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Event / できごと

グリーンバック

The greenback
AD1862年2月25日
重要度 4
カナダデンマークアメリカ合衆国ヌエバ・エスパーニャ副王領スペインAD1862年2月25日ワシントンD.C.
このできごとには、まだ自由に使える図版が見つかっていません。 代わりに、このデータベースが持っているAD1862年2月25日の版図を描いています(5勢力)

概要

南北戦争の戦費で、北部の銀行が正貨の支払いを止めた。議会は法定通貨法を通し、金と交換できない紙幣を発行する。裏面が緑のインクで刷られたので、そう呼ばれた。合衆国の政府が自ら発行した、最初の全国共通の紙幣である。総額約四億五千万ドル。金貨に対して値が下がり、一時は四割ほどまで落ちた。戦後、金への復帰をめぐって二十年争われる。農民と債務者は増発を求め、債権者と東部の金融は緊縮を求めた。通貨の量が、政治の争点になった。

場所

ワシントンD.C.
38.91°N -77.04°E · アメリカ合衆国

本文

**正貨の停止**。

(**1861年12月**。

〈**——**南北戦争**。

**——**そして、**北部の銀行が、**金と銀での支払いを、停止した**。

**〈——預金者が、**一斉に、引き出しに来た**(取り付け)。**

**——そして、**イギリスとの関係が、悪化していた**(トレント号事件)。**

**——「戦争が、広がるかもしれない」。〉**

**——**財務省も、**続いて、停止した**。〉

**——**そして、**戦費**。

〈**——**開戦の年(1861年)の、連邦政府の歳出**。

**——**約6,700万ドル**。

**——**1865年**。

**——**約13億ドル**。

**——**二十倍**である**。〉)

**三つの道**。

(——**財務長官**サーモン・P・チェイス**。

〈**(1)**税**。

**——**そして、**所得税が、この戦争で、初めて導入された**(1861年)。

**〈——アメリカで、最初である。**

**——戦後、廃止された。**

**——そして、1913年、憲法修正第16条で、復活する。〉**

**(2)**国債**。

**——**ジェイ・クックが、**大衆に、直接、売った**。

**〈——広告と、代理人の網。**

**——「愛国的な投資」。**

**——そして、それが、**アメリカの、大衆的な証券市場の、始まり**とされる。〉**

**(3)そして、**紙を、刷る**。〉)

**法定通貨法**。

(**1862年2月25日**。

〈**——**Legal Tender Act**。

**——**「合衆国紙幣」**(United States Note)。

**——**総額、**当初1億5,000万ドル**(後に、追加され、**約4億5,000万ドル**)。〉

**性質**。

〈**(1)**金と、交換できない**。

**(2)**そして、**「すべての債務の支払いに、**法定通貨として、通用する」**。

**——**ただし、**例外が、二つ**。

**〈——**関税**は、**金で、払わなければならない**。**

**——そして、**国債の利子**は、**金で、支払われる**。**

**——つまり、**政府自身が、自分の紙幣を、一部、受け取らなかった**。**

**——それが、**信用に、影を落とした**。〉〉**

**名**。

〈**——**裏面が、**緑のインク**で、刷られていた**。

**——**「グリーンバック」**。

**〈——なぜ、緑か。**

**——当時の写真は、**白黒**である。**

**——そして、緑は、**写真に、写りにくい**(撮ると、黒く潰れる)。**

**——偽造の対策である。**

**——そして、**緑の顔料が、褪せにくかった**。〉〉**)

**値**。

(——**金貨に対して、**下がった**。

〈**——**1862年、**約90%**。

**——**1863年7月**(ゲティスバーグとヴィックスバーグの、直前)、**約35%**。

**〈——最も、低い時期である。**

**——「戦況が、そのまま、相場に出た」。〉**

**——**そして、**勝ちが見えると、**戻った**。

**——**1865年、**約70%**。〉

**——**そして、**「金相場」**が、**日々、公示された**。

〈**——**ニューヨークの「金取引所」**。

**——**そして、**リンカーンが、それを、嫌った**。

**〈——「あの、金を売買する山師どもの、**首を、切り落としたい**」(要旨)。〉**〉)

**南部**。

(——**そして、**比較すべきである**。

〈**——**南部連合も、**紙を、刷った**。

**——**総額、**約17億ドル**。

**——**そして、**税を、ほとんど、集められなかった**。

**〈——州の権利を、掲げていたから、**中央が、課税しにくい**。**

**——そして、綿花の輸出が、**封鎖で、止まった**。〉**

**——**結果**。

**〈——1865年、**南部の紙幣は、額面の、1%未満**。**

**——物価が、**約9,000%**、上がった。**

**——そして、**戦後、完全に、無価値になった**。〉**

**——**北部の下落が、**三割から六割**である**。

**——**その差が、**戦争の結果に、関わっている**、としばしば論じられる**。〉)

**その後**。

(——**戦後、**「金に、戻るべきか」**が、**二十年、争われた**。

〈**賛成**(東部の金融、債権者)。

**——**「約束通り、**正貨で、償還すべきである」**。

**——**そして、**通貨を、絞れば、**物価が下がる**。

**反対**(西部と南部の農民、債務者、そして一部の製造業)。

**——**「物価が下がれば、**借金の、実質の重さが、増す**」**。

**——**そして、**「通貨を、増やせ」**。

**〈「グリーンバック党」(1874年〜)。**

**——そして、後の、**銀の自由鋳造運動**へ。**

**——ウィリアム・ジェニングス・ブライアンの、**「金の十字架」**演説(1896年)。**

**「あなたがたは、人類を、**金の十字架に、磔にしてはならない**」。〉**〉

**1875年、**正貨支払再開法**。

**1879年1月1日、**再開**。

〈**——**そして、**実際には、**ほとんど誰も、交換しに来なかった**。

**——**「いつでも、換えられる」と分かった時点で、**換える必要が、無くなった**。〉

**——**そして、**合衆国紙幣は、**1971年まで、発行され続けた**。

〈**——**そして、**いまも、**法的には、有効である**。

**——**流通しているものが、**わずかに、残っている**。〉)

**憲法**。

(——**そして、**争われた**。

〈**——**1870年、**ヘップバーン対グリズウォルド**。

**——**最高裁が、**「法定通貨法は、**契約前の債務については、違憲である」**とした**。

**——**そして、**翌年**。

**——**グラント大統領が、**判事を、二人、任命した**。

**——**1871年、**ノックス対リー**。

**——**判決が、**覆った**。

**〈——「合憲である」。**

**——そして、この経緯が、**「裁判所の、詰め込み」**の、初期の例として、繰り返し、論じられている。〉**

**——**1884年、**ジュリアード対グリーンマン**。

**——**「平時でも、**議会は、法定通貨を、発行できる」**。〉

**——**つまり**。

〈**——**「金の裏づけの無い紙を、**国家が、通貨として、押し通せるか」**。

**——**その問いに、**アメリカが、**法として、答えた**のが、この時期である**。

**——**そして、**その答えが、**いまの、あらゆる通貨の、前提になっている**。〉)

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