最初のチーズ
概要
成人の多くは、乳糖を分解できない。搾った乳をそのまま飲めば腹を下す。ところが乳酸菌が糖を食べ、水を切れば、消化できる食べ物になり、しかも保つ。土器の破片に残る乳脂肪の分析から、この加工がアナトリアとバルカンで新石器時代に行われていたことが分かっている。ポーランドの孔の空いた土器は、乳を漉した道具と考えられている。乳を飲めるように体が変わるより先に、飲まずに済ませる技術のほうが、先にあった。
場所
37.67°N 32.83°E · トルコ・コンヤ県
本文
乳には乳糖という糖が含まれている。これを分解するには、ラクターゼという酵素が要る。哺乳類の赤ん坊は誰でもこの酵素を持っているが、乳離れすると作らなくなる。それが哺乳類の本来の姿である。大人が乳をそのまま飲むと、分解されなかった乳糖が大腸へ届き、そこの細菌がそれを食べてガスと酸を出す。腹が張り、下す。人類が家畜を飼い始めたころ、大人のほとんどはこの体質だった。せっかく羊や山羊や牛から乳を搾っても、そのままでは大人の食べ物にならなかったのである。
答えの一つ目は、技術だった。搾った乳を置いておくと、空気や乳の中にいる乳酸菌が増え、乳糖を食べて乳酸に変える。酸が増えると、乳のタンパク質が固まり、固形の凝乳と水っぽい乳清に分かれる。乳清を捨てて残った塊には、乳糖がほとんど残っていない。しかも水分が少なく酸っぱいので、腐りにくい。塩を加えればさらに保つ。乳を、冬まで蓄え、旅に持ち歩ける食べ物に変える。これがチーズの始まりである。

答えの二つ目は、体の変化だった。大人になってもラクターゼを作り続ける遺伝的な変異が、いくつかの地域で広がったのである。ヨーロッパに多い変異は、乳糖を分解する酵素の遺伝子のすぐ上流にある、たった一つの塩基の違いだ。アフリカや中東では、これとは別の変異が独立に生まれて広がった。同じ結果に、人類は少なくとも数回、別々の道でたどり着いている。進化の教科書によく出てくる例である。
注目されるのは、その時期だ。古代の人骨に残る遺伝情報を調べると、新石器時代のヨーロッパの人々には、この変異がほとんど見つからない。ヨーロッパでこの変異が広がったのは、およそ4000年前より後だとする研究が多い。家畜を飼い始めたのは約1万年前だから、それよりはるかに遅い。つまり、乳を飲めるように体が変わるより先に、飲まずに済ませる技術のほうがあったのである。

そのことを確かめたのは、土器の破片だった。土器の壁には、中で煮たり蓄えたりしたものの脂肪がしみ込んで残る。その脂肪酸を取り出し、炭素の同位体の比を測ると、乳の脂肪か、肉の脂肪かを見分けられる。こうした分析で、乳の利用の跡は、アナトリア北西部(いまのトルコ)の紀元前7千年紀の土器から見つかった。中東から東南ヨーロッパにかけて、チャタル・ヒュユクのような初期の農耕の村が栄えた時代である。
ポーランド中部のクヤヴィア地方からは、約7000年前の、小さな孔がいくつも開いた土器の破片が見つかっていた。考古学者たちは長く、何に使ったのか分からずにいた。蜂蜜を漉したのだ、明かりの覆いだ、とさまざまな説が出た。2012年、この破片から乳の脂肪が検出され、凝乳と乳清を分けるための濾し器だったと考えられるようになった。世界最古級のチーズ作りの道具として、科学誌に報告された。2018年には、アドリア海に面したクロアチアのダルマチア地方の約7200年前の土器から、発酵した乳製品の痕跡が見つかったと報告されている。同じ年、エジプトの紀元前13世紀の高官の墓から、壺に入ったまま固まったチーズの塊が見つかったという報告もあった。分析では、人や家畜に病気を起こす細菌の痕跡まで検出されたという。

チーズは、いくつかの方法の組み合わせでできている。まず、何で固めるか。乳酸菌の酸で固める方法と、子牛などの胃にある凝乳酵素を使う方法がある。家畜の胃袋で作った袋に乳を入れて運んだら、着いたときには固まっていた、という起源の言い伝えが各地にあるのは、この酵素の働きを思わせる。次に、どれだけ水を切るか。どんな菌や黴を育てるか。青黴を育てればブルーチーズに、白黴ならカマンベールのようなものになる。エメンタールの大きな穴は、中で育つ細菌が出す二酸化炭素の泡の跡である。最後に、どれだけ寝かせるか。この組み合わせで、世界にはいま千を超える種類のチーズがある。
乳をよく使う地域と、あまり使わない地域があるのも、この歴史と関わっている。東アジアや東南アジアの多くの地域では、伝統的に乳をあまり利用しなかった。理由は一つではない。乳糖を分解できる体質が広まらなかったこと。水田の稲作では、牛は乳を搾るより田を耕す力として大事にされたこと。発酵の技術が、大豆や穀物や魚という別の方向へ伸びたこと。ただし、同じアジアでも、モンゴルやチベット、中央アジアの遊牧民の間では、乳の加工が非常に発達した。草原で家畜化された馬(馬の家畜化)の乳を発酵させた馬乳酒は、発酵で乳糖が分解され、わずかなアルコールを含む。乳糖を分解できる体質を持たない人々が、発酵によって乳を暮らしの柱にしているのである。

チーズは、体がまだ乳に追いついていなかった人類が、微生物の力を借りて乳を食べ物に変えた発明だった。土器に残ったわずかな脂肪の跡が、その長い物語の始まりを、いまに伝えている。