概要
陸奥で大地震。「海が吼えて、大津波が城下を襲い、千人が溺れた」と『三代実録』。多賀城の下まで海が来た。1990年代から津波の砂の層が調べられ、2011年の前に「1000年に一度の津波」が警告されていた。同じ場所に、同じ高さで来た。
場所
多賀城
38.31°N 140.99°E · 宮城県多賀城市
38.31°N 140.99°E · 宮城県多賀城市
本文
貞観11年5月26日。 『日本三代実録』。 「陸奥国、地大いに震動す。流光、昼のごとく隠映す。頃之、人民叫呼して伏して起つ能わず。或いは屋仆れて圧死し、或いは地裂けて埋殪す。馬牛駭き奔り、或いは相昇踏す。城郭倉庫、門櫓墻壁、頽落顛覆すること、其の数を知らず。海口哮吼し、声、雷霆に似る。驚濤涌潮、泝洄漲長し、忽ち城下に至る。海を去ること数十百里、浩々として其の涯涘を弁ぜず。原野道路、惣て滄溟と為る。船に乗るに遑あらず、山に登るも及び難し。溺死する者、千許り。資産苗稼、殆ど孑遺無し」。 多賀城。 「国府」。 清和天皇。「使者。陸奥へ。慰め、埋葬し、租税を免じよ」。 翌年、伊勢神宮と諸社に奉幣。 「御霊」。 1980年代。東北電力が女川原発のために調べた。「砂の層」。 1990年、箕浦幸治。「仙台平野の砂。869年の津波」。 2001年、産総研。「海岸から3〜4キロまで津波の砂」。 2005年から、宮城、福島の沿岸で堆積物。 「500年から1000年間隔」。 2009年、地震調査委員会。「貞観地震の再来を評価に入れるべき」。 2010年、東京電力に伝えられた。 2011年3月3日、東電は「まだ研究中」と保安院に。 3月11日。 「1000年に一度」。 同じ海岸。同じ高さ。 多賀城。 「海が、城の下まで来た」。 2011年も、多賀城の下まで。 「歴史は、地層に書いてあった」。 「読んだ人がいた」。 「間に合わなかった」。