは彼から幾何を学び、『神聖比例論』の多面体の挿絵を描いた。

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