上下エジプトの統一
概要
ナイルに沿った細長い国が一つになった。この形のまま3000年続く。
場所
25.10°N 32.78°E · エジプト・アスワン県
関わった人(1)
ナルメル当人本文
ナイル川は、アフリカの奥から北へ流れ、地中海に注ぐ。その下流、川が扇のように分かれる三角州(デルタ)が下エジプト、そこから南へ、砂漠にはさまれた細長い谷が上エジプトである。南が「上」なのは、川の上流だからだ。三角州は湿地と草地が広がる平らな土地で、谷は両側に崖がせまる細い緑の帯だった。土地の性格がまるで違う二つの地域が、紀元前3100年ごろ、一つの国にまとまった。
それ以前の数百年、上エジプトではナカダ文化と呼ばれる文化が育っていた。ヒエラコンポリス(古代の名はネケン)やアビドスといった町が栄え、有力者の大きな墓が作られた。考古学の調査では、ナカダ文化に特有の土器や墓の作り方が、時代とともに北へ広がり、三角州の土着の文化に取って代わっていった様子がたどれる。アビドスにある紀元前3200年ごろの墓からは、品物に付けられた小さなラベルが大量に見つかり、そこに刻まれた記号は、世界で最も古い文字の一つと考えられている。統一は、ある日の一度の戦いで成ったのではなく、数世代、あるいはそれ以上をかけて進んだとみられている。
ナルメルの名を刻んだ土器のかけらは、エジプトの外、いまのイスラエル南部の遺跡からも見つかっている。統一のころのエジプトが、すでに東の地域と盛んに行き来していたことが分かる。
その仕上げに位置づけられるのが、ナルメルという王である。1890年代の末、ヒエラコンポリスの神殿の跡から、高さ60センチあまりの石の板が見つかった。顔料をすりつぶすための化粧板の形をしているが、実用ではなく神殿に納めるための品である。その片面では、王が上エジプトの白い冠をかぶり、ひざまずく敵の髪をつかんで棍棒を振り上げている。もう片面では、王が下エジプトの赤い冠をかぶって行進し、その先には首を切られた敵の死体が並ぶ。王の名は、ナマズとノミを表す二つの記号で書かれている。

この「ナルメルのパレット」は、長いあいだ、上エジプトの王が下エジプトを征服した記念の品として読まれてきた。だが、エジプトの王の像には敵を打ち据える決まった型があり、これが実際の戦いの記録なのか、王の力を示す儀礼的な図なのかは分からない、とする見方もある。ナルメル以前にも、「サソリ」と呼ばれる王の名が刻まれた棍棒の頭が見つかっており、統一への動きはその前から進んでいたと考えられる。
後のエジプト人は、国を初めて一つにした王を「メネス」と呼んだ。前5世紀のギリシアの歴史家ヘロドトスは、メネスがナイルの流れを変えて土地を作り、そこにメンフィスの町を建てたと伝えている。メンフィスは上下エジプトの境目に近く、二つの地域を治めるのに都合のよい場所だった。メネスがナルメルのことなのか、その次の王アハのことなのかは、研究者のあいだでも意見が分かれている。

エジプトの歴史を「第1王朝」「第2王朝」と数えていく呼び方は、紀元前3世紀のエジプトの神官マネトがギリシア語で書いた歴史に由来する。マネトはメネスを第1王朝の初めの王に置いた。初期の王たちは、上エジプトの聖地アビドスの砂漠に墓を作り、そこには王の死に際して殺されたとみられる多くの従者の墓が並んでいる。この習わしは第1王朝の終わりごろには姿を消した。
統一によって、ナイルの谷全体を一つの王が治める国ができた。川の増水の時期を読み、水を引き、収穫を集めて蓄える仕組みが、国の規模で動くようになった。その数百年後には、ギザの大ピラミッド建設のような巨大な建造物を作るほどの力を持つようになる。

この国の形は、それから3000年続いた。王はつねに「上下エジプトの王」と呼ばれ、白い冠と赤い冠を重ねた二重の冠をかぶった。上エジプトを守るハゲワシの女神と、下エジプトを守るコブラの女神が、王の名の一部に組み込まれた。王座の側面には、上エジプトを表すスイレンと、下エジプトを表すパピルスを、一本の柱に結び合わせる図が彫られた。二つの地を結ぶ、という意味の図である。
一つになった後も、二つであることは消えなかった。国が弱ると、上と下はたびたび分かれた。王朝の力が衰えた時代には、北と南に別々の王が並び立ち、南のヌビアの王(クシュ王国のエジプト支配)や東のアッシリア(アッシリアのエジプト征服)に支配された時期もある。そのたびに、国を再び一つにした王が、統一者として自らをたたえた(プサメティコス1世のエジプト再統一)。

紀元前30年、ギリシア系のプトレマイオス朝の最後の女王クレオパトラ7世が死に、エジプトはローマの一部になった。それでもローマの皇帝たちは、エジプトの神殿の壁に、上下エジプトの王としての姿で刻まれた。統一の記憶は、国の形そのものとして、称号と儀礼の中に保存されていたのである。